第157話 エルマーの発明


「ねぇ、サリエ、ジェームズさんたち、大丈夫かな」

とナウムは、天井を見上げながら心配した。


「こっちにも、厄介な奴が来たぜ」

と俺は、階段をにらみ警戒した。そして、


「ムジ、ムルチ、ナウムを守れ」

と頭だけ少し傾げて後ろの二人に命じた。


「族長、この縫いぐるみたちはどうしやすか? こうも数が多いと邪魔じゃねぇですかね」

とムジは、周りの見回しながら聞いてきた。


 誰かがしゃべると其方に、一斉に可愛い笑顔を向けるのだが、ほぼ床を埋め尽くすほど多いと、ちょっと不気味である。


「仕方ないだろう、それに此奴らに命を救われているしな」

と俺は階段を降りてくる殺気から目を離さずに答えた。


カツ、カツ、カツ


と足音がして、階段の下にセレが降りてきた。そして刀を鞘に収めたまま、姿勢を低くした。


「来る! 」

蛮刀を左側に構えた。


カン、キン

——— 刀のぶつかる音 ———


「くっ」


 セレが瞬間移動で接近し、居合の抜刀を繰り出してきた。それを何とか防いだあと、俺も蛮刀を回し当てたが、三合目を切り込んだとき、奴は移動していた。


’大きく振りかざして、空振りし、体制を崩すとつけ込まれる’

と俺は感じた。


 そして、


 キン、キン


と何合か渡り合ったが、防戦一方だ。間一髪で避けていると言うより、皮一枚、肉数ミリを斬られたところで躱している様な感じだ。全身に血が滲んでいる。


「ふふふ、上にいる奴より、弱いな。だが、上の奴らも、主人殿によって消されるだろうけどな」

とセレは勝ち誇るかのように話をしながら攻撃してきた。


「くそ」

としか、言う余裕はない。


 何合渡り合ったか分からないが、全身血まみれだ。しかし、俺は奴の瞬間移動を見ているうちに、小ゴーレムたちの動きに気づいた。


 小ゴーレムたちは、セレにしがみつこうと体を軽くしている様だ。そのため、瞬間移動して現れるとき、ふわっと舞い上がる。その時の奴の『気』の流れを感じれば ……


 俺は全神経を集中して、小ゴーレムたちの動きを見ながら、『気』の流れ探った。


「こっちだ」

と蛮刀を右後ろに切り払った。


「グッ」

とセレは苦悶の声を上げた。


 その一瞬の遅れで小ゴーレムたちはセレの脚にしがみ付き、動きを封じた。


 俺は、セレが八相の構えから切り下げようとした所を、身体を回し蛮刀を逆手で切り上げた。


 セレは、腹、胸から血を流し、甲が2つに割れて後ろに倒れた。


   ◇ ◇ ◇


「ジェームズさんたちが、危ない」

と俺はジェームズさんの危機を感じたが、多分俺たちが行っても、足手まといだろう。なら、陽動するか。


「縫いぐるみたち、うーん、小ゴーレムたち、ジェームズさんが危ない、天井や壁を破壊せよ。 うーん、破壊してください」

縫いぐるみたちに、どうやったら、命令できるのか、分からないが一応言ってみた。しかし俺の方を見ながら笑っているだけだ。


 するとナウムが、しゃがみ込んで一体の縫いぐるみの両手を取って、

「ジェームズさんが、危ないらしいの。だから壁を壊して助けて」

と語りかけた。


 すると、縫いぐるみたちは、一斉に動き、出口につながる道を作った。


「多分、危ないから、こっちに行ってと言っているわ」

とナウムは出口を指さし、縫いぐるみたちが空けた道を走って行った。


   ◇ ◇ ◇


「ところで、君に何でこんなに話をするか分かる? 」

とエルマーは、四つん這いになっている僕に近づいて喋りかけてきた。


「僕の話を理解できる奴って、あまり居無いだよね。


僕の偉業を、

僕の発明を、

僕の偉大さを


理解できる奴はね。だから、それが分かる君には、どうしても話したくなるのさ」


 エルマーの声が頭の上から降ってきた。僕は、エルマーはドヤ顔でもしているのだろうと思った。


「さて、僕の本当の発明を見せてあげるよ。ああ、それじゃ見られないね」

と指を鳴らした。


 すると、僕の身体は重力からは解放されたが、こんどは直立して硬直した。


「さあ、見せてあげるよ。僕の錬金術史上最大の発明を」

と天井に向かって両手をかざし広げた。


——— 闘技場の天井の中心にあるライトが引っ込んで、お椀を伏せたような天井が八つに分かれた。その上空には、満点の星空が広がっていた。そしてゆっくりと星空が降りてくると、数え切れない支柱の先端が光っていることが分かった。その支柱は規則的な六角形の断面を持っており、その大きさはまちまちで、巨大な鍾乳洞のようだ ———


「これは」


 僕は、今の状況を忘れたかのように呟いてしまった。しかし心の中である錬金呪文を唱え始めた。


”僕、ジェームズ・ダベンポートが命ずる。今ここに賢者の石の錬金陣を開かんと欲す。混沌より生まれた …… ”


「ほっほーう。やはり君には、この凄さが分かるようだね。これは、思念石の結晶さ。君たちロッパの錬金術師たちは、賢者の石を作る時くらいにしか、使わないだろうけど、思念を蓄える機能を突き詰めると、人の知恵や経験、そして人格も記録し、この装置事態がその人と同等、いやそれ以上の知恵と知識を持つことができるのさ」

エルマーはやはりドヤ顔で話した。


 僕はこんな嫌な自慢顔があるのを初めて知った。


「そして、ついには『自我』を持つことができるのさ」


——— ホモンクルスは自我がある。これは生物学的にも人属であるからだ。人属への進化の過程を錬金術によって再現して作られるホモンクルスは人属と同じ自我を持つがその限界も人属相当である。一方でゴーレムは魔法制御符号に従うだけで自我はない。しかし、このエルマーの装置は人属の思念を記録し、そして自我を持つまでになった。つまり、この装置は思念石を増やし、記録し続けることで際限なく、深く、広く、大きくなっていく。それは人属を何時かは超えてしまうことを意味する ———


「お前は、この装置の …… 」

「そうさ、僕はエルマー・オクタエダルの思念を記録した装置さ。そしてその他にも多くの人属、魔族の思念も記録している。ロウもこの装置の一部の思念なのさ。その思念はローデシア帝を利用して目的を果たしているけどね」

と装置のエルマーは自慢げに喋っていた。


「君の知恵や知識もここに記録するば、永遠になるよ。そして、魔族に打ち勝つ新魔族をもっと増やそう」

とそれまで子供だったエルマーの姿は、壮年の紳士の姿に代わり、僕の頭を撫でた。


「貴様は狂っている。そもそも貴様と呼ぶべきか分からないが狂っている」

とその時、轟音とともに床が揺れた。


——— 魔族の城の下部から、幾筋もの光が外部に漏れた。そして、爆音とともに壁がが吹き飛び、最下層はサリエたちのいる場所を残して消滅した。しかし、上層部は何事もなく空中に留まっていた ———


   ◇ ◇ ◇


「セレは失敗した様ですね。でも安心して。この部屋は特別頑丈にできているから。それに城の下部とは切り離せるしね」

と壮年の紳士の顔と背格好で子供のようなしゃべり方で語った。


「おや、今の爆音でドラゴンたちがやって来たね。でも大丈夫。彼らはドラゴンよけで近づけないからね。魔法もブレスも届かないよ。すべてにおいて万全さ」

ともう独り言のように喋りつづけた。


「さあ、君の思念をもらおう。それからあのホモンクルスは解剖して、狼種のお付きは分解してしまおう。ああ、それから君のフィアンセ、ヒーナだっけ。彼女も記録しておくよ」

とまた手を伸ばしてきた。


「お前、駄目だ。錬金術史上最悪のできばえだ。欠陥品でしかない」

エルマーの手に何かが吸収される感じを堪え、歯を食いしばった。

歯を食いしばって、無音提唱を続けた。


 此奴の自慢話を聞きながら、そして喋りながら、心の中で錬金呪文を唱えた。

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