第109話 賢者の石 できるかな
―――薄暗い部屋に八つのライトが灯り、中央付近の四つの燭台を照らしている。燭台には火、水、風、土を表す宝石が設置され、宝石を通った光は、赤、青、緑、黄の色に変換される。そして、それらの光は、四つの燭台の対角線上で交差している。その交差したところの下に、魔を表す魔石が置かれ、上空には聖を表す聖石が吊るしてあり、六つの宝石が正八面体の頂点の位置に設置されている―――
「さてと、この六つの宝石に、私の四年づつの思念石を当てるのだったわね。でも順番は? ジェームズ 順番どうだっけ?」
と私は思念石を当てる順番があやふやになり、後ろにいるジェームズに聞いた。
もう、薬剤だと大辞典二四冊分、八万種類の薬の調合方法を覚えているのに、こう言う、所謂錬金術ってヤツが覚えられないのよね。
「ねぇ、ってば」
と答えないジェームズに少し大きな声で聞いた。
「ああ、ごめん。チョッと考え事していた。順番は、聖、火、水、風、土、魔だよ。六歳分を一回りして、君の場合、四回、巡ればいい」
―――思念石は、魔法使いたちが誕生日ごとに、念を込める石で、魔術師は杖など、新しい魔術具を創造する時に使い、聖霊師は新しい祈りの歌を作る時に使う。錬金術師は、主に賢者の石を作る時に使う。創造には念の力が強力な程良く、思念石の念を補助にする。もちろん他人の思念石では代用できない―――
’あら、私の歳、言われたようなものね’
「ありがと」
と言いながら、思念石をそれぞれの宝石に当てて思念を込めた。
’医学に使う賢者の石ができますように’
―――六つの石には、魔法陣が描かれていて、その魔法陣が思念を吸い取る。こうする事で、魔力がない初学者でも、念の力が強く、純粋であれば、指導者の元、賢者の石が作れるのである―――
「僕が作った、元素石だから、念は、他のより多く入るよ」
とジェームズが、声からしてドヤ顔をしているのが判る言葉で説明してきた。
全く、念が途切れたじゃない。もう一度。
’医学に使う賢者の石ができますように’
―――念を込めると、それぞれの宝石が光を放ち始める。この光の強さを均等にできるかどうかで賢者の石の錬成度が決まる―――
”ヒーナ様、火の念が僅かに少ないです”
と光を観察していたシェリーが助言してくれた。
シェリーは光の強さを正確に計算して、魔法通信で送ってきてくれるの。この時、ホモンクルスと息が合うかどうかが重要になるだよね。ジェームズとシェリーの場合は、多分、魔法通信も必要ないだろうなぁ。
”0.001パーミルの誤差範囲に入りました”
「ヒーナ、誤差範囲はどの位だって?」
とジェームズが、後ろから、聞いてきた。
「0.001パーミルだって。学生の時に作った精度の十分の一ね」
と答えると、
「もう一越え欲しいね。頑張って」
とジェームズは、他人事のように言ってきた。
ちょっと腹が立った。
それから、少しずつ、石を回りながら、シェリーの助言を元に思念の量を調整して行くのだけど、雑念が入ると光が弱くなり、結構大変だわ。
”ヒーナ様、0.00001パーミルの範囲に入りました”
「ジェームズ、0.00001よ」
と大きな声で言った。
「良し。では始めようか」
とジェームズが立ち上がって、近ずいてきた。すでに数時間が経っていて、私は疲れた。
「前の石がないから、これを使うね」
とジェームズが、火竜から貰っておいた鱗の小片を光が交差する場所に投げ入れた。
あら素敵。鱗は落ちないで浮かんでいるわ。確か、賢者の石の代わりに使うのは魔法物である必要がるけど、竜の鱗でも使えるのね。
「さあ、始めるよ。始めに僕が錬金陣を張るからね。そうすると君も錬金陣を張れるようになるので、後は君が主呪文を唱えてね。僕は補助で錬金陣を張るから」
とジェームズは言った。
私が頷くと
「僕、ジェームズ・ダベンポートが命ずる。今ここに賢者の石の錬金陣を開かんと欲す。混沌より生まれた、聖、火、水、風、土、魔の六大元素は、再び、ここに集まり、集合せよ」
とジェームズが唱えると宝石の周りに錬金陣が現れ、六つの宝石からキラキラと粒が中心の鱗に集まって行くのが見えた。
「さあ、ヒーナ、もう錬金陣が張れるよ」
と合図をくれた。
「私、ヒーナ・オースティンが賢者の石の錬金陣を開く。原初開闢のとき、混沌より分かれ、六大元素の発現の折、残りし賢者の石、今ここに私の求めに応じて、再び現れることを乞い願う……… 」
と長い呪文を唱え始めた。
そして、ジェームズは補助魔法で宝石の周りに小さい錬金陣を張り、分解の促進、調整をしてくれた。シェリーは私の呪文の速度に助言を与えてくれて、時々、少し先を教えてくれた。
途中で幾つかの魔法物を投入して、雲のような賢者の石の素が、大きくなって行くのを見た。
これで最後の結晶化呪文で賢者の石を結晶化するのね。
私がジェームズとシェリーに顔を向けると、ジェームズは腕で応援のポーズをして励ましてくれ、シェリーは頷いてくれた。
ここまで数時間、そして最後の仕上げの呪文を唱えるのよ。
「私、ヒーナ・オースティンが命ずる。すなわち聖、火、水、風、土、魔からなる賢者の石の雲よ、集合し、結晶化しせよ、極限まで集合せよ、聖、火、水、風、土、魔を頂点とする正八面体の原子は、規則正しく並び結晶化せよ、私の願いを形にせよ。混沌の中に残りし、賢者の石よ、今一度ここに結晶化し、その実を顕現せよ」
―――六大元素の雲の周りに八つの錬金陣が現れ、交差しながら、次第に小さく、雲を押し込んで行く。雲は青とも緑とも赤とも判らない光を放ちながら小さくなって行く―――
私たちは眩しさを軽減するメガネを掛けて、石の精錬状況を見守った。
「私の思念の強さが、試される時ね」
と呟いた。
「大丈夫だよ。君は僕の奧さんになる人なのだから」
とジェームズが呟いた。
’えっ、まあ、嬉しい’
と心中で言ったが、口には出さなかった。
そして、光で周りが白く、何も見えなくなり、最後に小さな爆発が起きた。
光が収まって、マスカット葡萄の一粒ほどの大きさの、賢者の石がゆっくりと回っていた。
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