11章

「起きろアン。目を覚ますんだ」


聞き慣れた声がアンの耳に入って来る。


ぼんやりと目を開くと、モノトーンの花柄シャツに、黒いロングコート、ミルキーハット姿の男――グレイがいた。


身体を起こそうとするアン。


身体がだるく重い。


アンは帝国兵に撃たれ、眠らされたことを思い出しながら、弱々しく声を出す。


「グレイ……? どうしてここに?」


アンの質問にグレイはニッコリと笑みを返す。


その近くには電気仕掛けの子羊――ニコもいた。


ニコは目覚めたアンのお腹の上に乗って、顔をこすりつけている。


「説明はあと回しだ。いまはここから脱出しよう」


グレイはそういうと、アンを背負い、医療施設から出て行く。


ニコもそれに続く。


背負われながらアンは、グレイの背中を涙でらしていた。


そして、消え入りそうな声でポツリと言う。


「私は……肝心なときに寝ていて、泣いてばかりで……そしてまた助けられている……」


アンは声を震わせ、言葉を続ける。


「みんな死んだのに……おめおめとひとりだけ生き残って……。これじゃあのときと何も変わっていないじゃないか……」


アンは、家族がキメラに殺されたときのことを思い出していた。


あれから血のにじむような訓練をかさね、一端いっぱしの兵士になったつもりだった。


もう大事な人を失わない強さを手に入れたつもりだった。


だが、アンは自分は弱いままで、助けてもらってばかりだと言い、グレイの背中に顔をうずめた。


グレイが言う。


「なら、救われたその命を大事にしないとね」


優しく、穏やかに――まるで抱きしめるかのように言うグレイ。


「君の大事な人が助けてくれた命は大事……だろ? アン」


そして、いつものおどけた声を出した。


アンは、その言葉にうつむきながらも、うなづいた。


――ストリング帝国の城内にある車庫へとやってきたアンたち。


グレイは、この車庫から帝国の戦闘車両――プレイテックをうばって脱出すると説明した。


プレイテックの上部に付いた大型のインストガンで、城門を撃ち壊して出るという作戦だ。


「グレイ、操縦はできるのか?」


アンが訊くと、グレイは「車なんてどれも同じようなものさ」と軽口をたたく。


そして背負っていたアンを助手席の乗せ、そのひざの上にニコを置く。


それから、操縦席に座ってハンドルを握った。


「ほら、見てみなよ。キーホルダーなんか付けちゃったりして」


人差し指を立てながら、刺さっていたかぎを見て、おどけるグレイ。


アンはそんなグレイを無視して、操縦席にあるインストガンを撃つための手順を説明した。


すぐに操作を理解したグレイは、車倉庫の出入口の扉にインストガンを発射する。


轟音ごうおん閃光せんこうほとばしり、扉は跡形あとかたもなく破壊された。


その大きな音に気がついたストリング兵が集まって来るが、最高速度は100k/hは出るプレイテックには追いつけなかった。


「よし、このまま城門から一気に出るぞ」


グレイは、プレイテックの操縦が楽しいのか、ご機嫌な様子でインストガンを乱射し、見事ストリング帝国からの脱出に成功した。


――それからアンたちは長い砂漠を抜けて、川沿いにあった空き家で食事を取った。


トマト、桃、豆、コンビーフなどの缶詰かんづめは、すべてこの家のコンクリートブロック製の小さなシェルターにあったものだ。


空き家の中はボロボロで、もう何年も人が住んでいないことを感じさせるものだった。


「これからどうする?」


アンが、フォークに刺した桃をボーと眺めながら訊いた。


グレイは、コンビーフの缶詰を上品に口に運びながら答える。


「ストリング帝国が手の出せないところへ行く。それからは、また後で考えよう」


グレイはそう言って、着ている黒のロングコートのポケットから地図を出し、アンに渡す。


アンが顔を落とし、自分の機械化していた右腕を見ていると、ニコがピョンっと肩に乗ってきた。


不安そうにしているアンの顔を、ニコはペロペロと舐める。


「大丈夫だよ。なんとかなるって。こう見えても世渡りと運の良さには自信があるんだ。それよりもうな眠りなよ。疲れているだろ」


グレイにそう言われ、アンはニコと共に眠った。


アンはニコを抱きながら思う。


……私の身体は元に戻るのだろうか……。


機械になんてなりたくない……。


そう考えるとアンは身が震える。


……いや、大丈夫……大丈夫だ。


グレイとニコは私の心だ。


この人とニコがいれば大丈夫……。


アンはそのまま眠りについた。


仲間を失い、機械化していく身体。


アンは自分がまだ生きていたいと思えるのは、この男と電気仕掛けの子羊のおかげなのだと、目をつむる。


両親をキメラに殺され、その復讐心をかてに生きてきたアン。


その後のグレイとニコとの生活や、仲間たちとの出会いで、気がつけば復讐だけが人生ではなくなっていた。


だが本人は、そのことにまだ気がついていない。


「おやすみ、アン」


寝息をたてているアンの寝顔を見ながら、グレイはポツリとつぶやいた。

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