3-5

 ヴェネ・ブラウニーの集落を襲った事件の、その顛末の一部をここに記す。


 まず、村を襲ったオーガは5体だったそうだ。

 村に近付いてくるオーガを発見し、バリスタで迎撃をした際に一体は仕留めたが、その間に残る4体の侵入を許してしまったとのこと。

 オーガが襲ってきた目的は、家畜などの食料目当てでは無いかとの事だ。


 その家畜は(牛と馬と羊)は、迅速に畜舎に匿われたので被害はほとんど無かった。

 一方、家屋等の被害は大きく、公共施設も含め、無傷な建物はほぼ無かった。

 ちなみに火の手が上がっていたのは、うっかり火矢を放ったブラウニーが居て、その流れ矢が燃え移った事が原因だったようだ。

 その話を聞かされた時に、3人のメンバーがマキナをチラッと見たのはご愛敬だ。

 似たような事が過去にあったに違いない。


 人的な被害も、最後にシムルが瀕死となった以外に命に関わる大怪我を負った者はいなかった。


 村の復旧が大変だろうが、町の冒険者ギルドに依頼を出すという。

 オーガの処理もあるため、数組のパーティがやってくるだろう。


 クーリオ達も乗りかかった何とやらで、数日復興に協力する事を決めた。

 拓は時間が勿体ないので、村の裏に作ったアクセスポイントから単独で直接赴くつもりだ。


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 無事回復したシムルを寝かせるために村人達が比較的無事な家にシムルを運んでいった後、拓とネーレが村の外れで会話をしていた。


「助かったよ。

 ありがとうネーレ。」


「いえいえ、タッくんの力になれて良かったっす。」


「それでその、色々ツッコみたい事もあるんだけど…」


「下ネタならノーサンキューっすよ?」


「違うよね。

 まず、詠唱ってあんな雑なので大丈夫なの?

 なんか、以下略とか言ってたし。

 最後も送還、しか言ってなかったし。」


「もともと、あたしが居たから詠唱は特に必要なかったんすけどね。」


「…はあ??」


「でも、やっぱああいう場では中二心疼く格好いい感じの詠唱を唱えて、ネーレたんまじ天使、なとこ見せたいっていうか。

 ぶっちゃけタッくんも盛り上がったっすよね?」


 そんなネーレの残念すぎる告白に、がっくりとうなだれる拓。

 もちろん「以下略」の下りは、途中で飽きたから、という身も蓋もない理由だ。

 拓の純情を返してやって欲しい。

 

 ただ後に知る事だが、拓が一人で召喚を行う際にはやはりそれなりに手順が必要との事なので、決して無駄な事では無かったのだ。

 決して悪ふざけだけでは無かったと思いたい。


「でも釘を刺しておくっすが、今回はものすごく運が良かったんすよ?

 タッくんのレベルもちょうど足りていたし、魔力もギリギリ間に合ってたし、タッくんが他に契約している存在も無かったし、あの娘が妖精族で、しかもそこそこのレベルを持っていたし。

 色んな巡り合わせがピッタリと収まって、あの奇跡が生まれたっすよ。

 まさしく、あれは奇跡だったんす。

 そこんとこは、肝に銘じておいて欲しいっすね。」


 その言葉通りなら、ここがネーレの来れる場所だったこともそうだったし、シムルが拓の契約を受け入れてくれるほどの間柄だった事も、またそういうことなのだろう。


「他に契約している存在、ってことは、一人しか召喚魔法の契約は出来ないの?」


「そうっす。レベルがうんと上がれば増えると思うっすけど、しばらくは無理っすね。

 それから契約できる相手も、妖精、亜人なんかの種族と魔物くらいで、人間はムリッスよ?

 性奴隷は別の方法で用意するっす。」


「余計なお世話だよ!」


 ちょっとだけ、竜種を召喚したりしてみたかった、と思った拓。

 まぁそれはいずれ「レベルがうんと上が」った時の楽しみに取っておこう。

 レベルと言えば、最後のオーガが力尽きたところで拓のレベルは10になっていた。

 新たに「受け流し」のスキルを得ていたのと、この村の騒動の間に「両手剣」のスキルが一つ上がっていた。


「しかし、タッくんもなかなか見違えたっすねー。

 男子三日会わざれば何とやらっす。」


「そう言えば、ネーレに会うの数日ぶりだね。」


「あたしはいつもウェルカムっすよ?」


 手のひらを上に向けて指をクネクネさせてるネーレを見ていると、突然ネーレの隣に淡く光る六芒星が現れた。


 身構える間もなく、忽然と年齢不詳の男性が姿を見せた。

 スーツ姿に見えるが、でも拓の知るスーツとは少し違うデザインに思える。

 髪型は襟足に届く程度の長さに揃えられ、顔つきは平凡な、という表現がしっくりくるが、不思議な色の瞳が異彩を放っているせいで惹き付けられる。


「あ! 主上様!!」

 ネーレが目を輝かせて男性を呼んだ。


「主上様?

 では、貴方が…?」


 その男性は少年のようでもあり、青年くらいのようにも見える。

 拓を見て微笑んだ表情は、年寄りのようでもある。

 その男性をよく見ようとすると、拓の視界がじんわりとぼやけて、上手く認識出来ないような不思議な感覚に陥る。


「初めまして、だね。

 ネレイドを介して君に魔道書マジカ・ムタレを託したのは私だよ。」


 ネレイドとはネーレの事だろう。


「貴方様は、その…神様、なんですか?」


 恐る恐る、拓は思っていた事を聞く。


「そう呼ばれる事もあるね。

 一応君たちの世界では、創造神、あたりの言葉が妥当なんだろうか。

 …ふふ、胡散臭いかい?」


 やはり…。では、ネーレは神の使徒のような存在なのだろう。

 …とても有り難みには欠けるが。

 今も拓と主上様とやらを交互に見てニヤニヤしている。


「あの、魔道書を貸していただいた意図を伺っても良いでしょうか?」


「そうだね…。

 実験、とでも言えば良いかな。

 あ、誤解しないで欲しいんだが、君をただの実験動物のように考えている訳では無いよ。

 まぁそう取られても仕方ないかもしれないが…。」

 そう言って、少し苦笑するように微笑む、自称創造神の男性。

 その表情を見ているとまた目の焦点がぼやけた。


「私は幾つもの星、君たちの言う宇宙を生み出してきたんだ。

 星々のタイプは概ね二つ、君達の世界のように科学を発展させていくか、ここのように魔力と共存していくかになる。

 だが、どちらのタイプも決まってやがては文明の衰退に陥る。

 科学が発達した世界ではやがて人々の向上心が陰っていき、魔力と共に生きる世界では、世界が停滞したままゆっくりと衰退していく。

 

 それが人の限界であって、世界の抗えない流れであるなら受け入れるしか無いんだが。

 それでも長い時間それらを見守っているうちにね、ふとした考えが頭を過ったんだ。

 それぞれの世界の住人を交流させる事で、セオリーのようにいつも同じ流れを繰り返す星々の運命を、少しは変える事が出来るんじゃ無いかと。」


「…世界を変える、ですか?」


「劇的な結果を求めているわけではないがね。

 それでも人間の言葉にもバタフライ効果ってあるだろう?」


 あまりに壮大過ぎる話で、拓にはピンと来ない。

 が、言わんとする事は何となく分かる気もする。

 この世界は、出会う人達の多くが世界に対して充足している感じがするのだ。

 魔物というわかりやすい脅威が身近にいるせいか、それとも魔法という便利な物があるおかげで、日々に潜む不条理さに疑問を抱かないのか。


「君にはかなり刺激のある世界だろう。

 見たくない物も見るかもしれない。

 だから、本当に辛くなったらいつでも使うのを止めれば良い。

 でも、それまでは、君自身の目で、違う世界を楽しんで、冒険して欲しい。

 その事が、いくばくかでもこの世界に刺激を与え、君達の世界にリターンをもたらすのでは無いかと、私は期待しているんだ。

 それが私の望みであり、私の実験だ。

 …それに、創造主たる私の責任でもあるのかもしれないね。」


 そう創造神を名乗る男性は告げ、帰って行った。


「主上様の試みはこれまでに色んな星で何度もしてるっすから、事故はそうそう起きないっすよ。

 だから、安心して使ってくださいっす。

 その魔道書マジカ・ムタレもVer.3.1っすから。」


 そんなリアリティがあるのか無いのか良く分からない新情報で、拓の脳の許容量は限界を訴えるのであった。

 

 神のような存在が果たして人一人一人にどれだけの思いを持つのか、拓には到底計り知れない事だけれども、それでもの存在と言葉を交わした時に、確かにそこには微かな慈愛のような物を感じる事が出来た。

 生み出された生命の行く末を憂う程には、関心があると思って良いのだろう。


 もっとこの世界の事を知ってみたいと、単純に思ってしまう拓だった。

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