第29話 覚悟
――
私は昨日、確かに涙を流した。それは自然と流れたものであって、涙が出ていた感覚など私には一切なかった。
多分、あの時、晴斗の思わぬ優しさに感動していたのかもしれない。
晴斗の優しさ······いつも私には優しいが今回は少し優しさの種類が違っていた。変な優しさ、そうゆうお金とかをくれるご褒美の優しさではない。
自分は関係ない物事なのにそれに対して真剣に考えてくれる優しさ。
言わば真剣な優しさであった。
「ここはこうなるからこうなるんだ。いいな? じゃあ今日はここまで」
私がそんなことを考えていると数学教師が黒板に数式を書き、授業は終わった。
今から昼休みだ。また
もうどうなってもいい。
ただ私は『偽物』の恋を完全に終わらせたいのだ。
「
そう言って私の元へとやって来たのはやはり咲斗であった。
相変わらずの清涼感を漂わせている美男だ。
そんな美男に私は今からびっしりと言わなければならない。自分がこの恋を本気で終わらせたいという事実を。
「咲斗、ちょっと屋上に来てもらっていい?」
意を決して咲斗に同意を求めた。それに対して咲斗は不思議そうな表情をしている。それはどこか不安げな表情と期待の表情が混ざりあっている感じだ。
「分かった」
咲斗からの了承を得たので私たちは昼ごはんも食べず屋上へと足を進めていく。
「それで何?」
屋上に着いた後で咲斗は質問してきた。
だから私は真剣な表情を作り、覚悟を決めて凛とした声色で自分の意思をぶつける。
「――もう完全に終わりにしよ」
その言葉を聞いた咲斗は戸惑うこともなく、先程と変わらない表情をしている。
どうやら恋を完全に終わらせたくない、諦めたくない、という気持ちがまだあるそうだ。
本当に一途だな。
「そんなに雨音って僕の事嫌い?」
咲斗の表情は先程と比べると真剣なものになっていた。
心配していることも私に嫌気がさしていることもなく、咲斗の周りの空気は一変していた。
「嫌いではない」
ここで咲斗の表情は少し緩んだ。だから追い討ちをかけるように、
「だけど――好きでもない」
凛とした声で告げた。
そしたら咲斗の緩いでいた表情はまたさっきの真剣な表情へと変わっていった。
「じゃあ僕のことは何て思ってるの?」
ここで咲斗はそんなことを
恐らく、この質問に何の偽りもなしで答えたら咲斗は悲しむ。絶対悲しむ。だけど、悲しむことなんてどうでもいいんだ。昨日、晴斗も言っていた。
だから変な嘘は
「――気持ち悪いって思ってる」
ここでさっきまで真剣な表情をしていた咲斗の顔に一気に悲しみが生まれた。
「正直、私が友達と話している時でも無理やり話に入ろうとするその姿勢が好きじゃない。だからその積極的過ぎる咲斗のことは絶対に好きになれない。自分では結構いいかも、とか思ってるかもしれないけど、私は······それが迷惑で仕方なかった!」
勇気を振り絞って言い切った。私は言い切った。
予想通り、さっきまで真剣なオーラばかり漂わせていた咲斗の周囲は悲しみに満ちた。
どこか、失望したような、反省しているような色も
「······そんな風に思ってたの?」
私は弱々しくこくり、と頷く。
それから咲斗はさらに失望したようで失望感を漂わせている。
――これで僕の恋は終わりか、と思っているような感じだ。
「じゃあ雨音にそんな迷惑ばっかかけた僕には恋人になる資格なんてほぼゼロっていうことか」
漂う悲壮感に圧倒され、私は同情してしまいそうになるが、それをぎりぎりでやめて、また頷いた。
「分かったよ。そんなに迷惑なら僕はもう雨音に喋りかけるのをやめるよ。だからもう近付かない。今までのことはなかったことにしよう」
それはどこか私たちの全ての関係、恋人関係は当然だが、友人関係までも壊すみたいだ。私は友人関係までも崩壊させたいとは思っていない。
「それだと友人関係までも崩壊させるような言い方だけど?」
訊くと、次は咲斗が頷いた。
私は少し驚いてしまい、慌てた様子で言う。
「いや、そこまでは言ってないよ! 友人関係は別に壊さなくていい。これからは普通の友達としてやってけばいいんだよ」
咲斗は驚きと共に顔に笑みを浮かべた。
「迷惑じゃないの?」
「確かに迷惑だったけど、その迷惑になる行為をやめればいいだけだよ」
「要はしつこく話し掛けてきて欲しくないってこと?」
「そうゆうこと!」
私が大きく頷くと、咲斗は笑顔で溢れた。
「じゃあ迷惑かけた僕と友達でいてくれるの!?」
そしてその笑顔を保ったまま訊いてくる。
勢いに圧倒され私は軽く頷いておいた。
「ありがとう! じゃあ今日からは普通の友達でよろしくね!」
初めの悲壮感丸出しの雰囲気が嘘だったかのような咲斗の喜び。
作戦成功した。これで
そして同時に私は感謝もした。
この作戦を提案した兄――晴斗に。
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