第33話

天気予報に惑わされることがどれほど愚かということは、知っている、徒歩での弁当を持っての昼帰宅に、わざわざ賭けはしない、そこで覚悟を得る賢さがあればいいが、どうしたって出るのは恨み節、傘ささずに戻れるのだから、よしとしないと。


ラジオではSNSの投稿について話が交わされていた、何を書こうが本人の自由らしく、ただ発言に対して責任を持つとのこと、人付き合いの大切な点としての基本とはいえ、理解できるからこそ実践の難しい一声に、誰もが思うから気をつけようがただちにあがる。


面面にそれぞれ凹凸があって、恥ずかしがりやという特徴もところどころにたってはへこんでいるのだろう、玉のようにつるっとした性格とはどんな人物をいうのだろう、与えられた分量は同じであっても、バランス悪く上下しているようで、まれなプレゼントに対して、戸惑いが第一に来る。


毎日のことでも気づかないことはいくらでもある、それだけ発見はあるということだが、わざわざ感動することでもない、仏壇屋の隣に理髪店を見つけ、道の向こうに白壁を覆う緑の蔦がある、中弛みのようにぼやっとするところで、体を左右に曲げて、足のかかとをぶつけて鳴らす。


昨晩の失敗にどう事付けるか、空いた腹に、給仕の遅れ、酒があまり眠くて落語話より肴を、その中での解禁のしらす漁と丼だ、愛想があと味をとどめ、霧雨を恨むも、電灯で無数に舞っている、川は静かにとまり、橋のあかりもとまっている。


職場に出没する泥棒猫を追いかける、近隣の誰かが餌をやるから、忍び足で探りに来ているところを、わざとらしく走って寄ると、急ぐことなく進んで、ビルの隙間に入る、そこを覗くと、相手も振り返って黄色い目でこちらを見ている、かわいい顔だ、手で一度払うと、すぐに姿は消えてしまう。


湿気に弱い植物がある、風にも直射にも負ける種類もある、数ヶ月前にも青瓢箪が目を剥いてきた、さっきもそう、言い訳から始まる弱さのかみつきだ、変わらないのはいつまでも自分で、人の気持ちなど知れないペースがとどまらないでいる、こんな時に、反省と孤立が同する。


百ではおさえられないほど昨夜もあくびをかみ殺した、全身を弛緩させて寝たふりをしても、瞑った両目から涙が流れていくのだから、マスクの中の本能はおかしなことをする、今も目が濡れてばかりいる、昨日の反省をするならここでやめるが、まだいこうとするところに、性情がない。


毎日行っていることなのに、忘れるように億劫になるものだ、出る時はどんどん出るのに、目を離すとまるで心は向かなくなってしまう、他人から課せられることはない義務を終えて、こうして空いた時間に再び目玉は動く、長い時間ではないのに、ほんのわずかが大きな間に思える。


降ったり止んだりの季節にいる、どうも嫌な印象の六月は、国民の祝日もない、とはいえ働き盛りのこの月は恵みとなっていて、緑はとても輝いて花も少なくない、暑さ寒さの調整は難しくても、しめやかな雰囲気はどの月にもなく、ついつい頬杖をついてしまう、曇り空の明るい潤いはある。


昼ごはんが運ばれるまでにずいぶんと時間がかかりそうだ、平日ならば苛立ち、何か予定があるならば首を左右に幾度も振るだろう、せかせかした性情はアルコールにしずめられて、阿呆となってまごまごする、朝なら準備運動と呼べるだろう、昼ならなにか、なにもならないだろう。


昭和の香りがする純喫茶、そんな形容もかまわない店に入り、たばこの煙を嗅ぐ、今と昔の差をここで感じて、コーヒーに合うなどと聞くが、舌の麻痺した観念だろう、吸う人はおいしいにしても、流れる煙が決して良い匂いとは思えない、特に食事中に嗅がされると、この世の不幸と思えるほどだ。


土砂降りではなく、滝の雨がショッピングセンターの外で降り続ける、胸をざわつかせる轟音は重層の建物が生み出していて、天幕となる羽の屋根の隙間から風にのって水しぶきは飛んでくる、道路を走る車は左右にちらしているのが高所から見えて、アクアテラリウムのような空間に雀の声がやけに響く。


あれほどの雨は止み、イスに座って尿意を我慢してはかっている、滝の音は消え、イヤホンで天国の曲が流れている、夜までまだ長く、ディスプレイのスカートとセーターを見ている、薄着は長い髪をくくってばかりいる、体にためた循環を流したら、次はどこへ行こう、気の良くなるテーブルとイスだった。


地下道の出口へと続く階段をあがり、外の大雨と面して立ち止まる、するとうしろにいた男性から意図のあるタックルをくらう、傘の準備を予測していなかったから、後ろが前に来たところをめがけて開く、あたりはしないが気づくだろう、大人げない相手に大人げなさをあてる、これに関しては迷いはしない。


今日は何度雨と待機したことだろう、コーヒーはまだ二度目だが、浮世絵を観るように遠目にした強さは、今は近い店内で粒の音が聴ける、熱くも酸のある味をちびりとして、止むことも待たずに、この雨音を共に居続ける。


どんなにバランスの悪い顔をしていても、内面は表情に出て、心からの笑みに人を快くさせる視覚がある、ところが体臭に関しては悪魔の管轄にあり、その人間の持つ人格の美点などまるでおかまいなしに発せられる、だからこそ残酷であり、無慈悲なほど効力をもたらすのだろう。


仕事前にけたたましく鳴り轟く報知器に、またかと思うものの、すこし前に近隣で本物の火があがっていた、どうせ勘違いだろうと思いつつ、本当だったらどうしようと考えて、どちらにしろ出勤するから、命だけは助かるだろうと、エレベーターの前で耳を塞ぐ。


梅雨の仲入り、などとは言えない六月の中旬、湿気はあるかもしれないが、風はにじむことのない汗を塞ぎ止めるようで、臭いはところどころに立っている、鉢にも水をやり、蒸れて根を腐らせることもないだろう、こんな時は道路に出て、少しきょろきょろしてみる。


今までにない幻滅だと、近い臭いがとある名作の宗教家を思い出させる、よりによって似たものがあり、その強さといぎたなさが甚だしいから、憤りさえ覚える、それでも少し異なり、程度も違うなら、新しい個性として得られるだろうか、にしても、悔しさは拭いきれない。

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