4-2
昼食を終えた後、村長含め何人ものブラウニー達に挨拶をし、クーリオ達は村を出て行った。
拓は夕方まで村に居ることにし、一人残る。
ちなみにクーリオ達とは翌日町で待ち合わせの約束をしている。
住人達はその後それぞれの復旧作業に戻っているが、拓は許しを貰ってシムルと一緒に町の外周を散歩している。
思い詰めた表情で、シムルが拓に旅への同行を願い出てきたからだ。
思わず頬の筋肉が緩む拓だったが、何とか理性の力で表情を保ち(保ててない)、涼しい顔(のつもり)でこうして歩いている。
心なしか歩調が軽いのは気のせいでは無いだろう。
クーリオ達の遠征については、拓も先ほど聞いた話なのでまだ参加をはっきり決めたわけでは無いが、実際この世界をもっと見てみたいと思っていたタイミングなのだ。
旅というのはとても魅力的な提案に思える。
ネーレや創造神が呼称していたこの異世界、プリモーディアルが一体どのくらいの規模の世界なのか、その全体像は拓には分からない。
だが交流を深めた人達の話を統合すると、周辺の地理は何となく把握できてきている。
まず今いるこの辺り、ベントス村やらヴィヴィの町やらがあるこの土地はアンクウムという王制の国家に属しているということ。
ヴィヴィの町から北に向かうとマレヴィテという港町があり、その先に海が広がる。
一方南の門を出て東に回り込むように進んでいくと王都に辿り着く。
その他いくつかの大小の町と無数の村で成り立っている国のようだ。
とはいえ旅となるとだ。拓の場合望んでも、時間制限的な意味で野宿までは付き合えそうにないので、通いの旅という不思議な体験をする事になりそうだ。
これまでの経験からして、この世界にログインする時間を合わせておけば、毎朝に仲間と合流する事は可能だろう。
拓が以前人に勧められて読んだ古いギャグ漫画で、部活の後輩が向かった修学旅行に毎日バイクで通って参戦するOBが登場したが、あんな感じになるのだろうか。
そこでシムルの希望の話になる。
まだ一度も実践した事が無いが、おそらく召喚魔法というからには、離れた場所からでもシムルを魔法の力で呼び出す事が出来るのだろう。
であれば、無理に旅という形を取らずとも、行く先々で拓はいつでもシムルに会えるということではないか。
召喚の契約というある種特殊な関係を結んだ仲になったので、拓はある程度自分の事と自分が出来る事をシムルに説明しようと思い、人気の無い場所に誘い出したわけだ。
「はぁ…異世界、ですか?」
軽く首を傾けながら、シムルがあどけない表情で聞く。
その姿がまたとても可愛らしい。
「まぁ、信じられないのも仕方ないよね。
僕だって未だに信じられないし。」
苦笑しながら言う拓。
「いえ。
確かに今ひとつ理解できてませんけど、タクさんの言う事は信じます。
私を助けてくれた時も、見た事の無い不思議な術だったってお母さんが言ってましたし。」
摩訶不思議な話を語る自分をどう思われるのか、不安だった拓にシムルはそんな風に答えてくれた。
そんな態度に背中を押された拓は、シムルを救った召喚魔法のことも説明する。
「とはいえ、実際に使った事はまだないから、どんな感じか分からないんだけどね。」
「じゃぁじゃぁ、早速試してみましょうよ。」
召喚魔法でいつでもどこでも会えるという話をしたら、すごくキラキラした瞳で拓を見るシムル。
浮き足だった拓も前のめりで話していて、二人だけで盛り上がっている様は、端から見れば初々しいカップルだ。
話し合った結果、翌日にヴィヴィの町から、初めての召喚を試みるという事になった。
後ほどシムルのご両親にも説明をして、突然シムルが村から消えて騒ぎにならないようにしなければなるまい。
集会所に戻るシムルを見送った後、拓はネーレに呼びかけてみた。
「…我を喚(よび)し者は貴様か。」
突然草むらの上にどどめ色したつむじ風が舞い上がり、無理に低い声色を使ったおかしな台詞が聞こえてくる。
次いで、その渦巻く風の中から人の姿が浮かび上がり…
「我こそは…
いつでもどこでも即参上、便利屋ネーレちゃんなり!!」
ババーン、と擬音も口で添えながら、変な立ちポーズでネーレが現れた。
「あぁ…。」
周囲を包んだ微妙な空気に、思わず拓の心の底からの深いため息が漏れ出る。
「その、気軽に呼び出してすみませんでしたっ。
だからその変な登場の仕方は勘弁してくださいっ。」
深く頭を下げる拓。
「もぉ、タッくんたら甘えんぼさんなんすから。
しょうがないっすねぇ。」
相変わらず噛み合わない会話を始めながら拓の肩に肘を乗せ、顔を寄せてくるネーレを、やっぱり少しウザいと思う拓であった。
「…で、あたしを都合のいい女みたいにお手軽に呼び出した理由はなんです?
聞きたい事でもあるみたいっすが…
初デートに何着ていけば良いかとか、そういうのはちょっとお姉さんには分かんないっすよ?」
「いや、召喚魔法の事なんだけど…。」
そう拓が口にすると、あからさまにネーレのテンションが下がった。
「はぁ…………。で、何が聞きたいんす?」
露骨にやる気の無い顔になったのを見て何か言おうかとも思ったが、呼び出した側としては文句を言うわけにもいかない。
「いや、何も知らないので、基本的な事を聞こうかと思いまして。」
とりあえず下手に出てみる拓。
「基本的な事…」
機械的に繰り返すネーレ。
やがて何かを諦めたのか、一度ため息を大げさに吐いて見せてから、ネーレは語り出した。
「そうっすねぇ…。
まず、魔法を使う上で魔力の消費は必須なわけっすが…。
タッくんに足りない魔力は魔道書が補ってるわけっすから、長時間ずっと召喚しっぱなし。ってわけにはいかないっす。
それと、呼び出せる距離とかに特に制限はありませんが、喚び出している時間はタッくんのレベルに比例すると考えて良いっす。
あとは…回数もっすね。
魔法が使えるのは一日一回が限界でしょう。」
本当に基本的なところを話したネーレは、それからもう一度、やや芝居がかった様子で大きくため息をついてみせた。
「…はぁ…。
ってかタッくん、基本くらいはヘルプ見ましょうよ。
こんなんで毎回呼び出されると、本当にあたしが安い女になっちゃうっす。」
「…ヘルプあんの!?」
「そりゃぁヘルプくらい用意するっしょ。
最近はクレーマーが怖いんすよ?
タッくんは、トリセツ見ないタイプっすね?」
「ぐぬぬ…」
言い返せないが、釈然ともしない。
ヘルプ付きの魔道具なんて普通想像すらしないだろう。
本当にあの創造神は何者なのだろうか。
そう言えばVer.3.1とか言っていた。
さっそくメニューを開くと、たしかに目立たない場所にひっそりとヘルプらしきアイコンがあった。
「そういうわけっすから、それ見ながら実際に色々試してみたらいいっすよ。
あたしもトモダチ的な理由で、もしくはお姉さん的理由で呼ばれる分には、いつでも喜んで参上しますから。
ただし、アダルティなお話は相応の覚悟を持ってするっすよ?」
そう言ってネーレは帰って行った。
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「タク、今日部室に来ないか?」
昼休み、拓の数少ない友人の一人、柴田文男が話しかけてきた。
最近柴田は、クラスの女子なんかと一緒に新規の同好会を創った。
その名も「ゲーム研究部」。
最初「ゲーム同好会」で申請したら却下されたらしい。
どっちもあまり変わらない気がするが。
拓も誘われ、幽霊部員でも良いとの事で一応籍は置いている。
柴田曰く、お題目は何でも良かったそうで、要は放課後に校内で堂々とだべりたかったとのことだ。
女子と和気藹々、放課後にだべるとか知らない人から見るとかなりリア充じみているが、案外ドライというか、さばさばした雰囲気の集まりだ。
拓もそうだが、柴田という男はクラスで微妙に浮きがちな人物を好む傾向にある気がする。
「今日かぁ。どうしよっかな。」
「なんだ、用事でもあるのか?
もうすぐテスト始まるから、一緒にテスト勉強でもしとこうかと思ってさ。」
「テスト……。」
忘れていたわけじゃない。
忘れていたわけでは無いが…正直逃避していた。
「どうせ家で一人でやったってついつい他の事しちゃうからよ。
誰かと一緒に勉強しようかと思ったんだけど。」
異世界に行く事で何か影響があるわけでは無いが、勉強した内容が異世界で過ごすうちに頭から抜け落ちたりはしそうである。
結局拓は柴田に付き合う事にした。
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