3
「はぁい」
消魔車の上に浮かんでいるのは、水の化身、体より長い髪を揺らし青い光をまとった女性だ。
「ナディア! オンディーヌによる放水の指揮を執れ!
その後、魔災の原因調査と魔法陣修復! 俺は子供を助けて来る!」
「了解!」
隊長の指示に対して全員が唱和。
全員が消魔士最大の目的を果たすために動き出す。
カオリは耐魔服の魔法陣を通してオンディーヌに接続する。
高いところから衝撃なく水の中に飛び込んだような感覚。
オンディーヌに接続した時に貸し与えられる青いバズーカ砲が背中に現れる。
ナディア、ウェンディ、カオリ、ロンはそれぞれ放水の水圧に負けないようバズーカを腰に構え、足を踏ん張る。
「放水!」
ナディアの宣言で一斉に放水が始まる。
両手で抱えたバズーカにオンディーヌの青い魔力が流れ込み、精霊脈で描かれた青い魔法陣が魔力を水へと変換する。
水の魔力と火の魔力の関係はじゃんけんのチョキとパーのような関係である。
水は隙間という隙間から建物の中に侵入し、火の魔力と接触し、その勢いを抑える。
「カオリ! 俺に当てろ!」
「はいっ!」
一階に水を流し込んでいたカオリはギンガに水を当てる。
ギンガはそれを全身に浴びる。簡易的な水の魔力の防護。
「サンキュ!」
「シルフ! 俺についてこい!」
ギンガはそう言うとシルフの風に乗って、二階を覗き込む。
ギンガは窓を外して中を指さす。
「ここに放水!」
ウェンディが素早く対応する。
一気に冷たい水を送り込むことで炎の熱を抑え込み、天井に水をぶつけることで落下物を先に落とす。
ギンガは中の様子を確認すると、一気に飛び込む。
「突入!」
ギンガは中に入る。ナディアが叫ぶ。
「ボブ! オンディーヌ!」
「任せろ!」
指示内容がなくても、その場の流れを読んで動く。
彼らは洗練された消魔隊員だった。
オンディーヌが叫ぶ。
「ええ! ボブの力を借りて彼に加護を施してるわ!
ちょっと火の勢いが強すぎてあまり持たないけど、5分までは大丈夫!」
オンディーヌの言葉を聞き、ナディアは二階を指差しながら言う。
「みんな、二階に放水! 私は一階の火を抑える!」
カオリは必死の形相でバズーカを構えると建物の火を抑えるべく放水を続けている。
中に入ったギンガは建物のやられように驚いていた。
一階にあるキッチンから火の魔力が溢れ、家を燃やしていると言っていたが、すでに二階は天井が燃え、三階に火が回っていた。
家の中は強烈な熱気で景色も歪んで見えるほどだった。
流れ込んで着た水を火が火力を高め蒸発させようとしているようだった。
一つ一つの炎が生き物のようにギンガをつつみこもうとする。
「魔災発生から3分足らずで俺たちは駆けつけたんだぞ!?
なのにこれはどう言うことだ!
ロンも言っていたが火の周りが早すぎる!」
ギンガは自分に水の加護がついたことを確認する。
火の精霊(サラドフィリア)に強い水の精霊脈が身体中を覆っている。
だが、火の熱はそれを軽く超えて体の芯を直接熱する。
ギンガは自分の全身の汗腺が開いたのを自覚する。
「くそっ、長居はできねぇぞ! メイル! メイルちゃん!」
ギンガは名前を呼びながら一歩ずつ足元を確認して進む。
すぐに扉にメイルと書かれた部屋があることに気がつく。
「ここか……」
ギンガは扉に手の甲を当てて温度を調べる。
扉の温度は高くなかった。
「大丈夫だ。まだ、火は回っていない。
それに、水が入っている音がする。
さすが。この的確な放水はロンだな?」
バックドラフトを警戒し、先んじてこの部屋に水を間接的に送り込んでおいてくれたようだ。
ロンは家の構造を理解し上からこの部屋に水が流れ込むようにしていた。
ギンガはロンに心の中で感謝するとそっと扉を開こうとする。
しかし、扉には鍵がかかっていた。
「鍵っ!? なんで鍵なんかかけてるんだ!
こんな程度じゃ魔災は防げない!」
金属製のドアノブは触るのには少し危険だった。
ギンガは素早く判断すると両腕をぐっと引きしぼり空手の構えをする。
「ふううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
肺にある空気を一新させ、オーディンの加護によって浄化された、火災ガスの混ざっていない空気を全身に送り込む。
「は!」
勢いよくドアノブを叩く。
甲高い金属音がして、ドアノブが外れる。
無理やり鍵をかける機構を取り去ると、すぐさま扉を開くと素早く体を中に入れ、扉を閉める。
部屋の中は女の子らしい家具や小物が並んだ部屋だったのがわかる。
今では火が回ってしまっている。メイルは部屋の真ん中でうずくまっていた。
「メイルちゃん?」
「誰っ!」
水でびちょびちょに濡れた幼い少女は泣きはらした顔をギンガに向ける。
「おじさんは消魔士だよ! 助けてあげる! こっちにおいで!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああん!!」
メイルは勢いよくギンガの胸の中に飛び込んできた。
体が魔災の炎によって真っ赤になっている。
軽度の火傷だった。
ギンガは自分に張り巡らされている水の精霊の加護を彼女にも与えるためメイルをそっと抱きしめる。
うしろを振り返ると、火がまるで地獄から抜け出そうとする亡者のようにメイルを焼き殺そうと扉から殺到していた。
ギンガはメイルをガバッと抱き上げると、窓の外へ飛び出す。
「確保!!」
叫びながら飛び出すとすぐに放水が当てられる。
炎に包まれた家の中はオーブンを優に超える九百度以上の温度になる。
すぐさま冷たい水を浴びて火傷を防がなければならない。
ギンガは必要な工程を思い浮かべながら指示を出す。
「ナディア! ウェンディ! 消魔! 魔法陣壊してこい!」
「了解!」
カオリは二人に水をかける。
心配そうな表情になってしまっていたのだろう。
ウェンディがカオリに笑顔を向ける。
「カオリ、見てて!
お姉ちゃんがすぐに魔災を止めてくるから!
カオリは自分のやることに集中して!」
ウェンディはそう言うと真っ先に建物の中に侵入する。ナディアもすぐに侵入する。
カオリは二人が暑くならないよう、一階のキッチンがある方向へ水を送り続ける。
「ギンガさん! ナディアとウェンディは?」
カオリはギンガと抱きかかえる女の子を見る。
ギンガは女の子の救急手当てを行いながら、そのまま言う。
「精霊脈の乱れによって発生した魔災、家の中に無数に描かれた魔法陣のどれかが崩れたことを意味する。
魔災を止めるにはそれを直すか破壊するかしかない。
家は財産だから、できる限り崩れてしまった魔法陣を直すんだ」
「そんなことはわかってます! こんな炎の中、魔法陣を直しに行くんですか!?」
「そうだ。家はできる限り残しておくべきなんだ」
「何でそこまで!
消魔学校では危険度に応じて魔災が家を破壊し尽くすのを待つのも一つの手だと習いましたが!?」
「ああ、そうだろうな。
魔災を消すだけならそれでいいんだ。
けどな、魔災は家族の思い出を破壊する。
その家が正の遺産であれ負の遺産であれ、形が残っていることで割り切れることもある。
それに残っているものが多いほど被害に遭われた方達が立ち直りやすくなる。
だから、俺たちはできる限り家の形を残したままにするんだ。
カオリ。喋っていないで今は作業に集中しろ」
ギンガは厳しい顔でカオリにそう告げると作業に戻る。
ギンガはメイルの怪我の具合を見ていた。
ふと、全くメイルに駆け寄りもしなかった母親を見る。
ギンガの期待とは裏腹に母親は娘のことを見ていなかった。
なんとかして見ないように自分の家が燃えるのを見つめている。
そんな風だった。
すると、突然、メイルの母親は急に自らの家に走りこもうとした。
「メイルのお母さん!」
ギンガは助けたばかりの女の子を抱いていた。
他のメンバーも放水で手一杯だった。
誰も、母親を止められない。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
とこれまでにない大きな音が火事で騒ぐ街に響き渡った。
その衝撃はで消魔車がビリビリと揺れていた。
オンディーヌが険しい表情で言う。
「ギンガ、やばいわ!!」
「くそっ! ナディア、ウェンディ! 戻れ! 母親を止めろ!」
激しい魔力嵐気中の中でなんとか通信がつながる。
「ジジッ………了解……!」
家の裏側から赤い炎に包まれたトカゲが現れた。
その巨大な頭はぎょろぎょろとした目を回してじっくりと周囲を見渡して状況を確認する。
「サラマンダーだ……」
ロンは思わずそうつぶやいていた。
カオリはその大きさに圧倒されていた。
家の半分くらいなら一口で食べてしまいそうだった。
サラマンダーは消魔車の上に浮かんでいるオンディーヌを見つけると口を開けて叫んだ。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
口を開くだけで溶鉱炉を開いたような皮膚の焼かれる熱気が周囲に広がる。
カオリは全身に緊張が走る。
目の前にはまさに災害と呼ぶべき悪魔が形を得てそこに存在していた。
ギンガは抱えている女の子を急いで消魔車に運び込むと叫ぶ。
「クソ! 精霊が暴れ出した! 二人とも急げ!」
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