第12話「野心の主と女武将」
その頃、仮面卿の姿は白虎という領邦にあった。
二人の仮面とホプリ、パレートは城下町の酒場で一休みする。約百人の戦士たちとは別行動である。百人で城に押し掛けるわけにはいかないからだ。
なお、仮面の二人は、飲食ができるよう、顔の上半分だけを覆う別の仮面に付け替えている。
「噂を聞く限り、ここの領主……白虎侯アルウィンは、かなりの野心家のようだな」
周辺の領邦に揉め事があれば、積極的に首を突っ込み、利益を吸い取る。中央の王都とも頻繁に行き来し、工作を重ねる。大義名分さえあれば、他領邦へ軍を差し向けることさえためらわない。
「左様。泰平の世においては問題児、戦乱においては英雄になれる、といったところでしょうな」
「いや、そうでもないように思えます」
パレートの言葉を仮面卿が否定する。
「戦歴や軍略の話を聞く限り、アルウィン侯爵は、戦術面においては大したことがないようです。彼が野心的な拡大志向を取っていられるのは、クシャナという兵法に明るい武将の戦術と、侯爵自身の謀略によるものでしょう」
「ふむ」
「もっとも、聡明であるともいえません。謀略を立てる力はあっても、侯爵はいささか見境がなさすぎます。策謀においては優秀でも、野心がそれを上回っているように思えます」
「むむ。……しかし私たちは、これからその侯爵の力を使うのだろう?」
「然り。本人の前では、間違っても口にはできません」
「いや、そうではなくて」
ホプリはあごをなでる。
「これから頼る相手を悪し様に言うのは、どうも気が進まぬ」
「なるほど。ホプリ殿は立派なお方です。しかし、聡明なだけでは大業も叶いませんよ」
「む……」
「特にクロトは邪智にして狡猾の輩。かくのごとき悪党には、私たちも、時には修羅とならなければなりません」
「そういうものか」
「左様。気構えをなさいませ。これは忠言ですよ」
言いつつ、仮面卿は果汁水を飲んだ。
休息を終えた一行は、アルウィン侯爵の居城に入った。
士官学校卒業生のエンブレムやホプリの素性を明かしても、なかなか番兵は入れてくれなかったが、「他国のよろしくない噂を……内密に……」と匂わせたら、簡単に謁見させてくれた。こういうところからも侯爵の姿勢が分かるというものだ。
「よくぞ参られた。私が白虎侯アルウィンだ」
「お目通りがかない光栄でございます」
一行はあいさつをする。
「ホプリと仮面の二人か。お主らの噂は聞いているぞ。あのディビシティ山賊団の正兵主義を変えさせたとか。惜しいところで白雲には敵わなかったが、わしは評価したい」
「ありがたき幸せ。……こたびのお耳に入れたいお話は、まさにその白雲邦のことです」
「ほう。なんぞ、不届きな行状でも知っているのか」
あまりに直截すぎる物言い。だが仮面卿にとっては、むしろ話が早いほうがありがたかった。
仮面卿のこのような、情緒をあまり気にしない性格は、奇しくもクロトに似ている。たとえ誰かが指摘したとしても、彼は絶対に認めないか、弁舌をもってごまかすだろうが。
「白雲邦のクロトという青年はご存知ですか」
「ああ、話には聞いている。なんでも頭が切れるとか。機会があれば引き抜きたいが、白雲伯の嫡子だから、まず無理だろうな。惜しいことだ」
「そのクロトが、実際は邪智を振り回す非道の男だとしたら……」
「……ほう。それは白雲邦という領邦自体にも影響しているのかね」
「そう申さざるを得ません」
仮面卿は、ゆっくりとうなずいた。
仮面卿は、得意の弁舌で以下のことを話した。
いわく。
白雲伯やクロトは、王国への反乱を企んでいる。最近、大河邦や平原邦と交流を密にしているのは、反乱に協力してもらうための下準備であろう。
「平原伯とは昔からの付き合いではなかったか」
「平原伯に関しては、おっしゃる通りです。しかし、大河侯と繋がりを築くきっかけとなったのは、報告を聞く限り、平原伯その人です。平原伯がクロトの野心に賛同したとすれば……?」
「まあ、クロトはそれがきっかけで大河邦の政変に介入しているからな」
「領邦同盟自体は、特に悪いことではありませんが……」
このタートベッシュ王国では、例えば地球世界の江戸時代などとは異なり、領邦同士の同盟は禁止されていない。この点は地球世界の中世ヨーロッパに似ている。
しかし、クロトは世界の静止を望む破滅的な男である。そんな人間が、真っ当な目的で領邦同盟を結ぶだろうか。
おまけにクロトは卑劣な策謀に長ける武将。単なる猪武者とは、性質も手法も異なる。
「とすれば、クロトは王国の覆滅を企んでいると解するのが妥当です」
そのようなクロトを、今のうちに討てば名誉も褒賞も思いのままと思われる。
「なにせ、彼は悪の枢軸です。ここで王国に対する忠義を示せば、侯爵様の『些細で根拠を欠く悪名』も払拭されましょう」
つまり「他国へ介入し拡大路線を歩んでいる」という悪名である。
「なるほど」
白虎侯はにやりと笑う。
「うむ……この件については、家臣とも相談したい。今日は客室でゆるりと休まれよ」
「格別のご配慮、感謝いたします」
どうやら風向きは良好のようだ。
仮面卿は静かにうなずいた。
仮面卿やホプリ一行が退出した後、白虎侯アルウィンは家臣を集め、事の次第を話した。
「というわけで、意見を集めたい」
実のところ、この家臣団のほとんどは、アルウィンにひたすら盲従することで地位を得た者たちである。現代日本でいう「イエスマン」。
実務能力こそ、そこそこではあるものの、アルウィンの意見に公然と反対するものはほとんどいない。形ばかりの諮問であった――はずだった。
しかし、異議を唱える者が一人。
「私は白雲邦討伐に異議があります」
大隊長クシャナ。美貌の女武将、優れた軍略家である。
「なんだね」
アルウィンは苦い顔をする。彼女は唯一イエスマンではない人間。今は亡きクシャナの父が重臣だったため、嫡子として、盲従者ではないにもかかわらず重臣の席次にいる。
一言でいえば、邪魔者である。
「お話をうかがう限り、クロトの悪人ぶりには根拠が薄弱です」
彼女独自の情報網によれば、クロトが世界の静止や破滅を願っているというのは、かなりの曲解である。彼が実際に求めているのは、世界の平和といった程度であり、戦争のコストやリスクを憂慮した結果に過ぎない。
また、大河邦に接近したのは、むしろ大河侯がアイリーンとクロトの仲を取り持ち、穏便に政略結婚させるために、大河側が計画したという噂もある。
士官学校時代も、特に際立った不行跡は聞かない。
「あの怪しげな仮面卿とやらが、なんらかの目的で、弁舌で我らを惑わそうとしていると考えるのが妥当かと」
しかし、これを聞いたアルウィンは気に入らない。
「その意見こそ曲解ではないかね。仮面卿はエンブレムを持っており、声も若そうだった。つまりかつてクロトに近い位置にいて、彼の邪悪さをよく知っている人間ではないかな」
もっともらしい反論をするが、彼の脳内では結論が先行している。その結論を押し通すための、後付けの理屈だった。
「しかし、本件は場合によっては領邦の軍を動かす案件でございまする。判断はもう少し慎重になさったほうが……」
「お主はいつもそうだ」
「えっ」
「慎重、慎重と、事をゆっくり進めようとする。幸運は素早くつかまないと、瞬く間に過ぎるもの。慎重に亀の歩みで道を行くのでは、得られるものも得られぬ。ほかの諸君はどう思う?」
「侯爵様に賛成でございます。好機はすぐに尻尾をつかまねばなりません」
「それがしも同意です。仮面卿の言い分には説得力がありますゆえ」
口々に賛同を唱える。
「だそうだ。お主も賢明なる諸君を見習いたまえ。ということで、方針としては白雲邦打倒を掲げることとする。そこで引き続き、計画を詰めていきたいのだが……」
クシャナの表情に失望が表れていたことに、アルウィンは気づかなかった。
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