12 第七皇女は慌てふためく
イーゼルベルト将軍に抱きしめられている。
そのことに気づいたのは左手に収束していた魔力がいつの間にか消え失せていると理解してからだった。
「なんで……」
「落ち着いてください殿下。殿下がお怒りになるのも無理はありませんが、あなた自らが手を下す必要はございません。このような輩のために御手を汚すことはないのです」
「しょう、ぐん……」
イーゼルベルト将軍の低く穏やかな調子の声に私はだんだん冷静さを取り戻していく。
将軍から抱きしめられた体を通して何か暖かいモノが流れ込む。
これは……癒しの力。
暖かな春の日差しのような柔らかさを含んだ力が私の中に流れ込んでくる。
将軍には癒しの力をもつ精霊がついているのか。
黒髪は「魔」に近いものとされて忌避されがちだが、一方で精霊も引き寄せ加護を得やすい。
その分、色が近いこともあり「魔」にも懐かれやすいのだが。
それにしても、この力。どこかで覚えがあるような……懐かしいような。
そんなことをぼんやりと考えつつ、緊張で強ばっていた体からゆっくり力を抜く。
暫くすると自分で魔力を制御できるまでに回復した。
「ありがとうございます、イーゼルベルト公爵。だいぶ落ち着きました」
「そうですか。一回深呼吸をなさってください。体が楽になりますよ」
将軍に言われた通りに一度大きく息を吸い込み、吐き出す。
念のために左手に目を向けて軽く拳を作るが異常はない。体は思い通りに動く。
将軍のおかげで助かった。
もう大丈夫だと見上げて微笑めば、柔らかな笑みを浮かべた将軍と目が合った。
普段はキリッとしてクールな表情をしているのに笑うと一気に柔らかな印象に変わる。
もともと整った顔立ちに少し甘さを含んだようなその笑みはあまりにも似合っていて目が離せなくなる。
見惚れそうになってから、その笑みの近さにはたと自分の置かれた状況を思い出す。
つまり、甘い微笑みを浮かべた将軍に抱きしめられているということに。
「--ッ!?」
ぼっ、と音を立てそうなほど顔を赤くした私は将軍から逃れようとじたばたともがく。
しかし将軍はなぜか私をがっちりとホールドして離してくれない。
ちょっ、公爵抱き寄せないで!離して!!離して恥ずかしいからあああああ!!
あ、メルランシアお姉様がこっち見てる!ニヤニヤしてる!やめてお姉様!不可抗力なの、状況的に仕方なかったの!
どうでもいいから公爵は離してえええ!!
そのままさらにバタバタと暴れれば将軍はようやく私を拘束していた両腕を解放した。
さっと距離を取れば「残念だ」と小さく呟かれ再度私にあの蕩けるような甘さを含んだ笑みを向けてくる。
その笑みに心臓がドクンと高鳴ったが全力で無視した。
べ、別にときめいてませんから!
赤くなった頬を両手で挟みながら気持ちを落ち着ける。
「あのー、話を続けていいかのう?それともまだ待った方がよいか?」
事の成行きを見守っていたらしいお父様の声にハッとする。
そうだ、こんなことをしている場合ではない。
私は一刻も早くモースを断罪しなければならないのだ。
「申し訳ありません陛下。大丈夫ですわ」
「うむ」
当初はモースだけを断罪すれば良いと思っていたのに大変なことになってしまったな。
先程より落ち着いたとはいえ私はまだジークを許した訳ではない。
キッと睨みつければ恐れを為したように身を震わせるクロムウェル前公爵。
皇帝は周りを見渡し咳払いすると、話を続ける。
「ジークよ。先程は口を滑らせてくれたおかげで自白とも取れる発言が出たが覚悟はしておろうな。言い逃れをしようとしても無駄だぞ。今日の祭典で警備が城に集中しているのをいいことに皇都を抜け出し、アイルメリアに亡命する算段のようだったが、そなたの考えなどとっくに見抜いておるわ。それに先程捕らえた貴様の愛人もアイルメリアのスパイだと白状した。ジーク・クロムウェル、何か弁解はあるか?」
皇帝の言葉にジークは何も答えず項垂れた。
その様子を見た皇帝がイーゼルベルト将軍に目配せする。将軍は頷き、「出てこい」と声をかけると再び大広間に新しい人影が現れた。
ジークと同じように胴体を縛られ、魔封じの手枷をされた人物は赤い髪の妙齢の女だった。
この女には私も見覚えがある。
確か名前はメルヴィス・ジンジャー。クロムウェル前公爵が貢いで多額の借金を作る原因となったジークの愛人だ。
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