第3話 ドキムカ

 ㅤ朝の会が始まっても、授業が始まっても、休み時間が終わっても。ねがいの姿はいつもの席に見えなかった。


 ㅤ帰り際に担任の先生から、願の家に行ってくれと言われた。なんでぼくがと聞いたら、日直だからと言われた。日直ってそんなこともするの。


 ㅤ願はどうやら風邪をひいてしまったらしく。数日休むため、選択授業希望表が出せないと。だからぼくが代わりにそれを受け取りに行かせられるらしい。


 ㅤ誰かの家に行くのは初めてじゃないのに。何となく胸がドキドキするのは何でだろう。


 ㅤ先生からもらった手書きの地図を道端でたまに開く。進んでる方向が合ってるか確認するため前を向くと、地図にも載ってる一本の木が目に入る。


 ㅤどこか見覚えがある。あれはたぶん、初めて学校に行った日に見た木だ。だいぶ早めに家を出て、いきなり道を間違えてここへ来たとき見た桜。今は葉桜だけど。この近くに願は住んでるのか。


 ㅤ桜の木を間に分かれる道で、左に進む。やがて見えてくる茶色の集合住宅。階段で二階に上がってメモされた部屋の前に立つ。かすかに震える人差し指でインターホンを鳴らす。


「はい」

 ㅤ応答したのは少しかすれたような高い声。そういえば願の声を聴いた覚えがない。

みちるだけど。選希せんきの受け取りに来させられました」

「……はい」

 ㅤ少し沈黙があった後の返事。何か嫌なことでもあったかな。中の方でトタトタ音がしたかと思うと、今度は突然ドアが開き、白い手と指に挟まれた用紙だけが伸びてくる。


「んっ」

「え?」

「んっっっ」


 ㅤどうやら受け取れということみたいだ。そりゃそうか。手に取ると結構な勢いでドアは閉まった。


 ㅤ数秒の出来事に何が起こったのかわからなかったけど、やがて階段を降りてくうちにだんだんムカムカしてきた。


 ㅤ何だあの態度は。わざわざ受け取りに来たのに。お礼も言わないで。


 ㅤ階段を降りて立ち止まったとき、ふと手に持った選希が目に入った。希望する授業の項目は、全部にチェック。お前マジかよ。

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