その2

 トンネルを出発したのは結局都市田内たないでの戦闘の15日後だった。気温は日中でも氷点下を超える事はなく、本格的な冬に突入していた。目的地は都市抜井ぬいで、トンネルから直線で南東に37km、道のりは蛇行している川沿いを進むため、45kmだった。積雪があったので快適に道路を走るというわけでには行かず、48時間掛かっての到着だった。トンネルでの生活は何不自由なく過ごせたか、車の完全なる修理が必要な事や食糧がまだ余裕がある内という事で、移動する事になった。

 心の支えに関する議論は未だ解決に至らず、このまま永遠に続くと思われるぐらい平行線をたどっていたが、話し合いを重ねる内に特に同じものになる必要性も感じてはいなかったので四人ともそれは気にしてはいなかった。ルコはルコで帰る道を探っていたし、他の三人は他の三人で大げさに言えば自分が今後どのように生きるべきかを考えていた。ともすれば、論点が噛み合わないところもあったが、それはそれでお互いを深く知り合うには役立っていたので大した問題ではなかったかもしれない。

 都市抜井ぬいに着くと、一行はすぐに車のメンテナンス工場へと入り、修理だけではなく、点検整備まで行う事とした。期間は3日前後との事だったが、問題が見つかれば、当然伸びる事となる。しかし、特に急ぐ必要もないので気にするものではなかった。

 その理由の一つとして、猪人間の活動低下が挙げられた。都市周辺の猪人間の村は北北東に村25と命名したものが一つあったが、積雪のため、活動が極端に鈍っており、都市に来る可能性は皆無だった。また、放浪種の方もこの時期はほとんど動きがなくなるという調査結果を有しており、先の廃都市での戦闘が猪人間達との今年最後の戦闘である事はほぼ間違いがなかった。言ってみれば、今が車のメンテナンスのチャンスであった。

 ルコ達は車のメンテナンス中なので寝床を変えなくてはならなり、工場近くの居住可能な建物内に泊まる事となった。その建物は工場の向かい側にあり、ほんの数十m先にあった。

「外に出たら死んじゃう!」

 寒さの苦手な恵那は死にそうな顔をして外に出る事を必死に拒否していた。

「そんな事ないわよ。すぐそこだから大丈夫よ」

「そうですよ、恵那様。一緒に行きましょう」

 ルコと瑠璃が恵那を宥めながら連れて行こうとしていた。

 いつもなら問答無用で遙華が恵那を引きずるように連れて行くのだが、今回は違った。一人でフラフラっと外に出ていったのだ。なんか様子がおかしかった。というより、都市に入る辺りから口数が減り、周りをぼんやりと眺めていて、どこか上の空という感じだった。

 ルコと瑠璃はお互いに顔を見合わせて、遙華の様子がおかしいという認識を共有した。そして、ワガママを言っている恵那を放って慌てて遙華の後を追った。

 遙華は外で何をするのでもなく、辺りをキョロキョロと見渡していた。

「どうしたの?遙華、様子が変だけど」

 ルコは遙華に声を掛けた。

「うん……ちょっと……なのじゃ……」

 遙華はルコの方を見ずに上の空でそう言った。

「遙華、建物の中に入りましょ」

 ルコはそんな遙華を今夜から泊まる建物内へ入るよう促した。

「そうじゃな……」

 遙華は気のない返事だったが、ルコの言う通り、素直に建物内へと入っていった。

 すんなり入るとは思わなかったルコと瑠璃は慌てて遙華の後を追った。

 そんなルコと瑠璃に、

「置いて行かないでよう」

と恵那は震える声で訴え掛けた。

 恵那は工場の入口の自動ドアの前で震えていた。ドアが開いて、もう外気に触れているのだから外に出てもいいようなものなのだが、震えながら工場内に留まっていた。

「何してるのよ、恵那。行くわよ」

 ルコは呆れながら恵那にそう言った。

「寒くて死んじゃうよ……」

「確かにそこにずっといれば、死んじゃうでしょうね」

 ルコは更に呆れてそう言うと、踵を返して今夜泊まる建物内へと入っていった。その後を瑠璃が笑いをこらえて続いた。

「待って、置いて行かないで。冷たい……ああ、寒い!」

 恵那は生命を危機を感じたのか、意を決したように建物へと猛然と走り出した。

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