第三十一話~ダメージは遅れてやってくる~

「ぐぅ…………ダーリン、ごめんね」


 サクレは俺に向けて手を伸ばす。だけどそれは届かず、途中で力尽きてしまった。

 俺も動けず、その場に蹲ることしかできない。これが、ダメージが後からやってくるということか。


 本当に、一体どうしてこうなった……。




 ◇◆◇◆◇◆




 冷蔵庫を覗くと、牛乳の賞味期限が近くなっていた。ぶっちゃけ、なんでも空間にいる限り好きな材料を好きなだけ出せるから、新しいのを出せばそれでおわりなんだけど。

 なんでだろう、生前の感覚が抜けないのか、それとももったいないお化けが怖いのか、賞味期限前に使い切らなくてはという、脅迫概念に襲われた。


 小麦粉とバター、ベーコンと玉ねぎがあるから、シチューっぽい何かを作ろうかな。

 シチューは、なんだろう、ブロッコリーやたまご、ジャガイモなんかが入っていて、おいしいイメージがあるけど、ベーコンと玉ねぎだけだと、具が少なすぎて寂しいのでシチューとは言えないのではと思ってしまう。だからシチューっぽい何か。まあ、呼び方なんてどうだっていいだろう。


 まずは、ベーコンと玉ねぎを中火でゆっくりと炒めておく。火の加減に気を付けて、軽く焦げ目がつき、玉ねぎがしんなりとしてくるまでゆっくりと、火を通すのがポイントだ。

 せっかちな人は強火で一気にやろうとするけど、あれだと表面だけ先に焼けて、中に火が通る前に先に表面が真っ黒こげになるからな。実は強火って炒める時に向いていないと俺は思っている。


 じっくりと火を通した玉ねぎとベーコンを別の皿に移す。

 そして別の鍋を用意して、そこにバターを入れて中火で溶かしていく。全部溶けたところで同じグラム数の小麦粉を入れて煉り合せた。これで簡単にルウが作れてしまうのだ。ちなみに、これにスパイスを混ぜて作ったものがカレールウだっ。

 いい感じにしっかりと混ざったら、先ほど炒めたベーコンと玉ねぎ、それに牛乳も入れる。牛乳は分量を気にして入れないと、ホワイトソースのようになってしまうので注意が必要だ。ついでにコンソメとブラックペッパーを入れて味を調えながらゆっくりと煮詰めていく。

 すると、とろみが出てきて、とてもおいしそうなにおいが漂いだした。


「うん、いい香り。結構おいしそうに出来たな」


「ダーリン、また何か作っているの」


「シチューもどきだ」


「へぇー、もどきってことはビーフシチューみたいな」


 ビーフシチューはシチューもどきじゃないだろう。謝らせてやろうか、ちょっとだけそう思ったところで、来客がやってきた。


「「師匠っ! どうか愚鈍な我々に料理をご教授くださいっ!」」


 しかもいきなり土下座っ! ザ・ジャパニーズ土下座っ! あまりのことに俺はただ茫然としてしまい、サクレはなんかこう、とんでもないものを見てしまったっ! 的な表情をしながら俺と、今回の迷える魂である、女の子二人を交互に見比べる。


「ダーリン、一体何したの。私も一緒に謝るから、正直に話そう?」


「ちょっと待て、俺何もしていないから、お前一緒にいるんだから知っているだろうっ!」


「でもほら、たまに私は出かけてるし、その、目の届かない場所だってあるし? その間にダーリンが何かやっていても不思議じゃないような、そんな気がするんですけど……」


「お前の目は節穴かっ! お前がいない間に料理とか片付けとかしてるんだろうっ! 誰がてめぇの世話してると思っているっ」


 よく考えたら俺、こいつの世話する必要はないんだよな。もうこいつに料理作るのはやめようか。

 サクレと無駄な言い合いをしていると、誰かが足にしがみついて来た。突然だったため、びっくりして「へぁあ」と変な声をあげてしまう。

 その声を聴いたサクレは「ダーリンってば、へぁあとか言っちゃって、頭大丈夫、病院行こうか」とか言い出し始めた。

 ふざけんなと思いつつ、足元を見ると、頭からすっぽりと抜け落ちていた、女の子達が涙を流し、鼻水を垂らしながら俺の足にしがみついていた。

 うわぁ、鼻水ついた、きたねぇ。


「お願いです、私たちにはもう、あなたしかいないの」


「この状況が転生的な展開だと分かっています。でも、このままじゃ私たち、転生してもしきれないっ」


 意味が分からない。この子たちはいったいどうしたんだろう。喚き方が尋常じゃない。

 俺はサクレに視線を移し、お前が聞け、仕事だろうと合図する。

 その意図に気が付いたサクレは、ポケットティッシュを持って俺に近づいて来た。


「はいダーリン、ティッシュ。鼻水出そうなんでしょう」


「ちげぇよ。なんでそうなるんだよっ」


 全然伝わっていなかった件。


「だって、女の子に鼻水をべちゃべちゃされて……喜んーー」


「それ以上言ったら、当分おやつ抜きだから」


「マジですいませんでした……。で、どうしたの、ダーリン」


「さっさと仕事しろ」


「アイアイサー」


 サクレは女の子二人と目線が合うように、しゃがんだ。サクレに気が付いた二人は、一度顔を合わせ、再びサクレの顔を見る。

 でも、がっちりと掴んだ俺の足を離してくれることはなかった。だんだん手に力が入っているから、めちゃくちゃ痛い。サクレ、早くしてくれ。


「私、女神様、貴方を転生させたいの」


 なんだろう、この、『私、メリーさん』的なノリは……。


「ごめんなさい、私たちは、このままじゃ、転生出来ないんです」


「そうです。このままじゃ、ダメなんですっ!」


「じゃあ、何がダメなのか、教えてくれる?」


「私たちっ! 料理が不味くてフラれたんです」


「そしてそれが原因で死んでしまったんです」


「「このままじゃ終われないっ!」」


 料理が不味くて死ぬってどういう状況っ!

 何がどうしてどうなったら料理が不味くて死ぬのだろうか。


「私、料理が不味くて彼氏にフラれたの」


「私もっ! 料理が不味くて……」


 料理が不味くて彼女を振るのか。碌な男じゃないな。


「私たち、料理で人生を狂わされたんですっ」


「だからって、それがなんで……」


「「料理が不味くて通り魔に刺されてしまったんですっ!」」


「それ関係なくねぇ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。どこをどう繋げたらメシマズ女子と通り魔が繋がるのだろうか。でも彼女たちの表情はいたって真面目だった。きっと本気でそう思っているのだろう。理解できない。


「「だから、私たちに、料理を教えてくださいっ!」」


 そして女子たちはきれいな土下座を披露する。本当にそんなんでいいのだろうか。言い訳がないのだが、まあ、本人たちが必死なのだから別にどうだっていいだろう。

 でも俺、そこまで料理が上手いわけじゃないぞ。ただ何かを作るのが好きなだけだ。んで、手っ取り早く材料がそろい、継続的に続けられる生活に必要な何かが料理だっただけだ。正直、趣味レベルの料理しか作れないけど……ま、いいか、俺に関係ないし。

 俺は料理を教えるために、二人をシチューもどきを作っていた台所に呼んだ。


「さあ、作ってみろ。作り方は教えてやる」


「え、そんな。私たち……」


「料理が出来ないのにどうやって作ればいいんですか」


 大体なんでメシマズ女子なんていうものが生まれるのか、理解できない。大方、本にはこう書いてあったけど、隠し味にこれが有名だから入れちゃおー的な考えで変なことするから不味くなるんだよ。

 まずは基礎を覚えろ。手順書に倣って料理を作れ。それが出来たらアレンジしろ。自分好みの味付けができるようになれば、ある程度の料理は出来るようになっている。

 あと、鳥と豚最高。これだけ覚えて置けば、君も料理マスターになれるのだ。


「とりあえず、言った通りに作れ。そうすれば、ある程度作れるようになれる」


「「は、はいっ」」


 彼女たちは言われた通り、危なっかしい手つきだったが、玉ねぎと厚切りベーコンをカットして、いい感じに炒めた。

 二人とも強火で一気に火を通そうとしたので、必死に止めた。危ない、またメシマズ的な何かを作るところだった。

 そしてルウを作り、牛乳と先ほど炒めたベーコンと玉ねぎを入れて中火にかけてもらう。


「そこまで出来たら、あとはコンソメの粉末でも入れていい感じに味付け出来たら完成」


「「はい、先生っ!」」


 先生、なんて言い響きなんだろう……。

 おっと、浸っている場合じゃなかった。

 料理が完成したので、俺とサクレが味見をすることになった。サクレは「わぁ、おいしそうっ!」と嬉しそうに笑っているのだが、俺は内心冷や汗が止まらなかった。

 俺、こいつらが味付けをしているところ、見てない。見た目こそおいしそうに見えるのだが、どんな味付けがされているのやら。コンソメだけなら全然大丈夫、むしろそれが正解なのだが、この二人のことだ。変な味付けをしてしまっているのだろう。

 俺はスプーンですくい、口に運んだ。


「…………っ!」


「「どきどき、どきどき」」


「意外とうまいっ」


 サクレも隣で「おいしい、おいしい」と一口一口、笑顔を浮かべながら口に運んでいた。こんなに上手そうに食べているサクレ、初めて見た。

 俺の一言と、サクレの笑顔から、彼女たちはハイタッチをして笑顔を浮かべた。初めて料理っぽい何かを作ることに成功したのだ。そりゃ喜ぶだろう。

 おいしくいただいた後、サクレは二人を無事に転生することに成功した。

 これにて一見落着、そう思った時、悲劇は起こる。


 うめき声をあげながら、サクレが倒れた。俺も急激におなかが苦しくなり、意識がもうろうとしてくる。


「ぐぅ…………ダーリン、ごめんね」


 サクレは俺に向けて手を伸ばす。だけどそれは届かず、途中で力尽きてしまった。

 俺も動けず、その場に蹲ることしかできない。これが、ダメージが後からやってくるということか。


 本当に、一体どうしてこうなった……。


 おなかを擦り、苦しさを紛らわせながら、視線をさまよわせる。そして、台所にとんでもないものを見つけてしまった。


「あ、あんなものが入っていたなんて……」


 そこで俺は意識を手放す。もう絶対、メシマズ女子に料理はさせねぇと誓いながら。

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