幕間・ある少年と双子の過去2

 自業自得で大怪我をした盗賊の俺からすると、ふかふかのベッドで目覚めてからは夢のような日々だった。

 俺の療養中、いつも双子の短髪の方が俺のそばに来ていた。


「ねえレミー、体は大丈夫?」


「大丈夫だぜ。助けてくれたお前のおかげだよ」


 ベッドで寝ている俺に対して、ゴミ捨て場で餌の周りをうろちょろして猫を警戒するネズミのように、短髪は俺の近くに現れた。


「お礼なら、ディアナとママと、ブレナン先生にも。ママとブレナン先生が許してくれたから、君を休ませることができたんだ」


 ママ、というのはベッドで目覚めたときいた女だろう。

 先生、というのは俺にあれこれ聞いてきた男だというのは見当がついたが、妙だと俺は気づいた。


「ブレナン先生? 親父おやじじゃないのか?」


「オヤジ?」


 短髪は首をかしげる。

 もしかしてこいつ、育ちが良すぎて荒い口調がわからないのでは? 俺は気がついた。


「オヤジってのは……父親のことだ、父親!」


「僕とディアナに、お父さんはいないよ?」


「は? じゃあ、ママの財産だけでこんな暮らしができるのか?」


 女は財産を基本的に相続できない。

 だから、どんな貴族の女も、一族の男が持っている家に住む。

 だが、ほぼ寝込んでいたから知らないだけかもしれないが、俺はこの家で、先生と呼ばれた男以外、財産を持てそうな奴は見ていない。

 女と子供だけなのに、なんでこいつらは屋敷に住めるんだ?


「ノーデンの領主さんが、僕らを支援してくれてる。遠縁なんだってさ」


「遠縁……遠縁、ねえ」


 訳ありのようだ。

 ノーデン領主といえば、貴族だ。

 貴族たちは盗賊も真っ青なほどの陰謀やら悪だくみやらをする、というのは盗賊の兄貴たちから聞いたことがある。

 何も考えず、ここで過ごすこととしよう。


 俺の傷の治りは遅く、自分で考えていたよりも長く寝込む羽目になった。

 それでも、短髪は毎日、俺の部屋に遊びにきた。


「なんで俺に、こんなに話しかけてくれたり気にかけてくれたりするんだ? 仕事とか、ないのか?」


「仕事? それは召使いがするものでしょ?」


 この少年、そういえばノーデン領主の遠縁だった。

 いいところのボンボンだから働かなくとも遊び暮らせるのを俺は忘れていた。

 自分と少年の置かれた立場の違いに、俺は歯噛みしたが、そのいらだちを少年が理解することがない、というのもなんとなくわかってしまった。

 できるだけ調子を変えずに、質問を変えてみる。


「お前、外で遊んだりしねえの?」


「僕はね、体が弱くてあまり外に出られない身体なんだ」


 そこからしばらく、レーンの演説が続いた。

 話を聞く限り、レーンはどこぞの貴族の隠し子っぽい、と言うのが俺の結論だった。

 底無しのお人好しで世間知らず、体が弱くても生きていけるほど豊かな暮らし。

 体が弱いやつは、まともな食べ物とまともな医者がいなければ、ごく小さいうちに死ぬ。

 俺の育った路地裏ではずっとそうだ。

 気まぐれに教会が慈善事業と称して残飯を捨てていくが、親もわからない子供たちに足りるはずもなかった。


「つまり、ずっとここで育ってきて、オヤジ……お父さんと会ったことはなくて、ママとブレナン先生と暮らしてるってわけか」


「うん」


 だが、こいつは違う。

 森の中にひっそりと隠されて、豊かな暮らしをしている。

 多分、どこかの貴族がママと恋愛関係になったが正妻が厳しいとかなんとかで、奥さんから隠すために森の中に住ませている、くらいの事情だろう。

 支援はノーデン領主がやっている、という話だが、この森は王国の首都、ゼントラムとノーデンの境にある。

 一地方のノーデンを支配する貴族の子供なら、ノーデン領内の森でしっかりと守りそうなものだが、ここは境目のため、比較的人が多く通り、怪しい者が入り込む可能性もある。

 怪しい者、と考えて俺はひらめいた。

 もしかすると、こいつらは王に近いゼントラムの貴族の愛人とその子供かもしれない。

 怪しい者も通るところに住ませておく、ということは、表向きにこの家族を支援しているといえないから、盗賊に奪われた事にして支援物資を送ることもできる。


「変な顔して、どうしたの?」


 短髪が俺にたずねる。


 表向きにできず、森の奥に追いやっている。

 かといって、身分を奪ってスラムや農村に捨てることはできず、贅沢な暮らしをさせて貴族としての自覚を持たせている。

 何か変だ。

 だが、金は入ってくる。

 こいつを懐かせておけば多少はうまい汁が吸えるだろう。

 なんでもないふりをして、短髪を撫でた。


「わー! 突然なに?」


「森の中で三人暮らし、か」


「ううん、ディアナも一緒だよ」


 そういえば俺を助けたのは、二人の子供だった。

 髪が長い子供と、髪が短い子供。

 少年の頭から手を離して、改めて俺は彼にたずねる。


「もう片っぽの、ディアナだっけ、あの子は何でいないんだ?」

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