12話 襲撃者?

「てっ、敵襲だ!」


 そう飛び出すなり三人は危機感のない顔を以って出迎えた。彼等は呆然としていたが、驚愕の声を上げて各々の仕事道具を取り落とす。


「てっててて、敵襲ですか!?」


「まだ死にたくねぇよ! くっそ、こんな所来なければよかった!」


 彼等は混乱している。俺もそうだ。どう対処すればよいのか分からない。


 ここには略奪に見合う資材もないし、構うだけ時間の無駄だ。かと言ってそれを知らせる手段はなく、俺達はじっと台風が過ぎるまで引き籠るしかないように思えた。


「さ、三人はあの森へ非難を――」


「お前はどうするんだよ」


「様子を見てから向かいます」


 ナビ子が語るには、俺はこの世界では死なない。飢えようが仲間に先立たれようが、『プレイヤー』である以上、死ぬ権利すら剥奪されているのだ。ならば最後まで残って様子見を。万が一があればこの身を投げ打ってでも食い止めるべきだろう。


 後ろ髪引かれる様子のクローイを伴って、アランは森へと入って行く。だがナビ子――俺のガイド役にして自称秘書は、そこから動こうとはしなかった。遠く、俺が軍勢を発見した方向を見つめ、考え込んでいる。


「ナビ子さん? 早く逃げた方がいいですよ」


「……村長さん、大丈夫ですよ」


「大丈夫って何が」


「彼等に敵意はありません」


 そう語る彼女の手元に、一羽の鳥が舞い降りた。


 スズメサイズの鳥だ。しかしその表皮は、世界観とまるでかけ離れた無機質である。鉄板と繋ぎ目は剥き出しで、瞳には青色のランプを淡く灯している。とても自生のものには思えない。


「それは?」


「ナビゲーターA型が主に使用する、連絡機――その名も『伝書バードVer.メカニカル』です」


「つまり、その……ナビゲーターA型という奴が、それを飛ばして来た訳ですか」


 くちばしが開き、中からロール状の小さな紙が突き出される。それを丁寧に取り上げて、ナビ子は中身に目を通す。


「……どうやらキャラバンのようです。こちらに危害を加えるつもりはないと、そう書かれています」


「キャラバン?」


「旅をしながら交易をする集団のことです。よい機会ですし、少し交流してみましょうか!」


「え、ちょっと!?」


 引き留める間もなく、ナビ子は伝書バードを解き放つ。鳥は頭上を旋回した後、一直線にキャラバンの方へと飛んで行った。


 交流と言われても俺達は金を持っていないし、物々交換しようにも、価値がありそうな物は、採れたてホヤホヤの《ニンジン》のみ。


 相手方のメリットは殆どなかった。


 刻一刻と展開される状況に目を回していると、森の影から例の軍勢が現れた。およそ三十人。大半が徒歩だが、しかし数名、馬とも象とも取れる謎の生き物に騎乗している。


 列から二人が外れ、こちらに歩み寄って来る。キャラバンは俺達と距離を置いたまま、ゆるやかに停止した。


 軽く手を挙げ、敵意がないことを示すのは男と女――男の方は髪を短く切り揃えた青年で、女の方は淑やかな雰囲気を醸している。


 二人は俺達の前に来るなるなり柔和に微笑んで、


「初めまして、マルケン巡査部長です」


 青年の口より唱えられた名前は、とてもこの世界の住民のものとは思えなかった。俺が目を瞬かせていると、傍らのナビ子が笑顔を作って、


「こちら、ポリプロピレンニキです。数日前に入植したばかりで、交易できる物は殆どありませんが、よろしければ休憩場所としてお使いください」


「助かります。山越えをしてからずっと歩きっぱなしだったんですよ。では、お言葉に甘えて。――おーい、ここらで休憩だ。先は長い、しっかり休めよー!」


 野太い声が、後方に控えていたキャラバン隊に呼び掛ける。そこから歓喜の声が上がり、わらわらと村に近付いてきた。大群が迫るその様は、例え敵意がないと分かっていても薄ら寒いものである。


 引き気味の俺を見兼ねてか、マルケン巡査部長は人が好さそうに、目元を和ませた。


「いやぁ、懐かしい雰囲気ですな。俺達も最初はこうでした」


「マルケン、貴方、あんなに慎ましい畑を作ったことはなかったでしょう」


 傍らの女性がそう口を出す。するとマルケン巡査部長は豪快に笑って、


「そうだったかな?」


「何もかもが不足している序盤に二十メートル四方の畑を作って、住民を過労死させかけたではありませんか」


「がっはっは、記憶にございませんな」


 大きいは正義。その気持ちは分からなくもないが、二十メートル四方と言えば、この村の畑の十倍を優に超すサイズだ。拷問さながらである。ここにアランがいたら悲鳴を上げていることだろう。


 ふと森の方に目を遣ると、木々の間からアランとクローイが顔を出していた。心配のあまり様子を見に来たらしい。


 もう出て来ても大丈夫だと手招きをすると、クローイを庇うように、アランが先に歩みを進めた。


「……村長、こいつらは?」


「キャラバンの人ですって」


「なんだぁ、お前の早とちりかよ。驚かせやがって」


 アランは俺を小突く。その様子を見て安心したのか、クローイもまたそうっと森を出た。


「この二人が、ポリプロピレンニキさんの所の住民で?」


 マルケン巡査部長は二人を眺める。下から上へ、まるで品定めでもするかのように。


 彼はキャラバンを率いて、各地を渡り歩いているという。他植民地との交流は多数なりとも経験しているだろうが、それでも「他の村に住む人」には興味をそそられるのだろうか。それとも他の物を見ている――とか。


「ナビ子さん、もしかしてこの人……」


「はい。村長さんと同じ『プレイヤー』です」

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