第35話 任務遂行三

 帰りのホームルームが終わり、部活動に行く生徒、そのまま帰る生徒に分かれた。

 部活動に行く生徒は、「だりいなあ」とか、そんなことを呟いている。

 一方、帰宅部ですぐに家に帰ることが出来る生徒は、「よっしゃー! 今日も終わったー!」とか、はしゃいでいる。

 もちろん、俺は後者。

 帰宅部で今日の終わりを実感している側の生徒だ。しかも、今日の帰りは溌音はつねと二人で帰ることが出来る。

 俺はその帰りを楽しむため自転車登校をせず、わざわざ徒歩で今日は登校してきたのだ。

 こんな最高の帰りがあるのだろうか。

 俺は鼻歌を歌いながらも昇降口へと向かい、スリッパを収める。そして、登下校用の白のスニーカーへと履き替え、うきうきとした気分で昇降口を出ていった。

 まだ一年四組は帰りのホームルームが終わっていないのか、溌音は校門に姿を見せていなかった。

 うきうきした気分を顔に出すのも他の女子からきも、とか思われそうなので、その表情は隠しておく。

 そしてそれからおよそ五分程経って昇降口から出てくる人影が見えた。

 一人で昇降口から出てきた美少女。

 ――溌音だ。

 彼女は俺の姿に気づくと、はっとした表情になってはすぐいつもの笑顔になり、俺の方へと走って向かってきた。


「先輩、ちょっと遅れちゃいました」

「お、おう。じゃあ帰るか」


 そんな台詞せりふを後に、俺らは二人並んで学校の前を去っていった。

 しばらく歩いた所でふと思った。

 この光景を見た人からの目は俺らの関係をどう認識するのだろうか。

 カップルと認識するのか。

 それとも友達と認識するのだろうか。

 はたまた、兄妹と認識するのだろうか。

 恐らく、周りの目はカップルと認識しているだろう。普通、男女二人で下校するのはカップルぐらいだ。

 だから俺はそんな目を気にしつつも下校している。


「先輩、ちょっと赤くないですか?」


 急にかれて俺はぴくり、と反応した。


「別に〜、気のせいじゃない?」


 平然を装いつつ返事をした。

 少し、疑いの目を溌音は俺に向けてきたが、少ししたら普通の目に戻り、


「そうですね! 私の勘違いでした」


 と、いつもの笑顔で言ってきた。

 それから俺らはアニメの話やラノベの話、ゲームの話などをしたりして互いに笑顔を絶やすことなく、会話を楽しんだ。

 だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 まだまだ話したいことは大量にあるというのに俺は家へと着いてしまったのだ。


「先輩の家、ここなんですかー!」


 俺と雨音あまねの家を下から上まで溌音は見渡している。


「結構大きいですね!」


 そして、少し驚いた表情で溌音はそんなことを言ってきた。

 外から見たらなかなか広そうな家に見えるかもしれないが、実際、中を見てみるとそこまで広くはない。


「溌音の家はどこなんだ?」


 訊くと溌音はどこかを指差し、


「あそこです」


 と、言ってきた。

 え? 俺の脳内処理は追いついていない。

 こんな偶然があるのだろうか。

 溌音が指を差したのは俺の隣の家。

 溌音は何か冗談を言っているのではないだろうか。

 俺は驚きを隠すことが出来なかった。


「嘘······だろ!」


 喜びと驚きが混じりあった声。

 正直、めちゃくちゃ嬉しい。これなら下校どころか登校も一緒に出来るではないか。

 いつも一人で登校していた俺にとっては最高の情報であった。


「ほんとです! 私と先輩の家は私と先輩の距離ぐらい近いんです!」


 こんなことを言われたので俺はさらに喜ぶ。

 心は弾み、表情は緩む。

 これならば、俺の恋は実るのかもしれない。

 今、告白してもいいかもしれない。

 だけど、まだその時は来ていない。

 折角、築けたこの関係、ここで俺が彼女に告白して、もしも振られたらどうなるのだろうか。

 もちろん、この今の関係は崩れる。

 いくら、彼女が普通ではないからといってもやはりこの関係を維持するのは難しいと思う。


「知り合ってあんま経ってないけど、まあ、そんなこと言って貰えて嬉しい」


 溌音と目を合わせずに、俯いて、頬の熱を感じた。


「あれれ~? 先輩照れちゃってますか?」


 そしたらいたずらに表情を浮かべて溌音はからかってきた。

 覗き込むようにして俺の顔を見ようとしてくるので俺は余計照れる。


「もう、目合わせてくださいよ」


 そんなことを言いながら溌音は俺の顔をびっしりと捕まえ、両手で横から挟んできた。

 それによって合わせないようにしていた目は自然と彼女の目と合ってしまう。


「ちょっ! やめりょ、やめてきゅれー!」


 顔を挟まれていてまともに言葉を出すことが出来ない。


「先輩が十秒間目を合わせてくれたらやめます!」


 元気に笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくるが、そんなの俺には無理だ。

 溌音の目を十秒間見るなんて絶対頬が真っ赤になる。

 それによって俺が溌音のことを好きっていうことが溌音に悟られてしまう。

 ······この状況、どうしよう。

 そう思った時だった。

 俺の家からガチャっと音が聞こえてきたのは。

 そこに姿を現したのは俺の妹、雨音だ。

 雨音は俺と溌音の様子を見て、十秒程経った後、遅れて反応した。


「な、何してるのー!? こんなところでまさかキス!?」


 雨音は頬を真っ赤に染めて、驚きながらもその場に崩れるようにして座ってしまった。


「ちょ、あまにぇこれふぁちゃふよ」


 まだ顔を挟まれていてまともに話せない。


「あの先輩、急に座りだした人って先輩の妹ちゃんですか?」


 俺と溌音の顔の距離は目と鼻の先。そんな僅かな距離で首を傾げながら溌音は訊いてきた。

 喋るのは少し辛いので首肯しておく。

 そしたら、溌音は俺の顔を挟んでいた両手をようやく離してくれた。


「おー! 物凄く可愛い妹ちゃんですね!」

「ああ、自慢の妹だ」


 力強く挟まれたので、頬が少し痛い。

 そんな痛みを感じながらも俺は雨音の方に目を

 そしたら雨音と少し目が合った。だが、すぐ雨音の方から目を逸らされてしまう。

 そんな雨音を見てか、溌音は俺に小声で訊いてきた。


「あの、先輩と先輩の妹ちゃんって仲良くないんですか?」


 少し心配の色がうかがえる声色。

 だが、そんな心配は無用だ。

 俺は溌音の質問に対して即答した。


「んなことあるわけがない。めちゃ仲のいい兄妹だよ」


 いつもの雨音ならここで、「んなわけない! めちゃ仲悪い兄妹です!」とか、言うと思っていたが、口を開く素振りさえ彼女は見せなかった。


「逆にめっちゃ仲のいいってのも心配ですけど、とりあえず、よろしく先輩の妹ちゃん!」


 溌音は何も躊躇ちゅうちょせず、堂々と俺らの家の玄関へと入っていく。

 そして、雨音に握手を求めているのか手を雨音に向けて差し出す。


「はい、よろしくお願いします」


 そんな雨音もさっきまでの驚きの表情から変わって顔には笑みが見られた。

 そして、そのまま雨音は求められるがままに溌音と手を合わせた。


「これで先輩の妹ちゃんとの挨拶も終わりました!」


 溌音は雨音と握手すると、すたすた、と俺の方へと戻ってきた。


「じゃあ私、もうそろそろ行きますね! 見たいテレビがあるので 」


 溌音はそう言って、すぐ自分の家へと向かっていく。

 正直、もっと一緒にいたかったが、仕方ない。

 けれど、今日で俺らの関係はだいぶ良好なものになったと思う。これも全部、無理難題を言ってきた雨音のおかげだ。

 俺はふと、雨音の方を見る。雨音は俯いていて目を合わせてくれない。

 そんな雨音との距離を俺は徐々に縮めていって、


「ありがとな」


 と、感謝の言葉を放ち、雨音の頭に手を置いた。

 この後、今日の俺の勇気を雨音に自慢してやろう、俺はそう思った。

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