第26話 僕はヒーローなんかじゃない その7
011
久間倉君が眠っているのはこのあたりでは一番大きな病院の最上階にあるとても広い部屋だった。
そんな言い方をすると、まるで久間倉君が死んでしまったみたいだけれど、もちろんそうではなく、彼はこの病院に緊急入院しているだけだ。
とはいえ、ベッドで横になっている彼の体には無数の点滴や呼吸器などが取り付けられていた。
「私の……せいよね」
久間倉君は最後の攻撃をよけなかった。それは彼の後ろに私や逃げる人々がいたからだろう。
私がもっと強かったら、と思わずにはいられない。
それと同時に、彼と付き合うとき『あなたが私を守って』なんて言っておきながら随分勝手なものだと自分でも思った。
――コンコン
私が久間倉君の寝ているベッドの横でうなだれていると、病室のドアがノックされた。
「村雨さん、入りますね」
そう言って入ってきたのは文月かれんちゃんだった。
「久間倉さんの容態は……お変わりありませんよね」
そう言ってかれんちゃんは私の横の空いていたイスに腰を下ろした。
そもそも高校生の身分である久間倉君がこんな立派な病室に入院しているのもかれんちゃんの計らいだという。
「いえいえ、ここの病院は父の知り合いが経営しておりまして、色々融通を聞かせてもらっているだけですわ」
かれんちゃんは簡単そうにそう話すが、やっぱりお嬢様はやることが一々えげつない。
一瞬、過去の自分を思い出して、コンプレックスからヒステリックを起こしそうになったが、今はそんな場合ではないと、目の前で眠っている久間倉君を見て何とか感情を抑えた。
「村雨さん、もしよかったら中庭の東屋で少しお話しませんか?」
私はかれんちゃんの誘いに応じることにした。
「私、久間倉さんのことが好きです」
「うん、知っているわ」
東屋に着いた途端、口を開いたかれんちゃんの言葉に私も即答で返す。
「……ですよね。私こう見えてすごく嫉妬深い性格ですから、正直最初から村雨さんのことをどこか疎ましく思っていたんです」
「うん、それも知っているわ」
「ふふ、ですよね」
そうやって笑うかれんちゃんは同性の私から見ても本当に綺麗で見るたびに少しドキリとする。ロリコンの久間倉君ならいつ篭絡されてもおかしくないといつも思う。
「でも、久間倉さんと村雨さんの間にまとう空気はいつもとても自然なもので……正直私の入る隙など最初からないのかとも思っているのです」
かれんちゃんは東屋から少し手を伸ばして雨の中に手を出した。先ほどよりも少しだけ小雨になった雨がかれんちゃんの腕を濡らす。
「視力が戻って、前ほど『こういうもの』は見えなくなった私ですけれど、それでも今でも少しだけ『感じる』のです。お二人の間にある空気というか、雰囲気みたいなものがどんどん自然なものになっているのが、残念ながら私には分かってしまうのです」
かれんちゃんは濡れた腕を見ながら寂しそうにそう言った。
「久間倉君は強くて優しいから。彼は私が何をやっても許してくれるの」
「惚気ですか?」
「違うわ。付き合ってこそいるけれど、でも私の存在なんて実は彼にとっては取るに足らないものなんじゃないかって――いつも不安になるの」
かれんちゃんはそう言ってくれるけれど、実際には私たちの空気が自然なものなのでは決してなくて――単に彼が私に合わせているだけなのだろう。
それくれくらい久間倉君は強くて――それ以上に優しいから。
だから私はいつも彼に甘えてしまうし、そんな彼を心の底から嫌悪してしまう。
「ふふ、そうですか? 私にはそうは思えませんけど」
かれんちゃんはそう言って微笑みながら言葉を続ける。
「私は久間倉さんのことは大好きですし、あのお方のためならどんなことでも受け入れる覚悟があります。
久間倉さんが嫌だと思うことは直しますし、逆に私が久間倉さんのことで不愉快に感じるところがあれば、そこも愛せるように努力しますわ。
だからもし、久間倉さんが特殊な好みを持っておられるようでしたら私もそれを受け入れる覚悟が――」
「――悪いことは言わないからそれだけはやめなさい」
私は真顔でかれんちゃんに忠告する。
「ふふ、冗談――ではありませんわね。本気です」
そうやって笑うかれんちゃんはやはりとても綺麗だ。
「そう。小学生のくせに肝が据わっているのね」
「ええ、女は度胸ですから」
……愛嬌ではないの? そう思ったが口には出さなかった。
「私は久間倉さんがどんな女性とお付き合いしようと構いません。最後に私のお傍にいてくれればそれでいいのです」
「かれんちゃん、あなた世紀末覇者拳王みたいなことを言うのね」
世代が違うでしょうに。
「だから私は久間倉さんと久間倉さんがお慕いしているという村雨さんの恋愛を応援いたしますわ――今は、ですけどね」
いくら幼いといえど、かれんちゃんの想いが本物だということは伝わってきた――それこそ、痛いほどに。
しかしそれくらいのことは彼女にとっては当たり前なのかもしれない。
何せ彼女は自分の目が見えるようになってもいいと思えるくらい――自分の世界を失ってもいいと思えるくらい久間倉君のことを想っているのだから。
「では今は休戦協定といきましょうか」
「ええ。誤解がないように言っておきますと、私村雨さんのことは本当に素敵なお友達だと思っておりますのよ? 恋敵であるといことを差っ引いても仲良くしたいとは思っておりますの」
「奇遇ね。それは私も同じよ」
私たち二人は停戦協定の証として、お互いに握手を交わした。
握手をしたかれんちゃんの手は雨でしっとりと濡れていた。
すると、突然の爆発音とともに空気の読めない客が姿を見せた。
「さて、今回はあの醍孔もいないみたいだな。おい、そこの失敗作、宇宙人のあいつはどこだ? モルモットにしたいんだが?」
そう言って木原那由他はまるで時代劇に出てくる悪役のような笑みを浮かべ、私はかれんちゃんを――私の大切な恋敵であり友人を庇うようにして木原と向かい合った。
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