10 第七皇女は激昂する

「何故ですか……。何故、父上が捕まっているのですか陛下!!」



大広間に突如現れた捕縛された父親の姿に、モースは動揺している。

普段は紳士然とした余裕の表情を浮かべているが、今は顔色が蒼白で呆然としている。

突然の展開に私もついていけず、何回も瞬きして目の前に居る人物が本当にジーク・クロムウェル前公爵なのかと確認してしまう。

しかしあのモースそっくりな顔は見間違えようがない。間違いなく本人だ。

状況が飲み込めない中、私は説明を求めて己の父親に視線を向けた。視線だけで問いかければ、お父様はただ目を細めてニヤリと笑った。

思わず舌打ちしそうになりながらも、何とか堪える。

あれは明らかにこちらの反応を見て喜んでいる顔だ。恐らく「ドッキリ大成功!」とでも思っているのだろう。


突然のジークの登場に周囲の貴族達も困惑の表情を浮かべている。

それもそのはずだ。家督を譲ったとはいえ、クロムウェルの前公爵がこの場に現れてしかも捕縛されているのだから。

戸惑ったように事情が分かっているであろう皇帝と将軍を交互に見つめている。


イタズラが成功して嬉しいのはわかりましたからいい加減そのドヤ顔をやめてくれませんかねお父様。

あと早く説明してください。状況が全く飲み込めてないんですが。

私たちの様子を見てひとしきり楽しんだのか、皇帝陛下は最後に実に面白そうにモースを一瞥したあとに口を開いた。



「このようなことも何も。こやつが大罪人だから捕縛したまで。金欲しさにウォルフロム領を売った売国奴、ジーク・クロムウェル。そなたは多額の借金を抱えて困っていた。そこで従兄弟であったウォルフロム辺境伯に援助を求めたが、すげなく断られてしまった。それに逆恨みして援助を申し出ようと接触を図ってきたアイルメリアのスパイに情報を売りウォルフロム領を襲わせた。違うか?」

「なっ!?」



皇帝の言葉にモースは驚愕の表情を浮かべて硬直した。「父上……」とただ呟き、目を見開いて自分の父親を見つめる。

皇帝の言葉に貴族達は騒然とし、同じようにジークに視線を向ける。そこには侮蔑の視線も少なからず混じっていた。ジークはただ黙って目を伏せ沈黙を守っていた。


私は私でお父様の言葉に衝撃を受けていた。公爵家が多額の借金を抱えている情報は掴んでいたし、モースが半ば詐欺まがいのような手法で資金を集めていることも知っていた。

しかし、そもそも此度の事件の発端はジーク・クロムウェルのくだらない逆恨みだったというのか。



「国を売った……?ではクロムウェル前公爵はウォルフロム辺境伯の援助を得られなかったと言うだけで逆上してアイルメリアにウォルフロム領を売ったというのですか?それだけのためにウォルフロム辺境伯は殺され、何人もの民が犠牲になったというのですか……?」



今回の事件の顛末は私も報告を受けている。ウォルフロム辺境伯は誠実で正義感溢れるとても良い領主だった。そんな領主を持っていることを領民は誇りに思っていたという。

だからそんな領主を奪ったアイルメリア軍を決して許さず、占領下にあっても抗い続けたそうだ。思うように捕虜を懐柔しきれなかったアイルメリア軍は見せしめとして逆らった領民たちを女子どもも関わらず皆殺しにした。

イーゼルベルト将軍が見事に領土を奪い返すまで領民は決してアイルメリア軍に屈することは無かったそうだ。


領主の死を悼み、決して屈しなかった領民たちに比べ、この男は。

援助が得られなかった。ただそんな理由で国を裏切ったというのか。


公爵家ともなればそれなりに影響力を持ち、独自の情報網もあったはずだ。ましてやウォルフロム辺境伯と公爵は血の繋がりがあり、交流もそれなりにしていたと思われる。国境の警備の情報を入手し流すことなど容易いだろう。

むしろ協力して内密に手引きすることもできたはずだ。

ウォルフロム領には帝国でも有数の豊かな資源であるオルレアン鉱山もある。それを手に入れられる機会となるならばアイルメリア側としても利益になる話だ。断る理由がない。


考えれば考えるほど繋がっていく。疑う理由がないほどに。

私はギリギリと歯噛みしてジーク・クロムウェルを睨みつけた。

怒りで我を忘れそうなほど、かつてないくらいに感情がたかぶっていた。



「仮にも公爵と名乗る家ともあろうものが……貴族としての矜恃はないのですか!!自分の勝手な都合で多くの民を犠牲にし、従兄弟まで敵国に売ったのですか!?恥を知りなさい、ジーク・クロムウェル!!」



仮にも祭典の最中なのは分かっていたがどうしても目の前のこの男が許せなかった。

息子も息子なら、親も親か。どこまでこの親子は腐っているのか。

私のこの言葉に対し、初めてクロムウェル前公爵は反応した。

伏せていた視線をこちらに向け、捕縛された体を振り回しながら私に向かって怒鳴る。



「黙れ。私を侮辱するな!あいつは死んで当然なんだ。貴族としての誇りを忘れた愚か者!格下の下郎に目をかけ、名を汚した!なにが『領民は大事』だ。あいつらは私たちの領地に住まわせてやってるんだ!貴族を敬い、税をおさめるのは当然の義務だろう!それなのにあいつときたら、『領民は奴隷じゃない、無条件で貴族に尽くすのが義務ではない』などと!!事業を始めた時に融資して面倒見てやったというのに私が援助を求めれば領民の負担が増えるからと断りやがった!なにが領民だ!あいつらが私たちのために働くのは当然だ!当然の見返りだ!!それなのにあいつは 平民に媚びへつらって公爵家に連なるものしての名を汚した。貴族としての誇りを失った愚か者だ。そんなやつに生きる価値などない!!」



前公爵の吐き捨てるような言葉を聞いた途端、不意に遠い昔に聞いた台詞が蘇った。



『ーーブランテ王国では女王は婿をとり、婿となった夫は女王に一生の忠誠を誓う。死ぬまでな。俺は、お前みたいな小娘に忠誠を誓って一生こき使われるなんて真っ平御免だ』


『ーーなぜ王のご機嫌取りをしながら政治を行わなけれならない?』


『ーーなあエレスメイラ?おかしいと思わないか?だから俺はこの国を変えようと思うんだ。だからこの城も、全て燃やす。お前はそのための贄になってくれ。お前の愛しい婚約者殿の願いだ。聞いてくれるだろう?』



なぜいきなりこのことを思い出したのかは分からない。できれば思い出したくはなかった。

それはエレスメイラであった「私」が死ぬ間際の記憶だったから。

なぜいきなりこんなことを思い出したのだろう。なぜ。


ふと前を見れば、アッシュブラウンに紺碧の瞳を持つ胴体を縛られた男が目に入る。

その男が何故か、金髪にエメラルドの瞳をしたかつての記憶にある男と重なった。

私を殺した、憎いあの男に。

すうっと心が冷えていくのを感じた。脳内がクリアになって、そして気づいた。


前侯爵ジークがあの宰相ラキウスと重なるのだ。自分の都合で人を殺した男。

それを罪とも思わない。死んで当然だとすら言いきった。


自覚した途端、凄まじい怒りが私の中を支配する。

許せない。許さない。

そんな思いに支配され、私は気づくと言葉を紡いでいた。



「ーー図に乗るなよ、愚か者」



その声は私のものとは思えないほど低く、そして冷たかった。

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