4 一つ問題がありまして。
これまでを振り返ると、断罪イベントは概ね成功と言えるだろう。
大広間から颯爽と退場する時の気分の爽快さったらたまらなかった。
二度とできないだろうけど、機会があればもう1回やりたいくらい。
セナ--セジュナはまぁとりあえず、と嘆息して足を組み替えると話を続ける。
「まーここまでは順調に進んだよね。見事にことが進んで嬉しい限りだけど、問題はここからよね。アリサは公爵家とか大丈夫なの?追放後オーウェン家が没落したりとかする描写はゲームにはなかったけどさ」
セジュナの指摘に私はうーんと考え込む。
私の父--レイザール・スクルド・オーウェンはこの国の外相。
いわば外交を担当する外務大臣だ。
切れ者で王からの信頼も厚くかなり懇意にしていると聞く。
それゆえ父はとても厳格な性格をしている。
王子との婚約破棄などオーウェン家にとっては恥となる大問題だ。
しかし私は心配してはいなかった。
厳格で頭が切れると噂されるこの国の外相は、しかし家においては我が子を溺愛するただの親バカである。
父は
美貌で知られる母譲りの容貌に、父譲りの
ぱっちりとした二重に目尻に影を落とすほど長い睫毛。紅玉のように輝く赤い瞳は丸く、すっと通った鼻筋に薔薇色の頬、小さいながらも形の良い唇。
メリハリのある体は華奢ながらも出るべきところは出て、コルセットをしなくても十分細いウエスト。
アリーシャ・ウルズ・オーウェンはポジション的には悪役令嬢であるものの、ヒロインのセジュナに劣らずその容姿はさながら「天使のようだ」と称される可憐な外見を誇る美少女であった。
私が言うと自画自賛のようになってしまうが本当にアリーシャは天使のように可憐な女の子であった。私はこの外見が割と気に入っている。前世の記憶が戻って改めて
そしてそんな私を父は溺愛しているのでむしろ婚約破棄をした王子に怒りをぶつけることは想像にかたくない。
今日もエスコートに来れないと聞いて王子に殴り込みをかけそうなくらいまくし立てていたし。
兄は父に負けないくらいのシスコンだし、母は基本放任主義の楽天家だから問題にすらしないだろう。
名門貴族であるオーウェン公爵家だけあって肝が据わっているウチの家族なら問題ないな。うん。
これしきの問題で傾くような家でもないし。
「全く問題ないね。ウチの家族は。好きなようにしなさいって言われると思う。ほら親バカ父とシスコン兄とのほほんとした母親だし」
私の返答にセジュナは納得したように頷いた。
セジュナはよく私の家に遊びに来ていたし、オーウェン家がどう言った家族かよく理解している。
「あー、そうだった。オーウェン公爵の娘への溺愛ぶりは半端なかったね……」
どこか遠い目をして答えるセジュナ。
うん、言いたいことは分かる。いい年こいて子離れできない父親って色々問題だよね。うん……。
私はパンと手を打って話題を変えた。
私の父のことはどうでもいい。問題はこの後なんだから。
「それよりかもっと重要な問題があるでしょ、ほら」
「ああ、そうだった。『ラスボス』だよね」
「そう。アリーシャのもうひとつの役割。
セジュナと私は目を見合わせると深くため息をついた。
聖オトではアリーシャは断罪イベントの後国外追放となる。
普通のゲームならここで悪役令嬢はお役御免、はいさようなら、となるが。
サービス精神溢れる聖オトのゲーム製作者はなんとアリーシャにもう1つ重要な役割を課していた。
このゲームにおけるラスボス。その名を
このゲームを作った製作者とは1度よく話し合った方がいいかもしれない。
アリーシャになんてことをしてくれたんでしょうかねぇ。
私は忌々しく思いながら呟いた。
「アリーシャは断罪イベントの後国外追放される。アリーシャは自分を追放した王子とセジュナを恨み、負の感情に支配されてしまう。そして彼女の負の感情は決して呼び寄せては行けないものを呼び寄せ、復活させてしまった。ラスボスたる
聖オトの重要なシーン。ヒロインが「聖乙女」として覚醒することになるきっかけだ。
ラスボスとなったアリーシャはアルメニア王国を混乱に陥れるが、聖乙女として覚醒したセジュナに倒され、封印される。
またしてもやられ役。ヒロインを引き立てるためのラスボスという脇役。
アリーシャは不憫すぎやしないだろうか。
悪役令嬢としてだけでなく、体を乗っ取られラスボスになった上に最後には魔王諸共封印されるのだ。
ゲームをしていた頃にはヒロイン視点だったのでラスボスなど気にもかけなかったが当事者となった今、アリーシャの不遇に同情するばかりである。
セジュナも同じことを思ったのか私に向かって複雑な表情を向ける。
「アリーシャって改めて見ると可哀想だよね……」
南無、と言ったように私に合掌するセジュナ。
やめなさい。私は死んでないし死ぬつもりはない。もちろんラスボスになるつもりもない。
確かに断罪イベントで追放されることにはなったが私はラスボスになる気など毛頭ないし身体を乗っ取られる気もない。
そもそも
「『ミューズ許容量』が高く、負の感情に支配され闇に堕ちた者」
確かに国内で随一のミューズ許容量を誇る私だが今のところセジュナと王子を恨んではいないし、その予定もない。
闇に心を支配されるとか厨二病的思考にも至る予定は無い。
しかし。
「私は魔王になる気はないけど、ここが聖オトの、ゲームの世界である限り私が魔王にならないという保証はない。いくら仕組んだこととはいえ断罪イベントはゲーム通り起きた。なら私が魔王になるという可能性が無くならないわけじゃない」
「ゲーム補正、って言葉があるくらいだからそれも考えておいた方がいいよね。せっかく今世でもアリサと出会えたのに戦うなんて嫌だもん」
セジュナが悲しそうに呟く。
私もセジュナと同じ気持ちだった。
私はもう前世の「大上アリサ」ではない。黒臣くんにはもう会えない。ならせめて、今世で出会えた親友とはずっと親友でいたかった。
戦うことになるのは死んでもごめんだ。
そしてその可能性が、私が「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」である限り消えないというのなら。
「だったらその可能性を潰す」
「どうやって?」
私の言葉にセジュナが首をかしげる。
さらり、と胸元に滑った銀の髪が月の光を帯びて淡く輝く。
その光に目を細めながら、私はニヤリと笑った。
「アリーシャ・ウルズ・オーウェンを殺すの」
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