第93話 エロエロ大魔王ユウキ

「後ろの方も洗うわね。もう少し頭を下げてもらえる?」

「ははははいっ!」

「ありがとう」


 思いきり頭を下げる僕。琴音さんは後頭部の辺りも丁寧に洗い始めてくれた。


そして気づく。


 頭を下げすぎたせいで、頭が前方の琴音さんに当たっており、頭頂部が何か柔らかいものに触れてしまっていて……って、ここここれはあああああっ!?


「んっ。あ、あんまり動かないでもらえる? 少し、くすぐったいわ……」

「はははははははい!」


 琴音さんの声にドキドキしっぱなしで石のように固まる僕。

 細くて長い指が優しく頭を洗ってくれている感覚と、頭頂部の柔らかい感触があまりにも心地良くて、目を閉じているとそのまま眠ってしまいそうなほどだった。だけどそのリラックス感を吹き飛ばすほど心臓はドキドキしっぱなしで目は冴えまくっている。


「さて、じゃあ洗い流すわね」


 やがてまた頭にシャワーの温かいお湯が流れ、泡とお湯が一緒になって排水溝へ吸い込まれていく。

 琴音さんが「よし」と小さな声を上げた。


「頭はおしまい。もう顔を上げてくれて平気よ」

「は、はい……」


 そっと頭を上げる僕。


「次は身体ね」


 目の前の琴音さんはその手にボディタオルを握っており、そこにボディソープを染みこませていた。


「……わぁ!!」

「? どうしたの?」

「あっ、い、いえ……その……っ!」


 言葉を濁す僕。

 先ほど僕が急に動いてしまったせいだ。

 びしょ濡れになってしまっていた琴音さんの白いバスタオルの胸元が……こ、ここ琴音さんの、む、むむむ胸の先端が、わ、わずかに透けてるうううううう! 

 けど琴音さんはそのことに気づいている様子がない! ていうか装備を透けさせるとかこんなところまでリアルに作っちゃってたのLRO!? これ倫理コード引っかかるんじゃないの!?


「ユウキくん? さっきから様子がおかしいけれど……緊張しているの?」

「わぁっ! こ、琴音さんあんまり近くはっ!」


 身を寄せてくる琴音さんに思わず身を引く僕。


 艶やかに濡れた琴音さんの姿と……僕を見つめる大きな瞳。

 少し火照った頬。

 甘い匂い。

 こ、これ以上近づかれると僕の理性が崩壊してしまいかねない!


「うぐぐぐぐ……ダ、ダメです琴音さん……!」


 いやほんとだめこれやばいってやばいって! 

 そんな風に理性と戦う僕を見て――だけど、琴音さんはくすくすとおかしそうに笑った。


「え? こ、琴音さん?」

「ふふ――あ、ごめんなさい」


 なんだか楽しそうな琴音さんは、その口元を柔らかくして話した。


「あのね、緊張しているのは私だけかも……なんて思っていたから。ユウキくんも私と同じなんだとわかって、安心したの」

「琴音さん……も? え? き、緊張してたんですか?」

「ええ、もちろんよ。そうは見えなかった?」

「は、はい……なんだか、手慣れた様子だったので……」

「リアルでは、よく妹たちの身体を洗っていたからじゃないかしら。それに、そう見えるように振る舞っていたつもりだから。でも……私たちは一緒だったのね」


 ボディタオルを握ったまま、琴音さんが照れたように微笑む。

 その笑顔にまた僕はドキッとなる。

 琴音さんは、すごく美人だ。

 メイさんとはまた違って、こう、落ち着いていてお嬢様らしい美人さというか、同級生とは思えないくらい綺麗で大人っぽくて、安心して身を任せられる感じがする。

 この人が僕なんかを好きになってくれて、ひかりと勝負をして、そしてあまつさえこんな風にお風呂場で身体を洗ってくれるなんて、冷静に考えるとありえない展開だった。リアルじゃモテたことなんてないと思うし、今でも現実味がない。けど、今僕の目の前で起きていることは、ゲームの中だけどリアルなことだ。それがなんだかすごく不思議なことのように思える。


 そんな風に僕がぼーっとしていたら、後ろの方から声が聞こえた。


「おいこらユウキぃぃぃぃぃ! デレデレしまくってんじゃねーよ! このムッツリスケベ! エロエロ大魔王!!」

「うわっ! ナ、ナナミ!?」


 その声でハッと我に返る僕。そこで僕は、ようやく自分が琴音さんに惹きつけられまくっていた事実に気づいた。

 メイさんがうんうんとうなずきながら言う。


「う~む、やるね琴音! 本当にメイさんの同級生かと思うくらいの妖艶さだよ~。参考にしたいくらい! けど、ひかりはこのままでいいのかな?」

「え……」


 メイさんにたきつけられ、終始ぼーっとしていたひかりがようやくハッと口を開いた。


「さっきも言ったけど、この勝負は順番制じゃないんだよ。このままじゃ、ユウキくんは琴音の魅力に癒やしきられちゃって満足しちゃうかもしれないね」

「そうねぇ~。あんな子にあんな格好で迫られたら、思春期の男の子はイチコロよね~。ね~レイジちゃん? ビードルちゃん?」

「ぼ、僕に聞かないでくれ、楓くん」

「ふん。右に同じ」

「男子はああいう人が好きなんですね……メモしておきましょう……」

「おいひかりッ! このままじゃマジで負けんぞ! ユウキ取られていいのかよっ! あんなムッツリはすぐ浮気するかもしれねーぞ! なんとかしろっ!」

「ちょ、ちょっとナナミやめてよ! 浮気とかじゃないって!」

「うるせーエロエロ大魔王!」

「だから何それ!?」


 僕の抗議はバッサリ切られ、ナナミのジト目が突き刺さる!


「……わたし、は」


 そこで、ひかりと僕の目が合った。

 するとひかりが――ひかりの目が、キリッと強い意志のような輝きを宿す。


「――ま、負けません! わたしだって、ユウキくんを癒やしますっ!」

「! よっしゃそうだ行けひかりッ! 真っ正面から癒やしまくってこい! そんでユウキ奪い取れよ!」

「はいっ!」

「えええええ!」


 ナナミの声援に背中を押されるようにして、ひかりが僕と琴音さんの方に駆け寄ってくる。僕はただただ慌てるのみで、お風呂場で走るものだから転ばないかと慌てたけど、ひかりは無事に転ぶことなく僕たちの元へやってきた。

 僕の前に二人の美少女が並び立つ。


「ふふ、やっと来たのね」

「お、お待たせしました!」

「ええ。良い目ね、ひかり。けどユウキくんを癒やすのは私よ」

「わ、わたしだって負けないです! 次はわたしがユウキくんを洗ってあげます!」

「わわっ! ひ、ひかりっ?」


 そこでひかりが強引に僕の右手を引っ張り、僕は思わず転びそうになる。ひかりがそこまで積極的になったことに、僕も琴音さんも驚いていた。


「ユウキくんっ! わ、わたしが身体を洗いますからっ、あの、かゆいところとか、洗ってほしいところか、な、なんでも言ってくださいねっ!」

「ひ、ひかり? いや、けど」

「待ちなさいひかり」

「わわわっ!」


 と、そこで今度は逆の左手を琴音さんに引っ張られて声を上げてしまう僕。


「先にユウキくんを洗っていたのは私よ。隅から隅まで私が責任を持って洗うわ」

「い、いいえっ! 今度はわたしが洗います!」

「うわわわっ!」


 そしてまたひかりに右手を引かれ、さらに琴音さんに左手を引かれる。


「譲らないということね?」

「は、はいっ!」

「ええ、わかったわ。けど、これじゃあ埒が明かないし、二人でユウキくんの身体を洗う、というのはどう?」

「はい。大丈夫ですっ!」

「決まりね。それじゃあ勝負再開よ」

「わ、わかりました!」


 僕を間に挟んでひかりと琴音さんが視線をスパークさせ、お互いにボディタオルをわしゃわしゃさせて泡を作り、僕の右手をひかりが、左手を琴音さんが洗い始めた。

 ええなにこのラブコメみたいな展開! めちゃくちゃ幸せ――ってそうじゃない! さすがにされれるがままはなんかやばいって! あっメイさん笑ってやがる! くそこっちは笑ってる場合じゃないってのに! どうすればいいんだよこれえええええ!

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