4章 人民よ、健やかに

26話 清純派おっさん

 マルケン巡査部長率いるキャラバン隊を見送った俺達は、通常業務に戻った。


 クローイには《ワラ敷きベッド》の追加作成、ルシンダには『石工師』として初の仕事となる、各転職アイテムの作成をお願いしておいた。


 残るアランと、新規村人のイアン、サミュエルは俺と共に資材の確保に向かった。


 何せ二人も村人が増えたのだ。《木の作業台》と《石の作業台》を退けたとしても、たった一つの小さな家では皆が眠ることも叶わない。男子部屋の完成を急ぐ必要がった。


 しかし自然は有限である。村の傍に茂っていた森はすっかり消え、《木材》の為に幾許かの遠出をしなくてはならなかった。


 そこで思い出したのは、植林の存在である。


 このゲームでは人の手で植林することが出来る。ナビ子によれば、その技術は「研究」を進めることでロックが解除されるのだとか。現状では手の届かない技術である。


「植林したいなぁ」


「村から遠いと、それだけで運搬が面倒だしなぁ。運ぶなら、せめて荷台でも欲しいところだ」


 アランは深い溜息を吐いて、切り株の上に座り込んだ。


「なあ、荷台って作れねぇのかな」


「どうでしょう。クローイさんやナビ子さんに聞いてみないと何とも……。マルケンさんのキャラバンが引いてましたし、多分作れると思うんですけど」


 マルケン巡査部長が所有していた荷台は、動物と人、それぞれが牽引できる代物のようだった。あれには大量の荷を積み込むことが可能だ。一台あるだけで、資材集めがかなり捗るだろう。


 そう考えていると、少年達が担当していた木が悲鳴を上げた。倒れ伏す幹に少年達は取り付き、小さく切り分けていく。


 作業スピードは少々遅いが、黙々と淡々と作業に従事する大人組と比べると、非常に賑やかである。


 目に新しい光景を楽しんでいると、声を潜めたアランが、こっそりとこちらを窺った。


「なあ、本当にアレを受け入れるのか?」


「そうですね……そのつもりでいます、今の所は」


「襲ってきた奴らだぜ?」


「でも彼等は悪くないですから。全部、命令したプレイヤーが悪いんです」


 口から出た言葉は、あまりにも力強かった。自分が思っていた以上に責任――いや、憎しみを覚えていたのかもしれない。


「アランさんは反対ですか、彼等を受け入れるの」


 アランは言葉を詰まらせる。しばらく視線を彷徨わせていたが、やがて決心したように息を吐くと、


「……ああ、反対だね」


「そうですか」


 一番目の入植者であるアラン。その男は、住民の中でも数少ない、俺と対等にケチを付ける人だった。怠惰に負けることこそあれど、彼は村の害となることはしない。


 そのような彼が懸念を露わにするということは、それだけ脅威と感じているのだろう。年端もいかない少年と、そのバックにいたという一一七番植民地の存在を。


「納得いかないのは分かってます。でも、もう少しだけチャンスをくれませんか?」


「……ま、お前が村長だしな。最終的な判断はお前に任せる。だが、奴等は『戦士』にしないでくれ」


 武器を持たせたら寝返るかもしれない、アランが危惧するのはそれであろう。その可能性は皆無と断言できない以上、彼の言う通り、少年達は戦闘職に就かせないのが得策だ。


 念には念を。その思いが身に染みる言葉だった。


「さーて、運ぶぞー」


「碌に働いてない癖に仕切ろうとしないでよ、おっさん」


「うっせ。現場監督も立派な仕事だろ!」


 イアンの揶揄に牙を剥くアラン。その様子だけを見ていると、村の一員としてすっかり受け入れたように見える。だが彼の本心を知っている以上、素直に喜ぶことは出来なかった。


 運ばれ行く《木材》を数えつつ、先日組み立てた設計図を引き摺り出す。必要ノルマはクリアしている。それどころか、少し多いくらいだ。


「運び終えたら建築を始めましょうか」


「何建てるの?」


 《木材》担ぐイアンが、表情を明るくする。建築に興味を持っていた彼のことだ、きっと嬉しいのだろう。その無邪気な顔を見て、俺の表情筋も緩んだ。


「作るって――あれか、前言ってた男子部屋か?」


「はい。流石に六人があの部屋で寝るには狭いので」


「いやぁ、有り難ぇなぁ。いくら清純派とは言え、溜まるモンは溜まるからなぁ」


「……清純派?」


 審議を要する発言ではあったが、糾弾するとなると年若い二人に悪影響を及ぼしかねない。注意を払う年頃でもない気がするが。


 俺達が村に戻ると、気配を察知したらしいルシンダが飛び出してきた。得物を捕らえんばかりの勢いである。五センチはあろうかという踵で、よくも機敏に動けるものだ。


「見なさい、これ! どう、素晴らしい出来でしょう?」


 そう突き出すのは、二つのアイテムだ。一つは《石のナイフ》、もう一つは《薬研》。どちらも、作成を依頼していた転職アイテムである。


 初作品にしては見事なことに、どちらも売り物と見紛う完成度であった。思わず感嘆を上げた俺に、ルシンダは一層誇らしげな顔を見せる。


「でしょう、でしょう? わたくしを『石工師』にしてよかったでしょう?」


「はい。本当に感謝しかないです。じゃあ早速ですけど、どちらかに転職を――」


「この流れで!? わたくし、しばらくは『石工師』でいるつもりだったのに!」


 元々、俺は転職アイテムを入手後、ルシンダを改めて別の役職に任命するつもりだった。《石材》を使う機会はまだないだろう、そう判断した為である。


 働かない者を養うだけの余裕は、この村にはない。だがルシンダの熱意と、『石工師』が手掛ける家具や装飾品の魅力に、予定を変更せざるを得なかった。


 俺が答えずにいると、ルシンダは涙目になって地団太を踏み始めた。

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