第88話 《プリースト》琴音
琴音さんの前に出た僕は、双刀を取り出して早速の警戒態勢をとる。
2Fには安全地帯なんてものはなく、いつどこから敵が現れるかわからない。狩り場として現在も賑わいがあるおかげで、他の人が倒したモンスターが別の地点にすぐ湧くからだ。
「琴音さん。僕が前衛で叩いて、琴音さんが後方で支援、って形で大丈夫ですか?」
「ええ、それで問題ないわ」
「わかりました。もしタゲがいったらすぐ僕になすってくれていいのですからね」
「ありがとう」
「いえ、それじゃ行きま――」
と会話をしている隙に、早速琴音さんの背後に《デス・クリーパー》が湧く。
「! 琴音さんッ!」
琴音さんはすぐに気づいて僕の方に駆け寄り、僕はすれ違いに《デス・クリーパー》へクリティカルを一撃たたき込んでタゲをとる。
「コオオオオオオオオ……ッ!」
構え直した鈍色の
こいつは2Fの雑魚敵の中では最も強く、四体の《レイス》を従えており、《レイス》たちがやられたらすぐに再召還してくる。その上で自身は高火力の闇呪文で攻撃してくるという面倒な相手だ。しかもこちらの攻撃を《レイス》を盾にして防ぐため、呪文をキャンセルさせることも難しい。本来なら《メイジ》系の広範囲呪文でまとめてダメージを与えるのが楽だけど、今はそれは出来ない。とりあえずダメージ覚悟で僕がゴリ押しするのがベストかな。
と思っていたら――
「《プリエ》! 《ゴスペル》! 《エンゼル・フェザー》! 《ホーリィ・ブレス》! 《セイント・ヒム》! 《フェイス》!」
僕の身体が柔らかな光に包まれ、双刀が輝き、天使の羽のエフェクトが舞い、全身に力が充ち満ちていく。具体的には全ステータスが底上げされ、武器に聖属性付与がされ、光のバリアが僕を守り、攻撃速度が上昇、HPが増大されている。そして――
「《グローリア》!」
琴音さんが最後に唱えたその支援呪文で、僕の頭上で鐘の鳴るエフェクトが発生。
僕は驚愕した。
このスキルは対象の放つクリティカルダメージをわずかな時間だけ倍にするプリースト専用呪文。しかし、支援プリでさえほとんどの人が取得していないといわれる“死にスキル”だ。なぜなら安定してクリティカルを出せる職業もスキルも現状ではほとんど確認されていないし、通常攻撃でクリティカルを狙って出せる人なんて僕以外いないだろう。それはつまり、LUKの明確なメリットを知ってる人が未だにほとんどいないということなんだけど、その上で、このスキルは効果時間がたった十秒しかないんだ。
僕がLUK剣士であることが知られて、少しはLUKに振る人も出てきたけど、LUKは10や100振ったところで効果がわかりやすく出るステじゃない。僕のようにバカみたいにLUKの高い人間でなければその恩恵は受けづらい。あとは生産系の《マーチャント》くらいのものだろう。
にもかかわらず、琴音さんがそのスキルを取っていることに僕は驚き、そしてそれが嬉しかった。自分のLUKが認められたような気がしたからだ。
そして――
「――え?」
声が出る。
琴音さんは、僕を見て微笑んでいた。
まるで、“これはあなたのために取ったスキル”だと、そう示すように。
本当に、完璧な支援だった。
効果時間が長いものから順番にかけられ、高いDEXのおかげかスキルディレイもほとんどない。HPが減ればすぐに《ヒール》が飛んでくる。これ以上ないほど的確で、かつ十二分な支援だ。LROでここまで豊かな支援を受けた経験がほとんどなかった僕にとって、それはもはや感動的ですらあった。
興奮に胸が高鳴る。
だから、思わず手にも力が入った。
「行きます! ――《双刀独楽》!」
まずは範囲スキルで《レイス》四体をまとめて瞬殺。とんでもないクリティカルダメージは《レイス》を7回は倒せるほどのオーバーキルっぷりであり、身震いが起きる。
「すげぇ……! 《ソード・ダンス》!!」
そのまま《デス・クリーパー》へ現在最大の高火力スキルをたたき込み、一撃で倒してやろうと思った僕だけど、《デス・クリーパー》が《ダーク・フェザー》スキルを使っていたため、物理攻撃が半減されてギリギリで倒しきれなかった。これは敵専用のスキルで、プレイヤー側の《エンゼル・フェザー》の強化版スキルである。さすが専用スキルずるいな!
しかも《デス・クリーパー》は即座にレイス四体を召還し、その間に高レベルと思われる呪文を唱え始めた。
「! 《双刀独楽》!」
再び範囲スキルでレイスたちを粉砕するが、相手の詠唱が早すぎる。キャンセルさせるのが間に合わない!
と思ってたんだけど、
「――《ネメシス》!」
天から目映い光がレーザーのように降り注ぎ、《デス・クリーパー》に直撃。敵の呪文はキャンセルされ、聖属性ダメージがHPを大きく削る。光に包まれる光景は、まるで敵が昇天していくかのようだった。
「ユウキくん、今よ!」
「あ、う、うん! はああああっ!」
そのまま通常のクリティカル攻撃を何発かたたき込んで《デス・クリーパー》を撃破。
振り返る。
琴音さんが杖を掲げて言った。
「デビュー戦はこんなところかしら。それにしてもユウキくん、やっぱり強いのね。支援のし甲斐もあるわ」
自信に満ちたその表情は、とても楽しそうであり、とても嬉しそうでもある。
まったくやられる不安のない完璧なサポートを施し、前衛のピンチを《プリースト》の数少ない攻撃スキルで救う。完璧な支援だった。それに、あれだけのスキルを使っておいてMPにはまだまだ余裕がありそうだ。さすがは高INTプリ。
僕はそこで尋ねて見た。
「琴音さん、あの、さっきの《グローリア》は……」
「ええ。伝わったかしら? もちろん、ユウキくんのために取ったスキルよ。だって、クリダメばかりたたき出すあなたにとっては、何より最高の支援スキルでしょう?」
予想通りの返事が来て、でも、やっぱりさすがに驚いてしまう。
「ぼ、僕のために……でも、他のスキルを圧迫しますよね? 重要なスキルのレベルが上がりきらなくなる可能性もないですか?」
「そうね。でもこれが予定通りだから問題ないわ」
「予定通り?」
「ええ。私、ユウキくんの支援にふさわしいプリになるために、ステやスキルの予定を予め決めていたの。その通りに進んできているから、何も心配いらないわ」
「えっ!? ぼ、僕にふさわしい支援に……なるために……?」
「ええ」
そんなことをサラッと話す琴音さんは、当然とばかりに落ち着いている。
それから琴音さんは歩き出し、僕の方を振り返って言った。
「さ、行きましょうユウキくん。私の支援で、とっても気持ち良くしてあげる」
「琴音さん……はいっ! お願いします!」
いつかはだいぶ苦戦もしたこのダンジョンだけど、この人の支援があるなら、2Fも問題なさそうだ!
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