災いを生む赤子

橘/たちばな

邪の子

広大な花畑に聳え立つ城。そこは、アルメリアと呼ばれる一つの王国だった。人々の間では花の王国とも呼ばれ、国王と王妃、そして姫がいる。王族や兵士、王国の人々は閉鎖的ではあるものの、それぞれ平和に暮らす毎日だった。


姫―――ユノは、16歳の誕生日を迎えたばかりであった。生まれた頃からずっと城の中で育てられたユノは外の世界に憧れており、いつしか王国の外に出て冒険してみたいと夢見る毎日。王妃や兵士長からの稽古の最中、王国内の花畑で様々な花を摘むのが唯一の楽しみであった。

「はあ……16歳になっても相変わらずこんな毎日なのかしら」

ユノは籠を手に、溜息を付きながら花を摘んでいた。空を見上げると、眩しい程に日が差している。

「私って一生この城で過ごすのかな……」

籠は摘んだ花で一杯になっていた。籠を手に花畑を歩くと、不意に何かの気配を感じ取る。ユノは思わず辺りを見回すと、花畑の奥に何かが存在するのを確認した。その場所へ向かった時、ユノは驚愕する。そこにはなんと、一人の赤子が眠っていたのだ。

「え……どうして?どうしてこんなところに赤ちゃんが……」

突然の出来事に戸惑いながらも、眠っている赤子にそっと触れようとした瞬間、晴れ渡る空は一気に薄暗くなる。徐々に雨雲で覆われていく空。雨が降り出した。

「大変!早くこの子を城へ……!」

ユノはとっさに赤子を抱き上げ、城へ駆け込んだ。雨は土砂降りとなっていく。



「花畑に赤子じゃと!?」

王が仰天の声をあげる。

「お父様、まさか隠し子とでも言うんじゃないでしょうね?」

「そんな事はない!しかし驚いたのう……まさか花畑に赤子がいたとは」

驚きの表情を隠せない王と王妃を前にしたユノが抱いている赤子は突然泣き始めた。

「あっ、よしよし。いい子いい子」

泣いている赤子を一生懸命あやすユノ。子供の世話をした経験が全くないユノは、ただひたすら抱きながらあやすばかりであった。

「それにしても、誰の子かしら?捨て子だなんて許されない事よ。この子について知ってる人がいないか兵士達に探してもらいましょう」

王妃の一言にユノは頷き、赤子を預けられた兵士達は城中を探し回り始めた。

「大丈夫かな……」

兵士達を見送るユノはどこか心配そうにしていた。

「奇妙な事もあるもんじゃ。親が見つかれば良いがの」

王が玉座から立ち上がる。

「ところで……今雨が降っておるのか?雨の音がよく聞こえるぞ」

城の外は、突然の豪雨に襲われていた。豪雨はたちまち花畑を水浸しにしていき、やがて雷も鳴り始めた。



半日が経過すると、赤子を預けられた兵士達が王の元へ戻ってくる。だが、兵士達の表情がどこか強張っていた。

「王様、ご報告致します。この赤子は……今すぐ牢屋に入れるべき、との事です」

兵士の報告に王と王妃、そしてユノは愕然とする。

「な、何じゃと!?」

「どういう事なの!?」

王とユノが同時に声をあげる。

「答えは私が言いましょう」

現れたのは、花で様々な運命を占える王国の占い師であった。

「その赤子は、100年に一度現れるという災いを生む邪の子の可能性がある。かつて100年前にもある王国で一人の捨て子が現れ、その捨て子が存在していた事によって王国は天変地異で崩壊したといわれているのです」

邪の子―――それは、占い師の間では有名な言い伝えとなっていた。この世界では100年に一度、親元が不明な捨てられた赤子が現れる。その赤子がいる場所で、数年後や数十年後には何らかの災いが起きているという事例が存在している。赤子は誰かによって保護されたり、誰にも保護される事なくそのまま安らかに永眠する子もいる。保護された赤子はどう育てられ、どう成長したのか、それは誰にもわからないものだった。

「何なのそれ……災いを生む子?捨てられた赤ちゃんが災いを生むなんて、そんなバカげた話を信じているっていうの!?」

ユノが声を荒げて言う。

「信じ難いのも無理はありませぬ。ですが、我々占い師の間ではそう言い伝えられているのです」

占い師が冷静に返すと、王が玉座から立ち上がる。

「……兵士よ、今すぐ牢屋にぶち込んでおけ」

王が兵士に命令を下す。

「お父様!!」

「この愚か者をな」

牢屋に入れる相手は、赤子ではなく占い師であった。

「お、王様!」

「お前達、何故そんなわけのわからぬ言い伝えを鵜呑みにしたのじゃ?実にくだらぬ話よ」

兵士達は戸惑いながらも、占い師を取り囲む。占い師の表情が険しくなっていく。

「王様、信じないのは勝手ですが、早速死相が出ておりますぞ!それも……決して遠くない災いを意味するのです!」

まるで吐き捨てるように言い放つと、占い師は兵士達によって地下牢へと連れて行かれる。

「……全く、何を考えておるのじゃ。これだから占い師たる者は理解出来んわい」

王は呆れたと言わんばかりに玉座に座る。

「本当、何様かしら。こんな可愛い赤ちゃんなのに」

再び赤子を抱くユノ。

「ねえお父様、この子を引き取りましょう。いつかこの子の親が現れるかもしれないし、それまでは私が……」

兵士曰く、王国中には赤子の親だと思われる人物や、赤子について何か知っている者は誰一人いないという。そんな状況を見て不憫に思ったユノは、赤子を引き取って面倒を見る決意をしたのだ。

「うむ、それが一番じゃの。身寄りのない赤子を放っておくわけにはいか……ゴホッ、ゴホッ!」

「お、お父様!?」

「ゴホッ……すまぬ、大丈夫じゃ。ユノよ、しっかりと面倒を見るのじゃぞ」

「ありがとうございます」

ユノは赤子を抱きながら自室に向かって行った。

「ユノったら、本当に面倒見れるのかしら」

王妃が言う。

「何、あの子は16歳じゃ。年の離れた弟や妹が出来たようなもんじゃろ……うっ、ゴホッ!ゲホッ……」

「あなた!?」

「おお、すまぬ。風邪でもひいたのかもしれん……」

「まあ……無理はなさらないで下さいね」

王の咳込み具合に、王妃は何か不吉なものを感じ取っていた。



「男の子だったのね。私がお母さんになってあげる」

ユノは自室で赤子に微笑みかけていた。赤子は、男の子だった。

「名前がないと不便だから……そうだ、シオンってどうかな。秋に咲く花から来てる名前だけど」

シオンと名付けられた赤子は、ユノに抱かれながら嬉しそうに笑っているようだ。

「あら、気に入ってくれた?今日からあなたはシオンよ。ふふふ」

嬉しそうな赤子―――シオンを笑顔で抱き上げるユノ。母親になるというのはこういう事なんだと思いつつ、シオンをずっと抱き上げてあやしていた。それからユノは、稽古の合間にシオンを連れて花畑に行ったり、自分が赤子だった頃に使われていた玩具で遊んであげたりとすっかり母親な気分でシオンの面倒を見ていた。まるで自分に弟が出来た喜びもあったのだろう、シオンと過ごしている時が一番笑顔になれるひと時となっていた。



一ヵ月後―――。



「うっ、ゲホッ!ゴホッ……!」

「あなた!!」

酷く咳込み、倒れる王。数日前、王は体調不良を訴えていた。最初は風邪による症状だと思われていたが、次第に症状が悪化していき、やがてとてつもない高熱を伴った酷い咳と全身を襲う激しい痛み、そして激しい頭痛に襲われていた。寝室に運ばれた王は、苦しそうな様子であった。

「お父様!」

シオンを抱いたユノが王の寝室にやって来る。

「お父様……一体何が……」

突然倒れた王の姿に不安を募らせるユノ。傍らに立つ医師が口を開く。

「王様の症状は、残念ながら原因共々未確認の症状です。実は以前から、王国の住民の何人かが同等の症状を訴えていました」

医師の言葉に周りが唖然とする。数週間前から王国中で起きていた原因不明の病気―――それは、今までにない形の症状とされていたのだ。

「それで……お父様は、大丈夫なのですか!?」

問い詰めるユノ。医師は表情を強張らせている様子だった。

「……申し訳ございませんが、私からは何とも答えられません。せめて治療法さえわかればいいのですが……」

医師の重苦しい言葉に、周りの空気は凍り付いていた。



「お父様……」

ユノはシオンを抱きながら、王の身を案じていた。外は激しい雨が降っている。雨は風雨となり、嵐へと変わっていく。そんな景色を見ていると、ますます不安に襲われていくユノ。同時に、ある言葉が頭の中を過る。城の地下牢に投獄された占い師の言葉であった。


災いを生む邪の子……死相……決して遠くない災い。


これらの言葉が頭に浮かび上がると、思わずシオンの顔に視線を向ける。ユノの胸の中で気持ちよさそうに眠るシオンの寝顔。それは、無垢なる赤子の寝顔であった。


まさかこの子が……まさか……そんな……。


突然の急病で倒れた王。同等の症状を訴えていたという人々。どちらもシオンを保護してから起きた出来事。どこから見ても人間の赤子と変わりないこの子が災いを呼び寄せたなど、信じられるものだろうか。もしそれが事実だとしたら……いや、事実だとしても……私はどうしたらいいのだろう。


外の嵐は、更に激しいものとなっていく。



更に数日後―――王は原因不明の病気によって死を迎えた。突然の王の死によって、王国中は混乱するばかりであった。しかも、王と同等の症状を訴えていた人々も既に亡くなっていたという。

「お父様……どうして……どうして……」

涙を流すユノ。王の棺を取り囲む王国の人々。棺は、広大なる花畑の中心地に埋葬され、巨大な石碑による墓が立てられた。


王の死を目の当たりにしたユノはシオンを抱きながら自室に引き籠っていた。父親を失った悲しみは大きいものであったが、シオンの無垢なる表情を見ていると、どこか救われるような気持ちを感じていた。シオンを抱いたまま自室から出て謁見の間に向かうと、兵士を連れた王妃がやって来る。

「お母様?」

ユノが思わず驚いたような声をあげる。王妃の表情が険しくなっている。しかも、今まで見せた事のない険しい顔つきだった。

「……ユノ。今すぐその子を渡しなさい」

「えっ……?」

「占い師の言う通りだったわ。その子は災いを生む子だったのよ!」

声を張り上げる王妃。その剣幕に目が覚めたシオンは泣き出してしまう。

「お母様、何を言ってるの?」

「あなたも疑問に思わなかったの!?その子が来るまでは平和だったのに、その子が保護されてから原因不明の病による災いが起きるようになった事を」

「違うわ!それは偶然よ!この子は関係ない!」

「いいえ!私は感じていたのよ、その子から不吉なものを。だからこそ、災いの元を断絶するわ」

兵士達がユノの前に立ち塞がる。

「なっ……どうしてこんな……」

「いいから言う事を聞きなさい。大人しくその子を渡して。さもないとあなたも牢屋に入れるわよ」

王妃の冷酷な言葉を聞いてユノは唖然とする。泣いてるシオンの姿を見ると、シオンのお守りをしたり、シオンと遊んでいる出来事が頭に浮かんでくる。シオンと過ごしていると自然に笑顔になれる。この子は私にとっての弟であり、子供のような存在でもあるんだ。だから……だから……!

「……嫌よ!そんな事……そんな事絶対にさせない!」

ユノは泣き叫ぶシオンを抱いたままその場から逃げ出す。後を追う王妃と兵士達。自室に逃げ込んだユノは即座に扉を閉め、鍵をかける。

「ユノ!開けなさい!ユノ!」

扉を激しくノックする音が聞こえてくる。背後を振り返ると、嵐の夜の景色が見える窓がある。窓を見た時、ユノにある考えが浮かぶ。だが、ここは城の3階に当たる。窓から地面を覗き込むと、その高さはかなりある。もしこの手を実行すると……。だが、考えている時間はなかった。


私は……この子を守りたい……!シオンは……シオンは私が守るんだから……!


ユノは意を決して、窓を開けてはシオンを抱いたまま飛び降りていった。外の嵐はまだ続いており、一向に収まる気配がなかった。


「ううっ……」

嵐の中、両足と全身を襲う激しい痛み。全身打撲で大事には至らなかったものの、体を動かすだけでも痛みが襲う程だった。だがユノはそれでも立ち上がり、足を動かそうとする。ユノの腕に抱かれているシオンは幸い怪我はなかったものの、ずっと泣き叫んでいた。吹き荒れる嵐の風と豪雨の中、ずぶ濡れで全身の痛みと戦いながらもシオンを抱いて必死で足を動かすユノ。匿える場所を探し求めるものの、辺りには何があるのか全くわからない状態だった。やがて力尽き、シオンを抱いたままその場に倒れ込むユノ。意識が遠のいていくのを感じる。


まだ……ここで倒れるわけにはいかない。この子を守れるのは、私しかいないのに……。


再び立ち上がろうとするユノだが、体が言う事を聞かず、ついに意識を失ってしまった。嵐は無情にも、意識を失ったユノに追い打ちをかけるかのように激しい風雨を巻き起こしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る