28話 カッコイイじゃん

 《ワラ敷きベッド》を運び入れ、机と椅子を設置する。その上に、ルシンダ渾身の《石のテーブルランプ》を据えて、男子部屋は完成した。


 伐採・建築の作業を始めてから、日を跨いでおよそ十時間。入植七日目昼頃のことである。


 後片付けやアランの引っ越しが進められる中、俺は忙しなく動いていた少年を呼び止めた。イアン――襲撃者であった少年は、《レッドベリー》を手の平で転がしながら足を止める。


「何か用?」


「『罠師』になるつもりはありませんか?」


 『罠師』とは、その名の通り罠を仕掛け、動物を捕らえる役職である。つまり、現在深刻化している食糧問題に一石を投じるに足る。


 イアンにこの話を持ち掛けたのには理由がある。


 ナビ子曰く、彼の特性――『策略家』という特性が、『罠師』に合っていると言うのだ。現在役職を持っていないサミュエルと比べると、イアンの方が『罠師』の素質がある。それを踏んでの判断だった。


「『罠師』かぁ」


 団栗眼が宙を仰ぐ。長らく悩んでいたようだが、やがてその視線は、俺の手元に吸い込まれる。


「それ、『罠師』の道具でしょ? そんなの、おれに持たせてもいいの?」


 《石のナイフ》、『罠師』への転職アイテム。抱えた箱に収まるのは、それだった。


 「ナイフ」と名付けられるだけあって、おそらく、多少の殺傷能力を持ち合わせるのだろう。しかしその道具は、イアンを傷付ける物でも、誰かを処分する物でもない。新たな道を示す針だ。


「これは確かに命を奪う道具です。でも、村人を助ける道具でもあります。どう扱うか、それはイアン君にお任せします」


 箱を差し出す。小さな手が、まるで初めて触れるかのごとく柄を握る。


 伏せがちな顔。それに無邪気さは欠片たりとももなかった。戦士の顔、殺し屋の顔、血肉を覚えた獣の顔である。


「……本当に、おれに任せるの?」


 静かに、彼は言う。


 これに関しては、ほぼ即決であった。イアン自身の特性と希望役職、需要。それらが、まるで示し合わせたかのように合致したのである。


 刃物を持たせることと、それによって引き起こされる傷害。それは確かに懸念する。決して忘れてはならない。しかしそれよりも、食糧難解決への期待感が大きいのだ。謀反以前に飢餓が発生しては、元も子もない。


 俺は強く頷いた。


「はい」


「いいよー」


 ころりと表情を変え、イアンはそれを握り締める。


「おれ、やってみたかったんだよね~。カッコイイじゃん、『罠師』って!」


 現れるのは子供の面持ちだった。しかしヒュッと、具合を確かめるかのように振られた腕に『戦士』がいる。紛れようのない野犬が、確かに存在する。


「やっていただけますか」


「うん! でも、サミューは? アイツはどうするの?」


「サミュエル君については、まだ考え中です」


「アイツ、『弓師』のケーケンもあるから、そっち方面に就かせたら?」


「戦闘職、ですか……」


 『弓師』とは、現在不在の戦闘職『戦士』の上級職である。弓矢を用い、敵を遠距離から攻撃することに長けている。思い返せばサミュエルは、襲撃の際にも弓矢を持っていたか。


「イアン君は、何の経験がありますか? 『戦士』?」


「うん。おれはそれー。別に未練なんてないし、気にしなくていいよ~」


 その言葉に偽りはないようだ。いずれは動物の飼育にも手を出せるようになるかもしれない。俺は書類に羽根ペンを刻む。


 以下の者を『罠師』とする。

 イアン

 ――承認、ポリプロピレンニキ


 その瞬間、《石のナイフ》が淡く輝いた。


 呆気に取られる俺に勘付いたらしいイアンが、改めてナイフを握り直す。そして突き出した。確認してみろ、そう言わんばかりに。


「小さくなったみたい」


「さっきのはサイズ変更でしたか」


 国より送られる入植者は、基本的に大人であることもあって、アイテム類のサイズは大人に依拠している。その寸法では、子供が扱うには大きすぎるらしい。調節の為に、先程の発光が起きたのだろう。


「では、イアン君。早速ですが、お仕事をお願いします」


「任せて!」


 ぐっと拳を作ったイアンは弾かれたように駆けて行く。それを見送って、俺は書類を捲った。


 ナビ子より預かったバインダーからは、村の情報にアクセスできる。俺は、現在無職であるサミュエルの情報を見ながら、思考を巡らせていた。


 この村の一員となって以降、彼とは殆ど言葉を交わしていない。どうにもタイミングが合わないのだ。


 サミュエルは同郷の出であるイアンの傍にいることが多いのに加え、俺は伐採・採取の指示や監督など、忙しく動き回っている。


 入植からほんの二日。まだチャンスはあるとは言え、不安定な時期に、何一つとしてフォローできていないのが気掛かりだった。


「ちゃんと話さないと……」


 『世話焼き』の某青年に任せておけば何とかなりそうだが、そこは村長としての矜持が許さない。


 一人残された村外れで、俺は拳を硬くする。


「この後話す! その前に作業!」


 俺は決して、コミュ障ではないのだ。ないのだと思いたい。

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