(3)初対決!


 私は部屋に入ると、奥に立つ黒髪の美女を見つめた。


 貴賓室にふさわしく、壁には林檎摘みをしている女性達の豪華なタペストリーがかかり、床は毛足の長い赤紫の絨毯に覆われている。


 窓の桟は金色で作られ、西から入る光に眩しく輝く。その手前で王妃エレオノールは立ち外を眺めていたようだが、衛兵の扉を開けた音に、黒真珠の瞳をゆっくりとこちらに向けた。


 イグレンド第二王女エレオノール。十八歳の時に政略でこのロードリッシュのラルド王の元に嫁ぎ、一男三女の四人の子供を産んだ聡明な王妃。


 生まれながらの貴婦人に相応しく、振り返る仕草さえ優雅だ。年は四十を少し過ぎたところだろうか。夫の死で、今も黒い喪服に全身を包んでいるが、それが生まれつき持っている豪華な黒髪と合わさって息を飲むほどの迫力がある。


 いや、こちらを圧するような迫力は、その美貌のせいだけではないだろう。


 冷たいのだ。こちらを見つめる瞳が。


 ――王妃はマリエルの敵。


 ならば、私は騎士として、私の守る主のために戦おう。だから、ゆっくりと騎士の所作で膝を折った。


「わざわざのおいでありがとうございます。マリエル・レビジュール・ロードリッシュでございます。王妃様にはご機嫌麗しく」


 もちろんドレスの裾を摘むのは忘れない。だけど、背筋はぴんと伸ばし、足も一歩下がっただけの、いつでも臨戦態勢に移れる姿勢だ。


 その姿勢で顔だけを持ち上げて微笑むと、王妃よりも王妃の側にいた銀髪の男性の方が顔をしかめた。誰だろう? 王妃の従者のようだが、長い銀の髪がひどく印象的だ。


 この国では見かけない色だが、王妃の生国の者だろうか。


 けれど、私が視線を横に逸らすのも許さないように、王妃がゆっくりとこちらに歩を進めた。ドレスは体に流線型にそって流れる形なのに、ひどく彼女の存在が大きく思える。


「最近、部屋にこもっていると聞きましたが」


 色を抑えた紅に彩られた唇が、落ち着いた声を紡ぎながら、ゆっくりと白い面の中で動く。


「どこか体の調子が悪いのですか? あまり人前にも出ないようですが」


 白々しい。毒を盛った本人の言葉としては、これに尽きる。


「少しだけ風邪気味でしたので、大事をとって中で過ごしておりました。今は服喪の期間中でもあり、あまり出かける気にもなれなかったものですから――。ご心配いただきありがとうございます」


 ――王妃は敵。


 ならば、決して揚げ足を取られてはならない。


 国境の砦で、他国の者が訪ねて来た時と同じように、慎重に言葉を紡ぐ。


 けれど、王妃は微かに睫を伏せた。


「そう。確かに少し寒くなってきましたからね」


 そして、茶を用意されていた卓の前の長椅子にゆっくりと腰かけた。けれど、孔雀石のテーブルに出されていた茶器には手を伸ばさない。ただ静かにのぼり続ける白い湯気を見つめているだけだ。


「必要ならば、綿入りのドレスや、豹の毛皮で作られたコートを用意させましょう。これからはますます寒さが厳しくなります。風邪から肺炎などを起こしたら大変です」


 ――あれれ?


 まさか、こんな普通の言葉をかけられるとは思わなかった。これでは、まるで親戚の子供を心配している叔母か何かのようだ。


 けれど、面食らった私の側で、シリルが一歩前に進み出た。


「王妃様のご好意はありがたいですが、姫のご衣裳は全て私が用意しております。庶子とはいえ、王家の姫としてみすぼらしくないように調えておりますので、どうかご安心ください」


「そう――」


 あ、そういう意味になるのか。碌な衣装などないだろうと遠回しに言われたわけだ。


 けれど、王妃は切れ長の瞳をゆっくりと細めた。


「私は、下働きをしていたイレーヌが貴女を産んだと聞いてから後は、ほとんど知りません。王のあまたの浮気の中で生まれた貴女が、遠くで無事に育っている――。私にはそれだけで十分で、今まで何の関心もありませんでした」


 何が言いたいんだ?


 王妃は落ち着いて淡々と話しているが、その口ぶりに逆に不信感が湧いてくる。けれど王妃は華やかな微笑みを浮かべると、急ににこやかにこちらを見つめた。


「けれどさすがに放置しすぎました。貴女だって、今までこの離宮で自由に育ってきたのに、今更なんの教育も受けてこなかった王位を継げと言われても面倒なだけでしょう? どうかしら? 貴女が頷いてくれるのなら、国内でも有数の貴公子を貴女の伴侶として紹介しましょう」


「え?」


「リュビール伯爵の跡取りは、とても美男子と噂です。二ッソリ侯爵のご子息だって、とても狩りに優れた青年で、令嬢達の憧れの的だというわ。貴女にとっても、堅苦しい地位を継ぐより余程良い話だと思うのよ」


 だから、諦めろって?


 そして、おとなしく女王の座を自分の娘に渡せというのか!


 けれど答えない私に、王妃が念を押すように、赤い唇をゆっくりと吊り上げた。


「それに――貴女だって、余計な不安に悩まされずに、これからも暮らしたいでしょう?」


 脅しを含むような言葉に、かっと脳に火が着く。


 ふざけるな! だから、命の危険を感じたくなければ、おとなしく王位を諦めろというのか!

 

 その為に、見たこともない縁談相手の話を喜べって!? それこそ馬鹿にした話だ。


 第一、レオスより美しくて、強い男なんているはずがないだろう!?


 そんなことを言うのなら、今すぐあいつと戦わせてみろ!


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