(2)激戦!


 使い慣れた私の剣は、馬上の不安定な姿勢でも、するりと鞘を滑って出てきてくれる。つばの根元に青い石を象嵌された剣だ。石の周囲には勿忘草わすれなぐさが、細やかな浮き彫りで描かれている。私の誕生日に、父が将来戦いで危機になっても、常に故郷には家族が待っていることを忘れないようにと願って贈ってくれたものだ。


 だが、今日の剣は、切り立った山から吹きつけてくる風で、いつもよりも冷たく光っているような気がする。私の右側は広く開けていて、吹き抜けていく風以外に何もない。鋭く伸びる針葉樹は、山肌を下から覆いながら隣の山並みまで続いているが、それは全て私の眼下でのできごとだ。


 今、馬の手綱捌きを間違えれば、一瞬で私の体は崖下に転落するだろう。


 嫌なところを狙ってきたなとは思うが、不敵に笑って見せる。


「山賊か? こんなところで徒党を組んで、旅人を待ち伏せるとは?」


 賊にしては、着ている物が立派だ。とても、賊には見えないが、相手の返す答え次第では、容赦なく切り伏せることができる。


「さて。離宮の騎士様たちが、こんなところに何の御用でしょう?」


 けれど、私の思惑がわかったように、オーレリアンは華麗に笑って見せた。


「やはり、マリエル姫が行方不明になったというのは本当なのですね? そうでなければ、王宮騎士の制服を着た方々が、こんな山の中にまでこられる理由がない」


 ぐっと手綱を握る。


「王宮騎士とわかった上で、道を塞いでいるお前たちはなんだというんだ?」


「もちろん、私達も姫様を探しているのですよ。私達で、保護する為にね」


「詭弁を!」


 だが今なら、相手の身分を知らなかったふりをして切り倒すこともできる! だから、ぎゅっと使い慣れた剣の柄を握り締めた時だった。


「貴殿は、この間訪ねてこられた王妃様の使者の方だろう? どうして、王族に仕えるオーレリアン殿が、マリエル姫の行方を捜しているんだ!?」


 あ、馬鹿! 今なら、知らないふりをして山賊扱いにしてやることができたのに! 相手の身分を口にしてしまったら、できないじゃないか!


 けれど、急いで振り向くと、レオスは憤然として、オーレリアンを見つめている。


 そういえば、レオスはこの間使者としてオーレリアンが来た時に、謁見の部屋まで案内したのだったか。


 真っ直ぐなこいつの気性なら、追及せずにおれないのもわかる気はするけれど……。


 できれば、知らない顔をしていてほしかった! とは、身分関係で命令を無視できなくなる騎士階級の悲しさだ! 


 けれど、レオスは馬上で指を突きつけた。振り上げた指の先は、真っ直ぐに秋風の中に立つオーレリアンに向けられている。


「ここで我らを襲えば、王妃様がマリエル姫の捜索を妨害したことになる! その上で、姫の保護をはかられるというのなら、それは最早保護ではなく拉致だと判断するがよろしいか!」


 開いた口が塞がらなかった。さすがレオス!

 

 立派に主君を守る名目を手に入れて、命令系統の違反に問われないようにしてしまった!


 お前、本当に頭がいいな!


 どうして、そんなに頭が良いのに、すごく基本的な性別の見分けだけが残念なんだ。


 私にしたら、感嘆したらいいのか、そこまで私のプロポーションが絶望的なのかと、泣きたくなってくる。


 けれど、オーレリアンはレオスの追及にも、薄く笑った。


「どちらでも。お好きなように」


 そして、馬を駆ると、腰から素早く抜いた剣を振り上げた。


「どちらにしても、ここで話せなくなってしまうのですから!」


 一気に距離を詰めてくる。


「レオス! 半分任せた!」


「わかった!」


 狭い山道だ。後ろに回りこまれたら、一気に不利になる。


 片側は急な斜面だが、もう片側には草まじりの土壁がそそり立ち、とてもこの道以外に逃げるところはない。


 だから、私は前から振り上げてくるオーレリアンの剣を、左手で手綱を操りながら、右手の剣で受け止めた。


 柄の青い石が、私のすぐ上で輝いて、がきんと鈍い音がする。


 静かな山の中だ。遠くの山肌にまで響いて、こだましているような錯覚すら覚える。


 けれど、余所見をしている暇はない。オーレリアンの剣を受け止めている間に、もう一人の男が、私の腹をめがけて、左前から剣を横なぎに払ってくるではないか。


 だから、左手で手綱を引っ張ると、馬首を左側にかわしながら、体を反転させた。乗った馬が、首を振りながら動く勢いで、オーレリアンの剣を横に流し、素早くかえす剣でもう一人の男の切っ先を払う。


 際どい。


 さすが、シリルが信頼するという手練の男を倒しただけのことはある。


 けれど、道が狭いことが幸いして、相手も戦いにくいみたいだ。


 当たり前だろう。


 確かに、ぎゅうぎゅうに詰めれば、横に六人騎士が並んで歩ける道かもしれないが、馬に乗って、しかも戦いながらとなると、とても六人もの人数が動き回れる広さではない。


 けれど、私が馬首をめぐらせたことで、逆にオーレリアンが私の右側に回りこむ形になってしまった。


 ほんの一瞬晒した私の背中に気がついたのだろう。背中に向かって切りつけてくるのを、急いで斜めに伸ばした剣で受け止める。


 危ない! 


 本当に油断ができない奴だ!


 だから、急いで馬の姿勢を戻そうとするが、その間に、斜め前にいた男が私の空いている肩を狙って剣を振り下ろしてきた。


 くそっ! 


「リール!」


 馬の名前を呼ぶ。そして手綱を絞ると、意味が伝わったのだろう。すぐに前足をあげて、襲ってくる男に向かって威嚇の蹴りをむける。


 さすが、最前線の砦で戦場の調教を受けて育っただけはある。剣を振り下ろそうとした男の馬を怯ませて、一歩後退させた。


 その間に、私はオーレリアンの剣を弾くと、リールを三歩下がらせる。


 けれど、狭い道なのを忘れていた。あと、半歩というところで、リールの足が土のない場所を踏む。


 短い嘶きで気がついて、急いで前に一歩戻す。


 あぶない、あぶない。


 狭いことをうっかりしそうになっていた。


 少し横を見れば、レオスも善戦しているようだ。さすが、胸毛と脛毛と性癖以外は恵まれた男。鮮やかに敵の剣を馬の動きを使って捌いている。


 って、人を見ている余裕はなかった!


 だから、私は視線を襲ってくる男の剣に戻した。


 思い切り振り下ろしてくる剣は、意外に重い。正直に言えば、馬上で体勢を保ちながら、片手で戦うには不利な相手だ。


「くっ!」


 受け止めた衝撃で、剣から腕に痺れが伝わって来る。だが、ここで手を休めるわけにはいかない。


 だから、全部の力を受け止めずに、そのまま剣を斜めに逸らして相手の力ごと横に剣を流してやる。


「ちっ!」


 外したのに気がついたのだろう。すぐに相手が連打の姿勢で打ち込んできた。


 このまま私を崖側に追いつめて、下に落とすつもりなのは間違いがない。


 だから、右から左から打ち込んでくる相手の剣を、リールの手綱を取りながら、少しずつ向きを逸らして流していく。


 剣術を仕込まれる上で、男性の腕力に劣るから身につけた戦い方だが、相手にしたらこしゃくな方法だったらしい。なにしろ、いくら打ち込んでものらりくらりかわされているのと同じなのだから。


「ええい! いつまでも、ちょろちょろと!」


 激高するのを待っていた!


 何しろ、馬上に乗ったままでは、私の腕が相手の急所に届くのに遠いからな! 相手を倒そうとした挙げ句、私の方が迂闊に危険な範囲に入ってしまうのは避けたい!


 だから、怒りにまかせて、剣を大きく振り上げた相手に、いまだと狙いをつけた。


 そして、振りかざした私の剣を相手の馬の首に思い切り叩きつける。


 より広い面積での効果を狙って剣の腹で殴ったが、鉄の剣身が馬の首にめり込むのと、鋭い嘶きが聞こえるのは同時だった。


「なっ――!?」


 馬上で相手が驚いている。


 だけど、こういう戦い方もあるんだ! 覚えておけ!


 私が敵の馬のバランスを崩したせいで、腕を振り上げて馬上で不安定な姿勢を取っていた男が、地面に投げ出されていく。地面に転がった男の上に、重い馬の体がそのまま倒れてきたのは、馬も足が浮いてしまっていたのだから仕方がないだろう。


「ぐぎゃっ!」


 何か、つぶれるような声が聞こえた。


 ――まあ、肋骨の二三本か、手足の一本は駄目になっただろうな。


 だけど、取り敢えずここでの足止めができればかまわない。


「さあ! 次はお前だ!」


 だから、私はリールの馬首をオーレリアンに向けると、銀色の薄い笑みを見つめた。


 けれど、オーレリアンは楽しそうに私を見ている。


 そして、左手をさっと挙げた。


 オーレリアンの動作と一緒に、山道の奥から一本の矢が私の前に飛来してくる。


 鋭い空気を裂く音は、きっと、間もなくここに届くだろう。


 しかも、この軌道だと――。


「危ない! リール!」


 狙われているのは、リールの足だ!


 だから、私は急いでリールの手綱を引っ張った。私の指示に、慌ててリールが前足を持ちあげているが、さっきまで足があった下の土には深々と矢が刺さっていく。一本ではない、二本、そして三本。


 しまった! 最初に弓で襲ってきた相手がいたのを忘れていた!


 今戦っている相手の誰かとばかり思っていたが、よく思い返せば、戦っている相手は誰も弓を身につけていなかった。


 もう一人隠れていたんだ!


 けれど、立て続けに襲ってくる矢から、リールを逃がそうとして無理な姿勢をさせてしまったのが、災いした。


「アンジィ!」


 レオスの叫びが聞こえる。


 けれど、私の体は、もう馬上から投げ出されていた。


 ――え?


 体の後ろには、広々と山の下まで見渡せる急勾配の斜面が広がっていた。


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