150章

「ルーザー……私はもう……つかれてた……」


おさない姿をしたアンが、目になみだかべながら言葉をはっした。


その彼女の声も表情も、とても生きた人間とは思えないほど生気せいきがない。


「なんでこんな目にってまで……生きなければならないんだ……もう……何もかもいやだ……何もかも……」


立ち上がった少女姿のアンが、フラフラとルーザーからとおざかろうとする。


ルーザーはゆっくりとその後を追いかけた。


「ダメだ……アン。お前はまだ死んではいけない」


アンを刺激しげきしないようにか、ルーザーは静かに言葉をかけた。


だが、それを聞いた瞬間――。


「うるさいッ!!! なんでお前にそんなことを言われなきゃいけないんだ!!!」


先ほどまで覇気はきがなかったアンの姿が、ルーザーがよく知っている――機械の右腕をしたストリング帝国の軍服ぐんぷく姿に変わっていく。


「ルーザー……ルーザー。お前が……お前が私と同じことを味わったら、こうもなってしまうさッ!!!」


アンは、ようやく力強い姿を見せたが、それはルーザーに対する怒りでしかなかった。


何故理解してくれない?


何故このままほうっておいてくれないんだと。


彼女のその怒気どきはらんだ顔を見たルーザーには、言葉にしなくてもそう伝わって来ていた。


そして、アンからあふれ出す波動はどうが、ルーザーの体をおおくしていく。


だが、それでも彼は微動びどうだにせず、彼女の前からはなれずにいた。


アンは、全身からその思念しねんというべき波動はどうを、さらに出し始めていた。


その波動が、先ほど消えたはずの黒い鎧甲冑よろいかっちゅう姿のアンのような形へと変化していく。


「ロンヘアは、私の目の前で破裂はれつしてしまった……」


アンはロンヘアの最後をかたり始めた。


彼は死ぬ最後の最後までアンのことを思い、そして、世界中が幸福こうふくになることをのぞんでいたと。


そんなロンヘアがどうして死ななければならなかったのかと。


アンは悲しみと怒りの感情が混ざった声で言葉を続けていく。


「……私は……彼を助けられなかった……。そんな私がどうして生きられるッ!?」


「アン……」


ルーザーは、ただ彼女の名前をつぶやいた。


すでにその体には、アンから溢れた波動――黒い甲冑姿の思念体が彼の体にまとわりつき始めていても――ルーザーは、それ以上何も言わず、動こうともしなかった。


「私はそんなロンヘアをッ!! 今までだってそうだ!!! リード、ストラ、レス、モズさん……みんな私の大事な仲間だった……。父さんも母さんもローズもだ!!! それなのに……それなのに……私はッ!!!」


アンは、声がかすれ始めるほど――叫ぶようにしゃべり続けた。


「私の大事なものはみんな殺されて消えていってッ!!! みんなみんな消えていってしまってッ!!! いつもだ!!! いつも私が大事にしたい、助けたい人が……人たちが消えてしまう!!!」


両膝りょうひざをついてうつむくアン。


その声は止まず、さらにはげしさをしていく。


「それなのに私は……なにも……誰1人救えない……大事な人を守る力もない……。挙句あげくてはみんなにいつも……いつも助けられてばかりだッ!!!」


それから立ち上がったアンは、何もない暗闇の中を見上げ始めた。


そのときの彼女は、最初にルーザーが見た覇気のない姿に戻っていた。


「意味ないじゃないか……こんな私が生きていたって……。こんな目に遭ってまで生きて何になるんだよ……。私が生きてるとまた大事な人にわざわいを吹っ掛けるのがオチなんだよ。私なんて……死んでしまったほうがいいんだ」


「いや……アン、君は生きるべきだ……」


今まで黙っていたルーザーが話し始めた。


その言葉は穏やかなものだが、彼の表情は力強い覇気にち溢れている。


「私と一緒に戻ろう、アン。みながお前のことを待っている」


力強く、それでいてけして威圧感いあつかんのないルーザーの声。


だが、アンは彼の言葉を聞いた途端とたんに、表情をゆがめていくのだった。

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