見つけてくれて、ありがとう



 ★☆




 ライブ会場の近くの公園で、翔馬と絵美はベンチに座る。こんな暑い日に子供たちは元気に遊んでいる、と思って、翔馬は自分もさっきまで野球をしていたことを思い出す。左手をそっと嗅ぐと、キャッチャーミットの、汗が染み込んだ革のにおいが少し残っている。


「それで、打ち上げ、行かなくて本当にいいんだな?」


 翔馬が念のために確認すると、絵美は、


「大丈夫。決意の固いうちに、全部清算しようよ」


と返した。お互いに、お互いの癖がもうよくわかっている。


「OK。話すぞ」


 澄香のストーリーに関する事実と、自分が思ってきたことと、そして昨日の晩に考えたこと。翔馬は全てを洗いざらい話した。俺は、ちゃんと受け入れていこうと思う、と。絵美は神妙な面持ちで頷いた。


「私もね、謝らないと。まず、携帯勝手に見てごめんなさい」


 絵美が頭を下げる。


「それと、私がずっと逃げてたから。私がそっちに引っ張っちゃったから、翔ちゃんは私と一緒に逃げる方を選んじゃったんだよね。私は翔ちゃんの悲しい顔を見たくなくて、だけどこのままじゃ勝ち目がないなんて思っちゃって、裏道ばっかり通っちゃってたんだ。だから二人に、謝らないと」


「お前のせいじゃねえよ。全部俺のせいだから」


 俯く絵美の頭をさら、さら、と撫でる。


 会話が途切れる。公園中に響き渡る子供たちの賑やかな声の方に、自然と意識が傾く。


 小学校低学年くらいの彼らは鬼ごっこを楽しんでいる。駆け回る女の子、鬼役を挑発する男の子。鬼役のスポーツ刈りの少年が、タッチのときに一番背の低い少女を転ばせてしまい、ブーイングを食らう。「しょうがないだろ」とキレ気味に彼はまた走り出す。


 どことなく、昔の誠と絵美みたいだ、と翔馬は思った。たぶん小学校に上がる前後くらいの頃、同じように鬼ごっこで誠に転ばされて、絵美は泣いていた。澄香はブーイングに反発する誠をたしなめ、俺は絵美の手を取って、公園の木陰で、泣き止むまでずっと横に座って頭をさすってやっていた。


 あのときと比べて、かなり絵美との身長差は開いている。だけど、この髪の質感は変わっていないし、俯く角度もたぶん変わっていない。意外なことを、覚えているもんだ。


「翔ちゃんの撫で方、懐かしい」


「奇遇だな。俺も、昔のこと思い出してた」


 絵美がすっと顔を上げる。頭から手を離した瞬間、飛び込むようにして唇を奪ってきた。


 一瞬の出来事だった。離れると、温かくて柔らかい感触が唇に残る。気のせいか、子供たちがざわついているように思う。


「唐突……」


「さっきの仕返し」


 その笑顔には照れと、少し大人びた雰囲気が混じっていた。


 優しく肩を抱き寄せる。子供たちがきゃあきゃあ叫んでいるけれど、もう知らない。


 絵美が口を開く。


「二人とも、頭、整理ついたと思う。お互いさ、もう一人で悩むのはやめよっか。一緒にすーちゃんと向き合お?」


 すーちゃん。そう言えば俺も昔はそう呼んでいたな。この前もそうだったか、コイツは今でもすーちゃんと呼んでいる。ああ、懐かしいな、すーちゃん。


 同時に気付いた。今まで絵美は俺の前で、本当に、できるだけ澄香のことを言おうとしてこなかったんだ。


「絵美、お前って凄いな」


「知らなかったの? 遅すぎ、鈍すぎ」


 バカ、調子乗るな、と額にでこぴんを食らわせる。だけどそれはまったく痛みのないでこぴん。その場所に被せるようにキスをしてやると、生まれたのは、二人の笑みと、共鳴する笑い声。


 やっぱり、コイツは笑顔がよく似合う。そしてコイツといるときの自分は、きっと一番自分に似合う笑顔になれる。




 絵美。


 俺を見つけてくれて、ありがとう。



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