7話 妖怪1足りない

 朝日が昇り、小鳥がさえずる。草枕の末に迎えた二日目の朝は、清々しい程の快晴だった。身体を伸ばし、肩を回す。未だ夢の中にいる二人の住民と一人のガイドを横目に、俺はある物を発見する。


「《木の作業台》……」


 暗い中、二人目の住民であるクローイが完成させた仕事場である。『木工師』としての真価を発揮する為に必要とする道具がとうとう揃ったのだ。


 天板のサイズは、人間の上半身を優に乗せられるくらいだ。縦幅一メートル、横幅一・五メートル程だろうか。机の上には浅底の箱や工具立てが、不格好の様相ながら放り出されている。


 テンプレートを貼り付けた無機質で代わり映えしない作業台とは、かなり様子が異なる。きっとクローイのオリジナルなのだろう。


「ふあ……あれ、村長さん……?」


 むくりとクローイが起き上がる。髪に付いた葉を振って、ぼうっとこちらを見つめている。朝に弱いのだろうか、しばらく放心の様子だったが、突然その顔がカッと赤く染まった。


「ほあっ、す、すみません! わ、私、『木工師』を志願してたのに、こういうの未経験で……ヘタクソな物を……」


「いやいや、上手だと思いますよ。ささくれもないですし、よく磨かれている。細部まで丁寧に作り込んでますね。――と言っても、俺も素人なんですけど」


 オリジナルと思しき箱を撫でる。するとクローイは肩を竦めて、


「あ、ありがとうございます……」


 畏縮しているかと思いきや、彼女の口元は綻んでいた。単に緊張か、あるいは恥ずかしがっているだけらしい。誰しも褒められると嬉しいものだ。


 これから何を任せようか。『木工師』の制作リストを思い出しながら思案を巡らせていると、視線を感じた。その方に目を遣ると、にやつく二人が映り込んだ。双方とも頬杖を付き、妙に楽しそうな様子でこちらを眺めている。

 起きているならば一言掛けてくれればよいのに。俺は二人へと向き直って、


「おはようございます、二人共」


「おはよー、村長サン?」


 粘ついた笑みを隠さないアランは、身体を横たえたまま伸びをする。そして跳ねるように起き上がった。次いでナビ子も起床する。


「あーあ、何か邪魔しちゃったみたいで。気にしなくてもよかったんですよ、村長さん」


「邪魔って何ですか」


 俺は肩を降ろす。気を取り直して、


「早速ですけど、今日の作業について――」


「おいおい、村長さん。ちょっと焦り過ぎじゃないか? 飯食おうぜ、飯」


「飯を食いながらでいいので相談しましょう。早く基盤を整えたいんです」


 決意を伝えると、アランとナビ子は顔を見合わせる。茶化されるかと思いきや、ナビ子は鮮やかな笑顔を浮かべて、


「そうですね! せっかく『木工師』を迎えましたし、今日から本格的に村づくりを開始しましょう!」


 ■   ■


 食事を終えた後、俺達はまず素材集めに向かった。昨日集めた《木材》も、《木の作業台》や箱、《焚き火》に消費した為、半数にまで減っている。これだけでは住居を構えようにも心許ない。


 そこで俺は例の如く、伐採の指示を出す。道すがら見付けた《レッドベリーの繁み》や《キノコ群》への採取指示も忘れなかった。


 昨日仕掛けた畑はというと、ようやく芽が出始めた程度で、収穫にはまだまだ長い時間を要する。

 ベリーとキノコは腹持ちがよくなく、食糧として効率がよいとは決して言えないが、農作物が望めない以上、それに頼るより他なかった。不安は尽きない。


「そうだ、ナビ子さん。次の入植者受け入れ条件はいくつになってますか?」


「はい。資材量が五十、食糧量が二十五となっています」


「今回で資材……《木材》は多分クリアできますよね。じゃあ問題は食糧か。流石に採取だけで集めるのは難しいかな」


「昨日採取した繁みにも、もしかしたら木の実が復活しているかもしれません。そちらも確認してみましょう!」


「それなら望みはあるかな。――よし。今日中にもう一人住民を迎えられるように、頑張りましょう」


 アランとクローイの手によって木々は薙ぎ倒され、《レッドベリーの繁み》は再び緑一色となる。《キノコ群》も未成熟の物を残して収穫され尽くした。


 資材ノルマは今回の伐採で達成される。それは確実である。しかし食糧ノルマにおいて、あまりにも切実な問題が発生した。


「妖怪一足りない!」


 そう、足りなかったのである。それも、たった一つだけ。世間によく言う「妖怪一足りない」が、とうとうこのゲームにまで魔の手を伸ばして来た。


「ご飯! 何か食えそうなものはないか!」


「この辺りの食材は採り尽くしました……」


 服を器代わりにしたクローイが、おずおずと報告する。アランも肩を竦めて同意していた。


「また働くのか……」


「足を伸ばせば食べ物が見付かるかもしれませんが……いかが致しますか、村長さん」


 俺は考える。数百メートル程北上した先には、この森よりもずっと広大な森林が設置されている。そこならば今以上の食糧も望めるだろう。だが俺は迷っていた。


 暗闇の中、たった一つの火を囲み、身を寄せ合う孤独感。心細さを助長する寒気と緊張。昨晩の光景、それがどうしても引っ掛かったのだ。


「村長さん?」


 黙りこくった俺を心配したのか、ナビ子が覗き込んでくる。長らく悩んだ末、俺は結論を出した。


「家を作りましょう」

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