幕間・ある少年と双子の過去、そして現在

 さて、どこまで話したっけな。

 俺はレミー・バリーゾール。自分の話をするのは久しぶりだから、改めて自己紹介しておく。

 大怪我を負った俺は、ノーデンの森の中のお屋敷の双子に拾われて、お屋敷の主人のナオミ様と息子のレーン様には歓迎されたけど、ブレナン先生には嫌われた。

 で、レーン様の双子のきょうだいで女のディアナは、外で遊んでることが多かったから、寝込んでいた俺はあまり会わなかった。

 傷が治って俺は、ナオミ様のツテで飛脚屋のバリーゾールさんの養子になった。

 俺は食うや食わずの元盗賊だったが、まともな衣食住を得られたから、真面目に飛脚として働いていた。

 そしてある日、身なりのいい、金髪の巻毛の少年が俺のところにやってきた。


「へいらっしゃい。お届け物っすか?」


「うん。これを」


 彼はめちゃくちゃ細かいところまで作ってある、高そうな白い虫の細工物を俺に渡してきた。


「これは……蝶のペンダントっすかね?」


「蛾だよ」


「蛾は普通、茶色っすよね。職人のこだわりっすか?」


「……白い蛾なんだよ」


「まあいいっすわ。えーと、こちらが王国全土の配送料、一番高いのがズーデンの南の果て岬で金貨二枚、でこちらがお包みする場合の価格表です。繊細なものなのでここは最高ランクの羊毛と樫の木の小箱にお入れして……」


「そういうの、いいんだ」


 俺の解説をさえぎって、少年は金貨二枚を俺に押し付けてきた。


「包まなくていい。虫好きな人にあげてくれない? 金貨二枚で、王国のどこにでも届けられるよね?」


 何かがおかしい。俺はそう思ったが、無闇な質問をしてお客を怒らせれば親父からゲンコツがとんでくる。

 俺は愛想笑いを作り直して少年と話を続けた。


「はぁ。一番遠い場所で金貨二枚なんで……」


「じゃあ、きちんと届けてくれるなら、君個人にも金貨二枚」


 4枚の金貨の重みが、俺の手に食い込む。

 金貨は、一般庶民の1年分の収入ぐらいだ。

 最悪、ドブに捨てても2年分の収入は手に入る。

 そう思ったが、少年の育ちの良さがレーンによく似ていて、蛾の細工物を雑に扱う気にならなかった。

 そういえば、虫好きといえばレーンのきょうだいの、ディアナがいる。

 つまり、この細工をレーンに売りつければいいんじゃないのか?


「虫好きには、心当たりがあるっす」


「じゃあ、その人に渡しに行ってくれる? 今すぐに」


 少年の声は、地獄の底から響いてくるかのように低かった。

 少年の圧に押され、俺はうなずくしかなかった。


「承知しました! 親分、俺荷物届けに行ってきます!」


「おう、何だ?」


「森の中のお坊ちゃんへの贈り物っすね」


「サボりか。まあいい。たまには休みもいるだろ。行ってこい!」


 そうやって俺はまんまと金貨4枚を手に入れ、まっすぐレーンに渡しに行った。


「ディアナ、きっとすごく喜ぶ、ありがとう!」


「いっつもディアナの話だな……お前、ほんとにディアナのことが好きなんだな」


 俺が茶化すと、レーンはちょっと真面目な顔になった。


「あのね、ひとつお願いがあるんだけど」


「何だ?」


「ディアナがつらそうなところに出くわしたら、ディアナの味方をしてあげてくれないかな」


「何かあったのか?」


「何かあったというか……ずっとあったというか」


 話が見えない。俺は首をかしげた。


「あのね、ディアナはね、損ばっかりしてるんだ。すごく優しくて、元気で、絵がうまくて、頭も良くて、なのに誰もめてくれない」


 ディアナはレーンの双子のきょうだいで、女だ。

 この国では女は慎ましく男を立てるのが美徳とされているが、ディアナは男の子のように虫を集めたり自由奔放に森を走ったりとやりたい放題だ。

 ほめるほめない以前に、俺からすれば存在が女としてキツい。

 俺はそう思ったが、レーンの深刻な表情を前にすると、なにもいえなかった。


「僕はそれがすごく悲しくて。僕だけ褒められて、ディアナは全然褒められなくて、でもディアナは絶対に僕に嫉妬しっとしたりしない。いつだって優しい。その度、僕、すごく悪いことをしてる気がする」


「……お前は、いいやつだな」


 だから、常識外れなきょうだいすら大切にして、元盗賊で、自分のことをなにも話さない俺に対しても優しいレーンは、俺には天使か何かのようにしか思えない。


「全然良くないよ。ぼく、大体ベッドの上だから、ディアナが損するときにいつも抗議できない。ディアナが損するとき、いつも守ってあげられない」


「……そうか」


「だから……僕以外にもディアナの味方してくれる人が欲しいんだ。レミー、ディアナの味方になってくれないかな、お願い」


 勢いに押されて俺はうなずいた。

 その時、激しい音がして部屋の扉が開き、ブレナン先生が俺とレーンのもとへ駆け込んできた。


「レミー・バリーゾール! キサマまたレーン様の元に来て怪しげなものを売りつけて! 今日という今日は我慢の限界ですぞ!」


「違うんだブレナン先生、僕は」


「レーン様はお優しい。だからお前のような、身分もわからない怪しげな者をそもそも近づけてはならなかったのだ! 誰か! こいつを裏口から叩き出せ!」


 レーンの言葉も聞かず、ブレナン先生は俺を引きずる。

 廊下の角から、何事かと派手な赤いドレスを着たナオミ様が顔を出す。


「ブレナン? どうしたの大声をだして」


「ナオミ、様」


「ナオミ様の名前を下賤げせんな者が口にするでない!」


 親のナオミ様に頼めばやめてもらえるかと俺が願ったのは、かえってブレナン先生を怒らせただけだった。


「どうしてなの? レーンに善行を積ませたくないの? ブレナン!」


「ナオミ様、どうかご理解を。これはレーン様のためです」


押し問答をするうちに、俺は表玄関に出てしまった。


「出て行け」


 とぼとぼと屋敷を去る俺に、言い争いが聞こえた。

 森を抜ける山道で、花束を抱えた、レーンに似た黄金色のポニーテールの少女とすれ違った。ディアナだ。


「ディアナ?」


「虫づる姫君のお通りだ!」


 野良仕事をする平民がはやしたて、俺の声はディアナに届かなかった。


 それが、俺ととレーンが話した最後。

 次に俺が森の中の屋敷へ呼びつけられたとき、元気だったディアナは病気で死んで、墓が立っていた。

 レーンはゼントラムに行った、と荷物を纏めながら、誇らしげにナオミ様が教えてくれた。

 皇太子として。

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