第37話 たまには甘えてもいいですか?

 ああ、なんだか妙に緊張してきた。

 メイさんは僕の前に正座して嬉しそうに言った。


「それじゃあ甘えてもいいですかー?」

「ど、どうぞ」

「わーい♥」


 メイさんはキャピキャピしながら僕の膝枕に頭を乗せて寝っ転がり始める。こんなこと誰かにするのは初めてだから、股に感じるなんとも言えない重さと感覚に妙な気持ちになった。


「おお~、これが膝枕なんだねぇ……。メイさん、実はお母さんにもしてもらったことがないから初体験だよ~。ふふ、メイさんの初めてのお相手はユウキくんだね♥」

「誤解されるようなことを言わないで!? ていうかメイさん、普通こういうのって逆じゃないですか? 女の子が男にするようなものだと思ってたんですけど……」

「一般論はどうでもいいじゃない。メイさんは、こうやって膝枕してもらえて嬉しいよ~? ほらほらユウキくん、メイさんの頭撫でて? ね?」

「え、ええ? そこまでするんですか?」

「いいからはやくはやくぅ~」

「はぁ……あーもうわかりましたよ。この際どこまでも付き合います」

「えへへ、ありがと♥」


 言われるがまま、ワクワクした様子のメイさんの頭をそっと撫でる。

 メイさんのサラサラした髪はすごく撫で心地が良くて、指の間を通り抜ける髪の感覚がちょっとクセになりそうなくらいで、そのたびにふわりと良い香りが漂ってきた。なんだかやってるこっちが癒やされてしまう感じだ。


「次は、『頑張ったねメイ。偉い偉い』って言いながらお願いねっ」

「……頑張ったねメイ。偉い偉い」


 無駄な抵抗はせず、言われたままのことを口にしながら頭を撫でる。

 メイさんは目を閉じて、とてもリラックスしているようだった。


「はぁ~…………甘やかされるって、こういう気持ちなんだねぇ……」

「喜んでいただけたら幸いですお嬢様……」

「あれ? ユウキくんてばそういう冗談も言える子だったんだ? ふふ、なんだか嬉しい一面を見ちゃったな。でも執事みたいでいいね。ねぇ執事さん、もっと撫でて撫でて♪」

「し、しまった。適当に言ったことが仇にっ」

「ほらぁ~執事さ~ん」

「はいはいわかりましたよお嬢様!」

「はふぅ……」


 そのままメイさんの頭を何度も撫でる。

 メイさんはとても心地よさそうな吐息を何度もするものだから、ついドキドキしてきてしまう僕。放課後の教室で何をやってるんだろうと、もし誰かに見られたらどうするんだと、そんな緊張感がドキドキをさらに強めていた気がする。

 そんなとき、教室に下校時刻が近いという放送が流れて、視界のログにも下校時刻のため速やかに下校を、という表示がされる。


「あの、メイさん? そろそろいいですか? もう下校時刻で――」


 そこでメイさんを見下ろして、僕は固まった。

 僕の膝枕で横になっているメイさんが、両手で目元を拭っていたから。


「……メ、メイさん? あれ? な、泣いてるんですか? メイさんっ?」


 それにはさすがに慌ててしまう。まさか僕が何かしてしまったのだろうかと。


「あはは、ごめんねユウキくん」

「僕のことよりどうしたんですかっ? な、何かしちゃいましたかっ!?」

「うぅん、違うんだよ。心配しないで。ただ……嬉しかったの」

「え……?」

「メイさんね、中学までは結構厳しく育てられてましたから、甘えるのがこんなに嬉しいことだなんて忘れちゃってて……だから、ユウキくんにたくさん甘えていたら、なんだか、子どもの頃をいろいろと思い出しちゃいまして。メイさん、不覚にも泣いてしまいました。きゃー恥ずかしいっ。これはユウキくんのお嫁さんにしてもらわないといけないかもねっ」

「メイさん……」


 放送の声が聞こえる中、メイさんは何度か涙を拭って、それからちょっぴり赤くなっていた目でニッコリと笑い、起き上がった。


「なーんて冗談だよっ。よーし、それじゃあお返しにメイさんも膝枕してあげます! はい、ユウキくんどうぞどうぞっ」

「ええっ!? い、いきなりどうしたんですか!」

「いいからいいからっ。ほら、もう下校時刻だから少しだけだけど、どうぞ。メイさんの衣装はミニスカだから、ふとももの感触が直に味わえるよ♥」

「で、でも」

「も~いいからはやくぅ~~~時間ないよぉ~?」

「……はぁ。わ、わかりましたよもう……」


 この人には逆らっても無駄だと判断し、今度は僕がメイさんの膝枕に頭を置いて横になる。


「うんうん、良い子だねユウキくん。よしよし」


 うわ、な、なにこの感触……! 

 柔らかすぎずに弾力があって、しかも目の前にはメイさんの顔がある。良い匂いはするし、同級生の女の子に膝枕してもらっているという非日常な展開にドキドキが加速していた。頭を撫でてもらう感覚も、こそばゆいような気持ち良いような妙な感じで、だけどこちらもクセになりそうな心地よさがある。や、やばいぞこれ!


「ふふ、どうかなメイさんの溢れる母性は? 骨抜きになっちゃった?」

「うう……な、なんか自分で言うだけのことはあるような……こ、これが母性……」

「あはは、よしよし良い子でちゅね~♪ 大丈夫? おっぱい吸う?」

「ぶっ!! ちょ、な、何ですか急に! 女の子がそんなこと言っちゃダメですよっ!」

「え~? でもバブバブな赤ちゃんに吸わせるのは普通だよ~?」

「ぐっ……そう来るか……!」

「まぁ~赤くなっちゃって~可愛い♥」

「か、完全に子ども扱いで遊ばれている……」


 メイさんの方から顔を逸らして逃げる僕。そんな僕の頭をメイさんは優しく撫で続けてくれた。


「ふふ。でも、メイさんをちゃんと女の子扱いしてくれるんだね。ありがとう。嬉しいよ♪」

「うう……」


 そんなこそばゆい膝枕タイムもほんのわずか。

 すぐに完全下校時刻を示すチャイムがついに鳴り響き、強制退出される時間が迫っていた。時間を越えても学校にいると外に自動転送されてしまうのだ。

 その音の中、メイさんの膝枕に後ろ髪を引かれつつも起き上がろうとした僕にメイさんが言った。


「ユウキくん、今日はわがままを聞いてくれてありがとね」

「え?」

「メイさん、とっても幸せな気持ちになれました。いっぱい甘えさせてくれてありがとう。これからは、メイさんもたくさん甘えさせてあげるからね♥」

「メイさん……はは、こちらこそ、ありがとうございます」

「うん。あ、それともう敬語はやめてくれるとメイさん嬉しいな? なんだか遠巻きにされてるみたいで寂しいし、同級生なんだからさ。それに、こうして膝枕なんてしちゃった関係同士でしょ? ねーユーくん♪」

「あ……そういえば、なんか自然に敬語使ってたんですよね。うん、わかった。じゃあ……えっと、これからはこんな感じでいいかな? メイさん」

「うん、ありがとうユウキくん。それじゃあ帰ろっか?」

「だね。――よっと」


 膝枕から起き上がり、二人でインベントリに荷物をしまってから教室のドアを開ける。

 ちょうどチャイムが鳴り終わったそのタイミングで、そこに教室のチェックをしに来たらしいリサ先生の姿があった。


「あら? ユウキくんとメイビィさん。教室に残ってテスト勉強でもしてたの?」

「は、はい。勉強を教えてもらってたんです」

「そうなんだ、感心感心。あ、でも不純異性交遊はしてないでしょうね? システム上、そ、そういう行為は出来ないようにロックされてるけど、二人にはまだ早いからねっ?」

「いやいや、し、してるわけないです。ね、メイさん?」


 軽く話を振ったら、隣のメイさんはなぜかもじもじとしており、


「……う、うん。何も、し、してない、よね……?」


 と、頬を赤らめながら純情な子みたいに恥ずかしそうに目を伏せて太股を合わせる。あれ!? いつものメイさんと全然違いますが!?


「ちょ、何その意味深な感じは! メイさんこんなときにボケないで!」

「……ユウキくん? 本当に、メイビィさんとは何もないんだよね?」

「何もないですないですないです! そ、そうだよねメイさんっ!」


 必死に尋ねる僕に、しかしメイさんは――



「ユウキくん……また、甘えさせてね?」



 と、そう言ってから「キャー」と照れたように教室を飛び出して言った。


「え、え、ええええっ! ちょ、メイさーん!?」

「ユウキくん……先生、詳しいお話が聞きたいです……指導部屋に飛ぼうね……?」

「いやいや本当にそんな違反行為はしてないんですって! ちょ、メイさん待ってよ! おいこら戻ってこい! ちょ、メイさぁああああああん!」


 そんな風に最後までからかわれまくった僕は、それから笑顔で戻ってきやがったメイさんと一緒にリサ先生の誤解を解き、ひどく疲れながら寮に戻った。まったくひどい勉強会になったよ!


 だけど……そんなことがあったおかげで、僕はメイさんとの間にあった大きな壁を一つ壊し、メイさんとよりギルドメンバーらしい関係になれたかな、なんて、そんな風に思えたことがすごく嬉しかった――。



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