Gate of World―開拓地物語―

三浦常春

1章 手探り村長、産声を上げる

1話 入植開始

「よーし、やるか」


 俺とそのゲームとの出会いは数年前に遡る。


 たまたま覗いたサイトでセールが行われていた。PCゲームのダウンロード販売を行うサイトで、事あるごとにセールを行う非常に有能なサイトだ。


 発売一周年記念に際して価格割引が行われていたことをきっかけに、俺はようやく購入に至った。しかしすぐに開くことはなく、いつしか「積みゲー」としてフォルダの片隅に追いやっていた。


 あれから一年。ゲームの発売から二年が経って、ようやく俺はそれを開く。


 その名も『Gate of World』。RTS(リアルタイムストラテジー)と呼ばれるジャンルに属しており、文字通り「リアルタイムに進行する世界」を売りとするシミュレーションゲームだ。


 ゲームの中では常に時間が動き続け、プレイヤーは変わりゆく状況を見極めて最善を尽くす。その手のゲームは特に戦争や侵略を題材とするものが多いそうだが、今ゲームは開拓をメインに据えている。


 新たなゲームに手を出す高揚感を摩りつつ、俺は「インストール完了」の文字列を見届けた。


「……初めまして、ナビ子さん」


 ■   ■


「ようこそ、Goワールドへ!」


 明るい声と共に現れたのは、可愛らしい女の子だった。頭には短いツインテール、瞳は快活と輝き、何よりも跳ねる度に乳が揺れる。


 でかい。とにかくでかい。多分手に収まり切らない。思わず凝視する俺に、彼女はにこりと笑みを向ける。不純な自分が恥ずかしくなる程、純粋で眩しい笑みだった。


「あなたの秘書を務めます、ナビ子と申します。ナビゲーターのナビ子です。ポリプロピレンニキ様で間違いはありませんか?」


「ありませんです」


 何の意味もない、思いついただけのユーザー名を提示されて頷くと、彼女は満足そうに首肯した。


「では、早速ですが――ポリプロピレンニキ様」


 掲げられたナビ子の手に、大きな旗が生成される。十字に組んだ木の棒に青布を結び付けた、盾のような旗だ。その表面には獅子を模した生物が、金の糸を以って刺繍されている。それを俺に差し出して、


「ここに旗があります。これを地面に刺して、どこを拠点とするか決めましょう!」


 受け取った俺は、まじまじとナビ子の顔を眺めてから、改めて世界を見渡した。


 見渡す限り、青々と茂る草原が広がっている。所々に山や森のような影。耳を澄ませば、川のせせらぎも聞こえてくる。


 このゲームの目的は街を作ることである。それに適した場所と言えば、まず「広さ」が重要であろう。次いで水や資材、食糧の確保――いや、こちらの方が大事かもしれない。「広さ」は開墾を続ければ、無限ではないもののある程度手に入る。


 だが俺は、目の前に永遠と続く広大な土地を持て余していた。せめてここが谷底であったら、すぐにでも拠点の位置を定められたであろう。しかし現状、俺の前にあるのは代わり映えしない草地ばかり。どこを選んでも結果は同じのように感じられた。


「あのー、ナビ子さん?」


「はい!」


「アドバイスって受けられます?」


「はい! どのような御用件でしょうか」


「拠点の場所、オススメはどの辺りとか、ありますか? 森の近くがいいとか、草原のド真ん中がいいとか」


 そう尋ねると、ナビ子はくるりと目を回して考え始める。


「そうですね~。素材集めが容易という観点から、森の近くに拠点を構えるプレイヤー様は多くいらっしゃるそうです。ですが、ある程度進めれば植林も出来るようになりますし、そこまで神経質にならなくていい――とWikiにはあります」


「Wiki!?」


 そんなメタフィクション要素を口にしてよいのか。思わず瞠目する俺にナビ子はピッと指を突き出して、


「Wikiを甘く見ちゃ駄目ですよ、ポリプロピレンニキ様。あそこには年齢趣味性別感性様々なプレイヤー様の経験と知識が揃ってるんですから!」


「いや、馬鹿にしてないけど。……植林が出来るようになるのは有り難いですね。それじゃあ――」


 俺は草原の上を歩き始めた。初期スポーン地点から五十メートル程歩いた所、森から然程離れておらず、かつ、そこそこ広い土地を確保出来る位置へぐっと旗を突き刺す。


 その瞬間、白い光がカッと弾けた。目を眩ませた俺を余所に、その光は青い空へと吸い込まれていく。旗を中心とした一定範囲が俺の土地と定められたのだ。


 視界に焼け付く光が薄れた時、ナビ子の方から音が聞こえて来た。


「おめでとうございます! 新たな光が世界に誕生しました!」


 拍手がだだっ広い草原に響き渡る。少し空しい。空虚を埋めるべく、俺もまた手と手を打ち合わせて応戦した。


「早速ですが、入植者を迎えましょう」


「人を迎えられるんですか? 何もないのに?」


「はい。そうしないと、生活を始められませんから!」


 ポンと、ナビ子の手元に羽根ペンとバインダーが現れる。濃茶色の表皮には、旗と同じライオンのマークが描かれていた。


「では、ポリプロピレンニキ様。こちらにサインをお願いします!」


 どうやらそれは、入植者の情報らしかった。


 名前はアラン。性別は男。名前からしてイケメンの匂いがプンプンする。密かにハーレムを目論んでいた俺としては、少しばかりサインを躊躇った。


「マジでこれ、しなきゃ駄目?」


「ポリプロピレンニキ様の元には、現在この一件の志願書しか届いておりません。これを断ったら、もれなく我々は飢え死にします」


「飢えの概念もあるのか、そりゃまずい。すぐにサインします」


 そうして言われるがまま羽根ペンを走らせたのだが、この時の俺はとんでもない貧乏クジを引かされたのだのだと、後に判明する。


「サイン、ありがとうございます! では、入植者を待ちましょう!」


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