2 種明かしといきましょう。
決まった……。
私はスケートの演技を終えた選手のような心地で大広間から続く廊下を歩く。
皆が注目する中、大広間を颯爽と退場する。
顔には満面の笑みを浮かべて。
本来なら屈辱にまみれた表情とかするべきなんだろうけどここはあえて笑った。
その方が王子にダメージ与えるじゃない!
見たかあの王子の目を見開いた真ん丸な阿呆面!
何事も完璧を貫かないと気が許せない王子の阿呆面を拝んでやったぞ!
いっつも済ました顔してちらっと窓から映る自分を見て満足そうに微笑んでいたのを私は知っているんだからな!そのポケットに必ず手鏡を忍ばせて私がお花摘みとかでちょっといなくなった隙に自分の顔をうっとり眺めていたことは知ってるんだからな!
このナルシスト野郎め!
貴様の婚約者なんか私から願い下げなんだよ!私はゲームではヴェガ様しか熱心に攻略しなかったんだ。私からすれば王子の魅力なんて分かりたくもない。婚約破棄?喜んでお受け致しますよ本当に。
私は長年の恨みを込めて王子のいる大広間に向かってべーっと舌を突き出した。
ふぅ、清々した。
私がいなくなったことで調子を取り戻したのか、大広間ではゆるやかに音楽が奏でられ、談笑する声がチラホラと風に流れて聞こえてくる。
大広間の騒然さとは打って変わって静寂しかない廊下にぽつんと1人で立ち、次第に私は王子への憤慨を忘れ、だんだん落ち着きを取り戻していった。
そうだ。こんなことをしている暇はなかった。この後は談話室で落ち合う約束をしていたのだった。
ふいに心配になる。
なんでも要領良くこなす彼女のことだ。きっと大丈夫。
それよりか自分のことだ。
この後も予定はみっちり詰まっている。
一分一秒たりとも犠牲にはできない。
あともう少しで自由になれるのだ。
今頑張らなくてどうする私。
私はきゅっと拳を握ると辺りを見回す。
周りには誰もいない。私だけだ。
それを確認すると誰も見ていないのをいいことにはしたなくドレスの裾をを持ち上げ走り出す。
目指すは大広間からそう遠くない距離にある生徒のための談話室。
普段はここでアフタヌーンティーを楽しんだり、課題をこなすために生徒が集まって勉強したりするこの場は今は誰もいない。
夜だから当然か。
しかも今はパーティの真っ最中。
誰にも話を聞かれることは無いだろう。
談話室のドアを開けて室内へ入れば、明かりがない部屋に淡く輝く月の光が照らされるだけの静かな空間。
やっぱり誰もいない。しかし念には念を入れておくか。
この会話を聞かれる訳にはいかない。
そう判断すると私は談話室全体に結界を貼る。
部屋全体を布で折った繊維で包み込むようなイメージで覆った。
これで大丈夫。
誰にもここでの会話は聞かれることは無いだろう。
あとは彼女を待つだけだ。
豪奢な暖炉の傍にある1人がけのソファに腰を下ろす。
心地よい座り心地のソファに思わずホッとした。
そのままじっと待つこと数分。
微かだがパタパタとこちらの方へ向かってくる足音が聞こえた。幾分か慌てたような足音はだんだん近づいてきて談話室の扉の前で止まった。
数秒の間を置いてガチャリとドアが開いた。
「ふぃー、待った?ごめんねー。ちょっと抜け出すの大変でさー」
貴族令嬢にあるまじき口調でこちらへ向かってくる彼女に私は苦笑を返した。
「いいよ全然。あの後だもん。よく抜け出せたね?」
「そこはほら、私だからさー。上目遣いで1人になりたいのって言ったら離してくれたよ?いやほんと、ヒロイン様々だよね。男共意のままにできるとかどんだけヤバいのヒロイン効果。怖いわー、でも私はセラーイズル王子一筋だから安心してねアリーシャ!ヴェガ様には手は出さないわ!」
何故そこでヴェガ様が出てくるのだろう。
いやまぁ、私の推しキャラだから手を出さないでくれるのは嬉しいけど。
あー疲れたぁ、と呟きながら私の対面に座った少女は先程王子の腕の中でしおらしく泣いていた銀髪の美少女。
セジュナ・アルテミウスその人。
私は
私の意図を理解したセジュナはニヤリと笑い返すとこちらに向かって同じように左手をかざした。
パァン!
ハイタッチするとその手を互いの肩に持っていき、私たちは抱きしめ合った。
終わったのだ。
ようやく終わったのだ。
その実感が湧いて、涙すら出てきた。
ようやく私は新しい1歩を踏み出せる。
涙ぐむ私に気づいたのか、セジュナが私の肩から手を離して覗き込むように私を見つめる。
その表情はとても優しかった。
「お疲れ様。アリサ。ようやく私たちにとってのハッピーエンドを迎えられたよね、おめでとう!」
セジュナの--セナの言葉に、私は頷きながら言葉を返した。
「うん、お疲れ様。セナ。本当にここまで長かった。そしておめでとう、私たち!」
2人で無事「ハッピーエンド」を迎えられたことを祝う。
そう。
私たちは「断罪イベント」をシナリオ通りに成功させるために協力していたのだった。
*
「聖乙女の涙」
通称聖オト。
これが私たち
私とセナは小学校からの大親友で、大学も同じ所へ行った。
サークルも同じで、いつもいっしょだった。
--死んだ時も。
サークル仲間と共にレンタカーを借りて旅行していた最中に、高速道路で反対車線から突っ込んできたトラックに追突され私たちは死んだ。多分。
詳しい状況は覚えていない。
2人で朧気な記憶を探って恐らくそうして亡くなったのだろう、と検討つけた。
そうして、亡くなった私とセナは前世でハマっていた乙女ゲームに転生した。
ヒロインのセジュナと悪役令嬢のアリーシャとして。
聖乙女の涙、聖オトはそこそこ人気を誇ったゲームだ。
市井で育ったヒロインがとある要因で伯爵家に引き取られ、アルセニア学園にて運命の出会いを果たす。
攻略対象と交流し時には壁にぶつかりながらも愛を育み、最後には復活した魔王を聖乙女として力を覚醒させたヒロインが封じて国を救うというありきたな物語。
しかしスチルの多さや、美麗な攻略者たち、繊細な恋心を描写したシナリオなどで一定の人気を誇り、続編や公式グッズが出るまでに至った。
私が最初にハマり、セナに勧めたところ見事に2人してそのゲームの虜になった。
セナは攻略対象の中でセラーイズル王子を気に入り、私は近衛騎士のヴェガ様を推しキャラにした。
ヴェガ様は齢19にして最年少で近衛騎士入りした有能な騎士で、白い髪に翠の瞳、褐色の肌の怜悧な美形だった。
確か私より7歳歳上だから今は24歳か。
性格は温厚で優しい。私が前世で好きだった「黒臣くん」にどことなく雰囲気が似ていた。
前世の記憶を取り戻してからは推しキャラを生で見られる感動に打ち震えながら、私はふと気づいた。
私はアリーシャ・ウルズ・オーウェン。
このゲームにおいて与えられたそのポジションは「悪役令嬢」。
王子の婚約者として生き、未来の王妃として据えられ、生きるだけの存在。
そして学園でヒロインをいじめ、追放されるのだ。
なにそれ。
ただの当て馬じゃないか。ヒロインの引き立て役。脇役。やられ損の役回り。
冗談じゃない。前世で恋心を譲受させることなく死んだ私が、ここでもろくな人生を送れないではないか。
そんな絶望に陥っていた時。
私はこのゲームのヒロインに出会った。
セジュナ・アルテミウス。
オーウェン公爵夫人、私の「母」が古くから付き合いのある友人のサロンに招かれていた時。
大人の退屈な話についていけなかった子どもたちが自然と集まって遊びに興じていた。
その中に見つけたのだ。
銀髪にスカイブルーの瞳をした、あどけないながらも目を見張る容貌をした美少女を。
確信した。彼女こそ、セジュナ・アルテミウスだ。
私は思わず彼女の手を取ってこう告げた。
「ねぇあなた。将来私から王子を奪って?ヒロインのセジュナ様」
銀髪の美少女は目を見開いて、しかし次の瞬間にこりと笑って答えた。
「ええ、そのつもりよ。悪役令嬢のアリーシャ様」
悪役令嬢。
その言葉をわざわざつけたセジュナに確信した。
この子はゲームのことを知っているんだ。
そして私から王子を奪う気なのだ。
それから私とセジュナは2人で様々なことを話し、お互いが「有神セナ」、「大上アリサ」だと気づいた。
私たちは自分がゲームの登場人物に転生したことを利用し、互いの目的のために手を組んだ。
セジュナは自分の推しキャラであるセラーイズル王子と結ばれるために。
私は王子との婚約を破棄し、自由を得るために。
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