第155話 デーモン王の目的

 「エレサ様は、女王陛下をお守りください。私は魔族の王を抑えます。聖素慈雨が完了すれば、殆どの魔族、魔物は一掃されるでしょう」

とエルメルシア王は、私に進言してくれた。


「有難う、ではお言葉に甘えて」

と一時、分かれて討伐することにした。


 わずかな時間、共闘したが、エルメルシア王の騎馬の指揮の的確さは目を見張るものがあった。私は纏め上げ、敵の魔法陣を避けるに精一杯であったが、王は余裕さえ見せながら、自分の兵達を手足の如く使って行く。楔形の隊列、長蛇の隊列、雁行の隊列と目まぐるしく変形し、敵の意表を付いて、兵力を削っていた。それにケイさんの補助が的確で、タガーを巧みに使い、王に指一本触れさせなかった。


 そういえば、私を守ると言った、このバカ槍も中々なものと感じた。横に付いているだけで、こんなにも心強いことはない。


「サルモス、長蛇、そして楔形に展開、そのまま抜けて、再度繰り返す。敵の状況を見て鶴翼に展開し殲滅する」

と声と手のサインで、後ろのサルモスに伝えた。


 サルモスは良くやってくれている。しかし、兵の動きがやはり、エルメルシア軍に比べ劣る。一人一人は大きな違いは無いが、連携という点で不満が残る。


「続け、シン王国の騎兵の名に恥じぬ働きを見せよ! シン王国女王の天幕に敵を近づけさせるな」

と大型魔獣の足を傷つけ、周りのゴブリン達を切り倒して行く。


 バカ槍は、驚く様な槍捌きで敵を串刺しにし、大型獣の急所に突き刺して行った。そして、あの槍に刺された魔物、魔族は普通より大きなダメージを与えている様だ。ホブゴブリンなど一突きで大きな穴が開いていた。


 歩兵が展開して、弩級隊と聖霊師たちが魔族を消し去って行く。


 中央天幕の入り口付近の魔物の死骸が多い。良くみるとタン老師が双手剣を操りながら歩兵をまとめ上げ、竜妃達が大型魔獣を止めている。これならば、大丈夫だろう。


「サルモス、遊撃に入る。一旦、離脱」

と指示を出した。


   ◇ ◇ ◇


 いや、このお転婆姫は大したものだ。

 

 多分、俺より年下だと思うのだが、母親の怪我がひどいと言うのに、あの年頃の女の子が、ああも振る舞えるものだろうか?


 それに騎馬のまとめも、乗馬の技術も悪く無い。


 しかし、口が悪い。


   ◇ ◇ ◇


’騎馬隊がちょこまかと五月蝿い。デレクの奴が、後一押しの所で、手間取っている’ 上空から、シン王国の陣の様子を伺っていると、一隊の騎馬隊が魔族を蹴散らして、こちらへ進んでくるのが見えた。その後ろに歩兵に守られた聖霊師と聖水を内蔵した弩級隊が控え、魔物魔族を消し去って行く。


「人属め、思い知らせてやる」

とデーモン王は、黒い微小虫を投げつけたが、わずかな差で避けられた。そして逆に聖霊魔法陣が俺の周りを取り囲む。


「ああ、エルメルシアの小僧か。あいつはまずい。ノアピが、また暴走する可能性がある。急襲して殺す」

と、つい頭に血が上り、急降下して体当たりしようとしたが、


’ノアピが保たないか’

と思い返し、急上昇する。


’不便な体だ。ドラゴンどもの体当たりを喰らったら、ひとたまりも無い’

と思い直し、ファル城近くに移動して、

「ラスファーン! 奴らを抑えろ」

と命じた。


「しかし、城から兵が出て来てしまいすぞ」

と口答えして来た。


「まとめて、葬る。奴らを引きつけろ」

と怒鳴り返した。


 それ聞いて、渋々、迫ってくる騎馬に向けて眷族を展開した。


   ◇ ◇ ◇


 ――― はるか上空、黒いモヤモヤとした雲を纏った大きな鎌が、デーモン王の行動を見つめていた ―――


’デーモンの奴、体を張った攻撃は避けているように見えるな。やはり何かありそうだ’

とムサンビは考えた。


 思えば、ローデシア城での謁見の時、モーンは勝手に萎縮して殺された。モーンなら戦って勝つことはできなくても、逃げれたはずだ。何と言っても地獄門の術を奪われる前だったのだから。毒でも盛られたか?


 それに、地獄門を使えば、障壁の代わりにもなる筈だ。人属に体当たりしても問題ない。ひょっとして、あのアーデルの攻撃で地獄門の術が使えなくなったのかも知れない。


 とすると、俺にも運が回ってきたかも知れん。ローデシアの皇帝など、この鎌で一薙すれば、あの世行きだ。


 チャンスは一度だけ。


 しかし、あそこに居るエルメルシア王をどうするか。と言うより、俺が魔族の王になって、あの王と対抗できるのか? 格の違いを見せつけられた。そんな思いだ。

 

 あのエルメルシア王の言葉を聞いて以来、はるか昔に封印した家族の記憶が蘇ってきた。そして、俺と俺の家族を殺した残虐非道な王だったが、……… 仕えると言う喜びも。


『信頼されているかだと。そんな言葉は関係ないな。拙者は王を信頼している。それで十分』か。


   ◇ ◇ ◇


――― 生きとし生けるもの、草木、人属、馬、小動物、そして小川や大地。凡そ聖素を命の糧とするものから少しずつ、聖素の光がゆらゆらと立ち上がる。その光は空を満たし、そして、雨となって降り始める ―――


「もう駄目だ。俺は一旦退避する」

とラスファーンは、聖素慈雨から身を守る算段を考え始めた。


「おい、ラスファーン何処へ行くつもりだ? 」

とデーモン王は詰問した。


「お前の指揮は最悪だ。将軍や他の魔族を何かの道具のように使い捨てしている。一体、お前は何なのだ? お前は人属を葬ると言いながら、その実、魔族を弱体化している。お前の目的は何なのだ? 」

とラスファーンはデーモン王に向かって、怒りの抗議をした。


「くくくく、はははは、古い魔族や人属は俺に従っていればいいのだ。そして我が主人殿の糧になれば良いのだ」

とデーモン王は笑いながら、答えた。


「 ……… 我が主人殿? 」

とラスファーンは、全く想定外の言葉を聞いて、聞き返した。


「お前には、役に立ってもらわなければならない。コーリンのようにな」

と微小虫を飛ばして、ラスファーンの片腕を消した。


「おのれ、我が眷族ども、この偽の王を葬れ」

と眷族の大蛇を、デーモン王にけしかけると共に、自身も三つ頭の大蛇に変わりデーモン王を攻撃し始めた。しかし、デーモン王はいち早く、空に舞い上がり、両手で魔法印を結んだ。


 そして、

「さあ、お前たちの魔素を頂くとするか。人属の奴らが聖素慈雨なら、俺は魔素厄災とでも言うかな」

と呟いた。


 両手の魔法印から魔法陣が現れ、ラスファーンとその眷族、消滅せずに死んでいる死骸から大量の魔素が放出し始めた。その放出が急激すぎて、あるものは体が爆発した。


 ラスファーンは、

「き・さ・ま」

と断末魔の恨み言も虚しく、あっという間に骨と皮になり果てた。


「聖素慈雨のように、時間を掛けて少しずつなど、まどろっこしい。こうして集めれば、あっという間だ」

とデーモン王は自分の上空に魔素を集めた雲を作り出した。


「さあ、人属よ、聖素慈雨、いつでも良いぞ」

とデーモン王はニヤニヤしながら大声で呟いた。


――― 降り始めた聖素慈雨は、シン王国本陣あたりのデレクとその眷族、魔族、魔物を消すことができたが、デーモン王の周辺は魔素の雲で中和された。しかし、生き残ったのはデーモン王ただ一人であった ―――


   ◇ ◇ ◇


「魔族の王よ、すでにお前一人だ。北の大陸に帰れ! そして。もう来るな! 」

とヘンリーは、上空のデーモン王に迫った。


「ふっ、お前、なんか勘違いしてないか? 俺にとって、古き魔族など如何でもいいだよ」 

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