第18話 晴斗はやはり行動する

「なあ、まもる玲香れいか


 俺が雨音あまねの友人関係が良好ではないことを聞いて知った日の翌日。

 早速、守と玲香に相談をしていた。


「また、雨音ちゃんの話?」

晴斗はるとはいつも雨音ちゃんについてしか悩んでないもんな」


 二人は勘が鋭くなった。

 いや、俺がただ単に妹のことでしか二人に相談したことがないからか。


「そうなんだよ。実は雨音が友達と喧嘩してさ俺が相談に乗ろうとしても『自分の問題だから自分で解決する』とか言っちゃって五千円札で誘惑してみても効果がないんだよ」


 俺は哀感を漂わせてそう言った。

 それに対して二人は蔑視してくる。何、その視線。メチャ痛い。


「だから何でお金で誘惑するの?」

「そうだぞ。晴斗は金を使わないと雨音ちゃんから頼られないのか?」


 確かに、金で誘惑して妹からの相談を受けさせることに大抵の人はそんな兄に哀れみの心を持ち、最低だとも感じてしまうだろう。だが、逆にその兄はなんて優しい人なんだろう、とプラスの考え方もある。

 だから俺は二人にこのやり方を否定されても続ける。


「これは俺のやり方だ。しかもこのやり方を使うしか雨音の頼れる理想の兄貴にはなれそうにないしな」

「······そっか晴斗だもんな。じゃあせいぜい財布の中が虚しくならないように気を付けろよ」


 何故か、守から注意を受けてしまった。

 だけど、今でも十分財布の中身は虚しい。もう、今月発売される新刊が買えなくなっちまう。


「でさー、晴斗は結局私たちに何かして欲しいことでもあるの?」


 話題を変え、玲香が口を開けた。

 して欲しいことならある。しかもそれによって俺が雨音とその友達との仲を戻すことが出来るのかが変わってくる。

 だから、守と玲香の仕事は――


「お前らのやることはめちゃめちゃ重要なことなんだ」


 真剣な表情で俺は言った。

 こんな頼み事する時にふざけていたら、相手の気分も良くはならないだろう。


「――雨音がいつ友達と仲直りする予定なのかいて欲しい」


 そう、俺が訊きたいのは『いつ』だ。その仲直りの日にもしも雨音とその友達が仲直り出来なかったのだとしたら――俺が出ていくしかないだろう。

 だから『いつ』さえ分かってしまえばその日、一日中雨音を監視しておけばいいのだ。


「それを俺たちが雨音ちゃんに訊けばいいのか?」


 守が確認するようにして言った。それに対し、俺は首肯する。


「だけど、私たちがそれを聞き出せなかったらどうするの?」


 玲香が首を傾げて疑問をぶつけてきた。

 確かに、守と玲香が聞き出しに失敗してしまったら俺は出ていくことが出来なくなる。

 だが、そんな心配はないことを俺は知っている。


「その時はその時だけど、守と玲香なら絶対聞くことが出来る」

「なんでそう思うの?」

「だって雨音はお前らのことを――信頼しているからだ」


 その言葉に守と玲香は驚愕の表情を浮かべていた。

 恐らく、著しく変わった俺の声音、音源の正体、そして発言自体の内容、それら全てに驚きを浮かべずにはいられなかったのだろう。


「信頼? 俺らがか? ないだろ。勉強教えただけのただの先輩だぞ」


 しかし、それに対して守は否定した。そして玲香も、


「ええ、私たちが信頼されてるなんてありえないありえない。まず何を根拠にしてそんなことが分かるの?」


 根拠······そんなものはない。ただ、守と玲香に対しての雨音の笑みが信頼の形にしか見えなかったのだ。

 俺に向ける笑顔とは何かが違う。

 兄妹同士の笑顔ではなく、赤の他人に見せる笑顔でもなく、あれは友人同士の笑顔だった。

 俺にとってはそれが根拠だ。

 確実ではないが、これが真実という自信は何故だか湧き上がってくる。


「根拠なんてない。雰囲気だ。お前らは雨音から信頼されている。だからこのお願い聞いてくれ」


 俺は悔しながらも二人に頼んだ。

 そしたら、守がため息をき、さらには玲香もため息を吐いた。


「分かった分かった。仕方ないからお前の頼み聞いてやるよ」

「私も。雨音ちゃんとももっと深く関わりたいしね」


 二人とも答えはイエスであった。


「ありがと!」


 俺はさっきの悔しさを吹き飛ばし喜んだ。

 これで雨音に兄の大切さを分からせることが出来る――そう思った。



 ***



「どうだった?」


 翌日の昼休み、喧騒で満ちている教室の中で俺は訊いた。


「ああ、ちゃんと訊いてきたぜ」


 それに対して守は答えた。

 今、話しているのは三人――俺と守と玲香だ。

 俺の作戦は守の一つの発言によって成功する確率がぐっと上がっていた。


「――明日らしいよ。明日、雨音ちゃんは友達の雪華ちゃんって子を呼んで謝るらしいよ」


 突如それは玲香によって告げられた。

 ――明日。雨音が仲直りしようとしている曜日は土曜日。

 これはラッキー。正直のところ平日だったら学校休んででも雨音の監視をしようとしていたが、土曜日ならその必要もなくなった。


「ありがとな。二人とも」


 俺はさらっと二人に礼を言った。

 だが、ここでその感謝の気持ちが粉々に崩れるような発言を守がした。


「んじゃあ、何か奢ってくれ」


 は? 何それ。そんなの聞いてないぞ?

 俺が困惑していると玲香も口を開く。


「いや、もっと大きなことしてもらおうよ、例えば······晴斗の家でお泊まりとか?」


 俺は余計困惑した。

 何だよ。お泊まり? 何で奢るっていう話から泊まるっていう話になるんだよ。

 話の発展の仕方おかしいだろ。


「それ、いいな! んじゃあ雨音ちゃんが無事、仲直り出来たら俺ら泊まりに行くわ!」

「だね! ていうことで晴斗よろしくね!」


 そんな感じで俺の家に守と玲香が泊まることになってしまった。

 ······さて、どう雨音に説明しようか。

 雨音のことをばっか考えていた俺の脳は二人の提案によって段々と薄れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る