第三章

第23話 デート

 放課後、俺はコンビニに寄り道をしながらも家へと帰って来た。今日は雨音あまねの部活は休みだ。そのため雨音はリビングでくつろいでいる。

 今日、玲香れいかから学校で帰り夜になるかも、と言われたので雨音の夜飯はコンビニ弁当だ。まあ、仕方ない。


「んじゃあ行ってきまーす」

「ん」


 相変わらずの素っ気ない返事を聞いた後で家を出た。

 待ち合わせ場所は名古屋駅の金時計だ。俺はまず、名古屋駅へと向かうべく足を最寄りの駅へと向ける。

 そして、改札機にマナカをかざし電車に揺られることおよそ十五分。

 金時計へと着いた。

 確か、集合時間は四時だった気がする。現在時刻は四時五分。

 少し、遅刻してしまった。しかし、玲香の姿も見当たらない。

 良かった。あいつも遅刻なら俺は怒られずに済む。


 だが、そんな安堵はすぐ怒りへと変わる。

 あれから十五分経ったというのに玲香が姿を現さないのだ。

 名古屋駅は相変わらずの喧騒で満ちており、人に押し潰されそう。

 もう、あいつ遅せぇよ。

 そう思った時だった。一人の美少女が俺に手を振っている。誰かは言うまでもない窯宮かまみや玲香だ。

 彼女は人混みを乗り越えて俺の方へとやって来た。


「お待たせ!」

「おせえよ······」


 俺はあまり怒ることが出来なかった。

 それも玲香が物凄く可愛いからだ。

 いつもはポニーテールだが、今回はツインテールで髪をくくっており、レースブラウスにミニスカートを纏っている。それらは真っ白で清涼感を漂わせている。

 見た者を魅了させるには十分すぎるほど似合っているのだ。


「どう?」


 恥ずかしいのか赤面しながらいてきた。恥ずかしいなら訊くなよ。俺が逆に恥ずかしくなるだろ。


「まあ、似合ってるよ」


 俺は目を背け、頬が赤くなるのを感じながら玲香に称賛の言葉を与えた。


「可愛い?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら訊いてくる。敢えて似合ってる、という言葉でそれを隠していたのだが、どうやら強制的に言わなければいけないらしい。


「ああ、可愛い」


 恥ずかしい、めっちゃ恥ずかしい。俺は頬がさらに赤く染まるのを感じた。


「ありがとう」


 そんな俺に対して笑顔で玲香は言った。その笑顔マジ天使みたい。だから周りの男に「こんなんがこんな美少女とデートしてるのか」とか、思われるのが怖い。


「じゃあ行こ!」

「お、おう」


 そして、俺らは名古屋の街へと出た。周りはビルばかりが並んでおり、都会の雰囲気を醸している。俺らの街とは違い人が多い。デート中のカップルや中学生ほどの男子、中には外国人もいる。

 俺らはとりあえずどこへ向かえばいいのだろうか。遺憾ながら分からない。そうして、玲香に尋ねようとした時、


「ここら辺カフェあるらしいからそこ行こ!」


 俺が迷っていることを知って提案してくれたのだろう。なら、俺はそれに応える。


「オッケー、じゃあそこ行こうぜ」


 そして足を動かす。

 五分程歩いた所でそこに着いた。

 外から見てもオシャレさを感じさせられるような店だ。俺らはそこへと入って行く。

 やはり中も綺麗で清潔感が漂っている。イマドキの女子が行きそうなカフェだ。そのため男子はあまり店内にはいない。もしかしたら俺だけなのかもしれない。

 奥の席では女子四人が談笑している。見た感じイマドキの高校生。この時間にいるということは帰宅部だろう。


「いらっしゃいませ」


 俺が店内を観察していると店員が歓迎してくれた。

 人数を言ってすぐに席へと案内してもらう。


「オシャレな店ね」

「ああ、そうだな」


 素っ気なく返事をした。この間に少し沈黙が走ったので俺はすぐ言葉を繋ぐ。


「今日、何でまもるを連れてこなかったんだ?」


 まずはふと脳裏に浮き出た疑問をぶつけた。今日は守も部活は休みのはずだ。ならば、いつもの三人でいつも通り遊ぶ、俺はそう思っていた。


「実はさ晴斗はるとに相談したいことがあって」


 玲香は少し恥ずかしながら言った。


「何だ? 俺なら相談乗ってやるよ」


 俺は促す。そしたら玲香は深呼吸をして事を言った。


「······私さ守のこと好きかもしれない······」


 俺は一瞬何を言われたのかがよく分からなかった。恋愛相談ということは理解出来たが、『守』という固有名詞が聞こえてきたことを拒絶した。


「······守のことが好き?」

「うん」


 俺が確認するようにして言うと玲香は首肯した。それもどこか初々しく、恥ずかしそうで弱々しい首肯だった。


「そこで俺に相談するためにわざわざ遊びに誘ったのか」

「うん」


 まだ恥ずかしさが残っているのか玲香は頬を赤く染めているまんまだ。


「だから守を誘わなかったのか。玲香は守のどこが好きなんだ?」


 率直に訊いた。そしたら玲香の頬はさらに赤くなっていった。


「······あの微妙な優しさと頼り甲斐、あとたまに見せる笑顔とかに惹かれていつの間にか好きになってた······」


 どうやら『本物』の恋らしい。まあ、女子高生にでもなれば玲香も恋はするだろう。

 じゃあ何で『本物』の恋をしているのに玲香はあの時守に頼まなかったのだろう。

 そんな疑問がまた脳裏に浮かんだ。


「守が風呂覗いた時の代償としてのお願いで何で『付き合って欲しい』って頼まなかったんだ?」


 そう、それは昨日俺と守の男性陣、玲香と雨音の女性陣で覗きについて討論していた時の話。

 結局、男性陣が女性陣に負けてお願いを聞くことになったのだ。そこで玲香は守に「付き合って欲しい」と、言わなかった。言うのなら絶好の機会だろう。なのに、何故、何故言わなかったのだろうか。それが俺の心に残っている最大の疑問なのだ。


「言おうと思ってた。だけどよくよく考えたら私が守に告白して仮に振られたら······寄りを戻すのはそんな簡単なことじゃない。だからそれが怖くて」


 不安そうな声色で玲香は言った。

 確かにそうだ。告白して失敗した時の想いを考えてみるとそれは心に大きな傷を負わせるだろう。

 だからそれが怖くて玲香は告白をしなかった。まあまあ、納得のいく考えだ。

 だがずっとそんな躊躇ちゅうちょしていたらどれだけ時が経っても玲香の恋は結ばれない。だから勇気も出さなければならないのだ。


「そうだな。それも分かる。俺も実際中学の時そんな状況に陥ったことがあった。だけど告白しないと恋の一ページ目は始まらないんだぞ」


 それとなく玲香を促す。勇気を与える。それが相談者としての仕事だ。だから玲香の不安も俺が消しとってやらなければならない。


「そうだよね······勇気出さないといけないよね。臆していたらいけないよね」

「おう」

「――じゃあ私決めた。守に告白して······みる!」


 先程の不安が入り込んでいた声色とは違い自信と勇気で溢れている声色が店内に響いた。

 相談者として玲香を促すことには成功した。――だけど何だろう。この心の妙な突っかかりは······何か選択を間違えたわけでもないのに何故か、今、この瞬間、俺の心には靄が残っている。

 そんなもやもやが残っている状態でさらに変な疑問と困惑、憂いが俺を支配してきた。


「いらっしゃいませ」


 店員がそう客を歓迎していた。だが、歓迎されていたのは、


「······雨音?」


 俺の妹、雨音とその後ろから姿を現したのは――清涼感漂う美男子であった。

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