第98話 最後の戦いへ臨む前に

 最後のフロアに向かう途中――ここに至るまでの道程を思い出した。


 地下2Fから9Fまでの冒険。

 この《古代竜の巣》では、1F、3F、5F、7F、9Fと、奇数階層で属性違いのボスが出現しており、僕たちは長い時間をかけてそれを攻略してきた。

 見たこともない迷路のようなダンジョンと、見たこともない屈強な敵、見たこともない敵のスキル。

 ただでさえ攻撃力と耐久力の高いドラゴンたちに苦戦し、他のパーティーと一緒に何度も全滅してデスペナを受けながら、けれどそのたびに僕たちはプレイヤースキルを磨いて、チームワークを整え、他のプレイヤーたちと情報を共有リンクし、たくさんの経験値やアイテムを得て成長してきた。それは本当に楽しくて熱い冒険だった。


 だからこそだ。


 だからこそ、どうしても優秀なプレイヤーというものは目立ってしまう。

 僕は自分が優秀だなんて思わないけど、でも、この《守護天使の指輪》の――LUKのおかげで物理攻撃を無効化出来るし、ドラゴンたちの高いVITもクリティカルで無効化出来るため、自然と前衛で活躍することが出来た。

 レイジさんとビードルさんは言わずもがな、高い突撃力と防御力でパーティーを助けてくれた。

 もちろん、メイさんやナナミ、楓さん、るぅ子さん、そしてひかりだってそれぞれの役目をちゃんと果たして活躍している。みんながいたからこそ、僕たちはここまでやってこられた。それはきっと、一緒に攻略してきた他のパーティーの人たちだって感じていることなんじゃないかなって思う。

 同時に、きっとみんなが思っていたはずだ。

 このパーティーにおけるMVPは、一体誰なのか。



 それは――きっと琴音さんに違いない。



 一切の攻撃を捨てた支援特化のためのステータスとスキル、そして卓越したプレイヤースキルで僕たちみんなを、ひいては他のパーティーメンバーさえも救ってきた。琴音さんが僕たちみんなをまとめあげ、下支えをしてくれた。琴音さんがいなければもっとたくさん全滅していただろうし、何よりまだここまでは来られてなかっただろう。確実にそうだと断言出来た。


昔から多くのMMORPGで言われ続けている。

 パーティーにとって一番重要なのは、火力でも壁でもなく、みんなを支える支援職であり、誰よりも求められるのは支援職なんだ。高難易度ダンジョンにもなれば必須と言っていい。それくらい支援という役割は大切で、パーティーにとってなくてはならない要、生命線なんだ。

 それを、みんなはこのLROでも体感して知っている。

 だからわかるんだ。琴音さんの凄さが。

 そして判断してしまうだろう。

 ひかりと琴音さん、どちらが僕を上手くサポートしてくれているのか。

 そう、ひかりと琴音さんは、未だに勝負の真っ最中なんだ。

 でも……だから今だと思った。

 次の階層で勝負は終わる。決着がつく。

 その後に真実を告げることは、あまりにも酷だと思った。ここまで頑張ってきた琴音さんに対する裏切りだと感じた。いや、今まで黙ってたことだってそうなんだ。

 だからいい加減隠し事はやめるために、僕は言った。


「――琴音さん。ちょっと待ってくれないかな」


 足を止めた僕の言葉に、みんな何事かと同じように止まってくれる。

 琴音さんが首をかしげた。


「どうかしたの? ユウキくん」


 何度か深呼吸をする僕を見て、メイさんとナナミがすぐに察してくれたようで、メイさんは小声で「がんばれ~」と応援してくれた。生徒会のみんなも、僕が言いたいことをちゃんとわかってくれているみたいだった。


「……最後の階層に着く前に、琴音さんに話しておかないといけないことがあるんだ」

「私に?」


 うなずく僕。

 そして琴音さんが「何かしら」と聞く態勢を整えてくれたところで――僕は告げた。


 真実を。


 この指輪の力と、そこの至る事情。


 この指輪の力で強くなってGVGでレイジさんに勝ち、この指輪のおかげであの《ラトゥーニ廃聖堂》を一番にクリア出来て、生徒会や琴音さんに認められたこと。

 つまり、すべてはこの指輪のおかげであって、僕は今までそのことを琴音さんに黙っていた卑怯者なのだということ――。


 すべてを話し終えたとき、僕はじんわりと背中に汗をかいていた。緊張で足が震えている。

 けど、気付いたら三人がそばにいてくれた。


「ユウキくんっ!」

「がんばったね~よしよし♪」

「バカ。そんなになるくらいならさっさと言えっての」


 ひかりが、メイさんが、ナナミが。

 三人が笑顔でそばにいてくれたから、震えていた僕の心は救われたように思う。それに生徒会のみんなも見守っていてくれたから。

 だから、ちゃんと前を見られた。

 そこにいる琴音さんを。


「……というわけなんです。だから、本当の僕は琴音さんに好かれるような男じゃないです。騙そうと思っていたわけじゃないけど……でも、僕なんかのことを好きって言ってくれた人に、怖くて、なかなか言えませんでした。ひかりたちにはもう話すことが出来ていたのに…………すみませんでした」


 深々と頭を下げる。


 ……沈黙。


 その恐ろしい静寂に耐える僕の耳に最初に聞こえたのは、



「――ユウキくん」



 僕を呼んだ、琴音さんの落ち着いた声。

 真顔で、静かに僕を見つめていた。

 その瞳を見ることが出来なくて、僕は目をそらしてしまう。

 きっと、軽蔑されてしまうだろうと思ったから。

 でも、逃げるわけにはいかない。

 ひかりたちや、レイジさんたち、みんなにも話したことなんだ。ずっと琴音さんにだけ黙っているわけにはいかない。

 僕が本当に、心から誰かと接するためには、ちゃんと、全部話しておかなきゃいけない。でないと、僕を好きだなんて言ってくれた琴音さんに対して申し訳ない。

 だから、ただ琴音さんの言葉を待つことしか出来なくて。

 そして、琴音さんは言った――。

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