こちら消魔署北東支部!!

黒鍵猫三朗

プロローグ

プロローグ1

「おはようございます!」


どこまでも続く青い空と、北の雪をかぶった険しい山をバックに、女の子は敬礼している。

その広い駐車場に彼女の声は大きく響き渡っている。


「本日より消魔署北東支部に配属されました。

 カオリ・ヨシムラです!」


カオリは後ろにまとめた長い髪をブンと振り回し両手を体にピタッとくっつけると、頭を地面に埋めるかのような勢いで礼をする。


「よろぉしくおねがいしぇぇぇぇぇぇっっっっっす!!!」


「ぶっ、ははははは! そんなあいさつをする奴があるの!?」


大笑いしながらショートヘアの女の人がカオリに近づく。

彼女から花のいい香りが漂っている。

彼女はカオリの肩をポンポンと叩く。


「そんな、緊張しなくていいよ。

 私はウェンディ・A・フィールド。ウェンディって呼んでね。

 四年目の消魔士。

 よろしくね」


「カオリです………。消魔士一年目です。

 よ、よろしくお願いします……。ウェンディ先輩」


「あはははは! 先輩!? 先輩だって!

 そんな固くならなくていいよ!」


「ですが……」


「いいからいいから!

 この職場、女の子少ないんだから仲良くしてよね!

 あ、そうだ! こっちこっち」


ウェンディはカオリの手をとると、すぐ横の消魔署の受付にカオリを押し込む。

受付にはもう一人女の人が居た。

金髪のミドルヘア。

毛先が少しカールしている。

頬に少しばかりそばかすがある。


「あら、新人さん? 名前は?」


「カオリ・ヨシムラです……」


「そうなの、よろしくね。

 私はナディア・イザベラ・ボス。

 ボスって苗字だけど、ここのボスじゃないわ。

 ナディアって呼んでね」


「ナディア先輩、よろしくお願いします」


カオリはぺこりと頭を下げる。


「先輩!? ふふふふ。そんな呼称いらないから!」


「ですが……」


いーい? とナディアは腰に手を当てて怒るポーズをとる。


「現場は速度が命。長ったらしい呼称はいらないの」


「はい!」


「わかればいいの! それと、敬語じゃなくていいから」


「はっ………わかり、った!」


口の形をへの字にして無理やり言葉を変えるカオリの顔を見て、ウェンディとナディアはこらえ切れず笑い出す。


「あははははは、無理しなくてもいいよ!

 そんな、すぐに出動するわけじゃないし!」


ウェンディはカオリの肩をバシバシ叩いて緊張をほぐしてあげようとしている。

カオリは笑う二人に真剣な顔をして言う。


「それで、最初に言っておかなきゃいけないことがあるんですが……」


そう言った途端。


ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!! 魔災発生! 魔災発生!

ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!! 魔災発生! 魔災発生!


単純な一音だけの無機的な音、人の言葉を継ぎ接ぎした声が消魔署内を駆け巡っている。


「出動!?」

 

カオリは突然鳴り響く警報に慌てふためく。

ナディアとウェンディはすぐに立ち上がる。


「ちょっと、ウェンディ!

 あんたのせいよ! そう言うこと言うから!」


「えええ!? 私のせいなの!?

 ちょっとそれ、ひどくない!?」


そう言いながらも耐魔服を着るためにロッカーへと走るウェンディ。


「ちょうどいい。言いたかったことは後から聞くわ!

 とにかく、あんたも来て!

 消魔学校で基礎は習ったでしょ!?

 区画整理くらいできるわよね!?」


二人の動きをただ目で追っていたカオリは急に話を差し向けられ目をパチクリさせる。


「ええええええええ!? 私も行くんですか!?

 私、まだ初心者なんですけど!?」


ナディアががっしりカオリの腕を掴むと走り出す。

カオリはナディアの握力の強さに驚きながらも必死で走ってついて行く。

今の自分の三倍はあるような気がした。


消魔学校で習ったとりに黒の耐魔服を着用するが、現役の人々はすでに耐魔服に着替えて黒いボディの大型トラック、『消魔車』に走り込んでいる。


「早く!」


ナディアが大きく手招きする。

カオリは耐魔服の上半身を着ている途中のまま慌てて消魔車に乗り込む。

飛び込むように椅子に座り、シートベルトを締める。


「出せ出せ出せ!」


大柄でヒゲが少し伸びてしまっている男が大きな声で言う。


「了解!」


大型トラックほどのサイズがある黒い消魔車は表面に張り巡らされた精霊脈に魔力が流れ、風を表す淡い緑色に輝く。

人間と精霊の古き契約によって人々は精霊の力を借りている。

消魔車は人と精霊の契約を示す魔法陣を備えており、いつでもその力を使うことができた。

 

風の精霊(シルフィリア)の力を借りた消魔車は暴れ馬のようにグオンと体を揺らし宙に浮かぶ。

一気に出力を上げ車体をひしゃげるようにして急発進すると、消魔署を飛び出した。


飛び出した先には首都アルラス・ド・フィリアの街並みが広がっている。

王令により立方体に設計された建物が三次元直行配列のように綺麗に並び街並みを形作っている。


人々は空間を買い、空間に家を作る。

全ての家が精霊との契約に基づき宙に浮かび、風に揺られている。

正方形の建物の間には自動車メーカーが売り上げを伸ばすために差別化した個性的な車が風の精霊(シルフィリア)の力で飛び回っている。


幾重にも重なる建物、そしてはるか下層に小さく見える車。

首都の圧巻な住宅街の風景を目の当たりにした田舎者のカオリは窓の外を見て思わず声をあげてしまう。


「うわぁぁぁぁぁ……!」


カオリは感動して口をポカンと開けていた。

先頭に座って車を運転している男が叫ぶ。


「全員、捕まってろよ!」


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


カオリがこぼした感嘆符はそのまま悲鳴となってしまった。

三列になっている消魔車の座席の真ん中に座っている大柄な男がカオリを見て言う。


「誰だ。お前」


相手の持つ強烈な威圧感で、カオリは蛇に睨まれたカエルのように身を固くした。


「はっ、はい! 本日付けで消魔署北東支部に配属されました、消魔士のカオリ・ヨシムラです!」


車内でビシッと敬礼をする。

肘が隣に座っていたウェンディにぶつかってしまう。


「いたっ! ちょっと、カオリ。こんな狭い空間で敬礼しないで!

 ってか、消魔士なのはみんな知ってると思うよ!」


「あ、そっか! ごめんなさい!」


その男の威圧感は双眸を崩した途端嘘のように消えてしまった。


「ははは! そうか! 元気いいなお前!

 俺はギンガ・スガノ。北東支部の隊長だ。よろしく」


「よろしくお願いします! わぁぁぁぁぁぁぁ!」


消魔車は大きく揺れる。

渋滞する車列を縫うように飛び、隙間という隙間に鼻先を差し込む。

ギンガはその程度の揺れを物ともしていない。

全く揺れを感じさせない彼は、運転席に座っている黒い肌で頭を刈り上げた男を指差す。


「こいつはボブ・H・トンプソン。

 消魔副士長だ。ボブって呼んでやれ。

 うちの隊の運転手だ。運転技術だけだが、運転技術だったらプロのレーサーに負けないレベルだ」


「運転技術しかないってひどいなぁ。

 一応、魔力ポンプの専門なんだけどな?」

 

ブは自分の存在価値を示すかのように車を傾けてブン! と遠心力をつけながら回頭する。


「うわぁぁぁぁぁ! 消魔車の運転手やめて、ミキサー車の運転手になりなよ!」


叫ぶカオリをバックミラーで確認したボブは嬉しそうにしている。


「ははははは! カオリちゃんは面白いね! よろしく」


そう言って振り返ったボブはスルメイカを食べている。


「そして、こっちでパソコンいじってるのがロン・A・ジャクソン。

 ロンって呼べ。

 消魔副士長であり分析官だ。

 魔災を現場で分析すんのが仕事だ」


カオリは消魔車に必死で捕まり、ロンの方を見る。

ロンはやせ細り顔に暗く影が落ちたようだった。

険しい表情を浮かべ、タブレットのスクリーンを叩きセットアップをしている。

どう見ても運動できるとは思えないひょろひょろな体だった。

カオリはロンの筋肉が骨の内側についているんじゃないかと疑ってしまう。

カオリのそんな表情を見てウェンディは忠告する。


「カオリ! 人を見た目で判断しちゃダメよ。

 ロンは百メートル十秒で走るわ」


「ええっ、私より1.3秒も早いの!?」


「まぁ、訓練しましたから」


ロンは眼鏡をくいっと持ち上げるとカオリの方を見て言う。


「よろしく、新人さん。わからないことがあったら聞いてくれ」

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