陰キャ童貞が、暗黒VRMMOをハーレムなしに楽しむ冴えたやり方

月見山 行幸

月と花と銃と血と

第1話 プロローグは月の光と共に

 警告


 プレイ結果次第でショック死することがある。深刻なPTSDに罹患することもある。

 プレイすることで被るあらゆる損失、不快さに、運営はいかなる補償もしない。

 VR内での強姦を含む犯罪、マナー違反を運営は禁止しない。運営はそれへの報復も禁止しない。

 システムに対する攻撃を禁じる。行った場合はプレイから排除する。

 プレイ内容を詳細に外界へ公開することを禁ずる。公開したことで現地司法警察機関など行政介入を誘引した場合はプレイから排除する。

 運営は自由と高機能VRに邁進するため、快適と権利を保障しない。

 プレイヤーは権利も快適も自らで獲得せよ。

       Gun & Phantasic Frontier 運営管理者

 

 

 1年半前。


 丸く満ちた月が、藍色の夜空に浮かんでいた。

 優しい光を、沢渡俊さわたり・しゅんという少年に投げかけている。

 彼の通う高校の屋上、そのフェンスの外、ひさしになっているわずかなでっぱりに腰掛けている彼に投げかけている。

 彼がわずかに前にのめれば、5階の高さから落ちて、命を失うだろう。

 そうした状況なのに、沢渡の表情は澄んでいた。目に恐怖の色がわずかにも差していない。

 姿は高校の制服姿、しかし靴はフェンスの内側にそろえておいてある。

 覚悟は決まっていて、ここに到着して5分でひさしに腰をかけた。

 彼はありふれた少年だった。クラスから孤立していじめを受けて自殺を試みる普通の少年。

 そんな沢渡が、死ぬ寸前で月の美しさに気づいた。世界の美しさに気づいた。

 そしてふと頭をよぎる脈絡のない考え。

「フルダイブVRで見る月は、これほどきれいなのだろうかと」

 彼は思い出す。フルダイブVRに全部賭ける。だめだったら死ぬといっていたMMOのフレンドを。

 彼ならば、最後に話すのも悪くない。

 そう思って、沢渡はMMO専用の通話アプリを立ち上げた。

 ログインしてるだろうか? そんなことを思いながら、フレンド欄を確かめる。

 彼はいた。キリクという名前が明るくなっている。

 挨拶をしてすこし話したいというとキリクは快く応じてくれた。

「フルダイブVRの話、どうなったかなって?」

「おう! シュン! あれかっ! 実は制作途中なんだけどすごいのが一つあるぞ」

 沢渡は思わずにこりと微笑んだ。キリクの声があまりにも興奮で弾んでいたからだ。

「こないだ招待体験会に行ってきたんだけど、あれは他のとは違う。まじで別格。くぅー、あと1年ちょいが待ち遠しい!」

 沢渡はキリクの声に驚く。

「1年! そんなに早いんだ」

「おう、理想の未来はすぐそこだ! シュンもどうだ?」

「……受験が終わればだねー」

 今日死ぬと決めていたはずなのに、沢渡は未来のことを語ってしまっていた。

 沢渡はそれがなにかとても滑稽に感じる。

「大丈夫大丈夫! 体験会でサービスインが再来年の1月っていっていた。受験が終わっても、まだサービス開始から1ヶ月ちょい。しかもあれは完全招待制にするみたいだからいける」

「完全招待制? なにそれ?」

 もうすぐ自殺する人間が、なにを話しているんだろうか? と思いながら沢渡はたずねた。

「招待コードをもつ人間しかプレイさせない方針なんだよ。なんせ」

 そういうとキリクは声を低くした。

「殺人あり、セックスあり、ドラッグあり、銃ありの Anything-goes VRMMOだからな」

 沢渡は一瞬意味を捉え損ねた。そして頭にその言葉がしみこむと、呆然とした。

「そんなの警察とかフェミとかポリコレ連中が許さないんじゃ? 大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないから招待制なんだよ。ゲーム内容を細かくばらしたらBANとか、招待コードは紐付けされてるとかいろいろあるし、この間の体験会だってメディアはシャットオフ。正直儲ける気ないだろって思うぐらいだね」

「なにそれ、運営頭おかしい」

「うむ。だがそこがいい!」

 沢渡は自殺しようとしている自分のことを棚にあげて、運営をけなした。

 開発費の回収とか運営費の捻出とか、どうするんだろう? としか思えなかったからだ。

 だが、キリクは細かく考えていないようだった。

「俺はさ、フルダイブVRMMOといいながら偽物ばかりの今にはうんざりなんだ。他人やNPCに触れないわ、卑猥な言葉には自動的にマスクがかかるわ、出血もなければ、欠損表現もないわ、アバターの胸も揺れないわ。そんなお子様向けの安全安心遊園地なんて、くそったれといいたいね。だけどあの運営は根性が入ってるし、VRMMOというものをわかっている。だから待つ。あそこの運営がだめなら、もう全部だめだから俺は死ぬ」

「キリク、死ぬとかっておおげさだよ」

 キリクのけなしに沢渡は、概ね同意して、そして最後の文句にすこし笑う。

 だが、キリクの声色に冗談の色はなかった。

「いやー、まじで俺の生きる望みはあのVRMMOだけなんだよね。どうせ恋愛も結婚も望みゼロだし、仕事もくそだからなー。30才超えて俺みたいな無能なおっさんがだらだら生きたってしょうがないよ。だめなら終わり、死亡! それがいい」

 沢渡はキリクの透徹した絶望の気配を感じて、何も言葉を返せなかった。

 だがキリクはそれを気にせず続けた。

「それでさ、シュン、おまえもやんない? 受験が終わってからでいいからさ。招待コードなら送るぞ? なんでもありだと信頼できるフレンドがほしいんだよ」

 キリクが沢渡の自殺を止めようとしているわけではないのはわかった。ただ彼はゲーム攻略の都合を語っただけだった。

 けれども、キリクは沢渡を誘った。それはクラスで孤立した沢渡の心に沁みた。

 勘違いや思い上がりかもしれなかった。でもフルダイブVRMMOとやらがくそであることを確かめてから死んでもいいんじゃないかとも思ったのも確かだ。

 知らずにあふれ出した涙が沢渡のスマートフォンにしずくとなって落ちる。

「……ゲームの名前は?」

 声がひび割れていたのを悟られなかっただろうか? 沢渡はそんなことを考えていた。

 泣いているなんて知られたくなかったのだ。

「ガン&ファンタジックフロンティア(Gun & Phantasic Frontier)。待ってるからな」

 礼をいって通話を終わる。

 月は変わらずに美しく、夜空に優しい光があふれていた。 


 その高校は1年半にわたって、自殺者を出すことはなかった。

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