高木浩也の逡巡
目指すべきもの
入社して一週間、なかなか疲れた。
仕事が難しいとかよりも、人間関係が上手くいかない。
まず、口調。
高校生まで、先輩、先生、に関わらずタメ語を使ってきた俺は、敬語を上手く話すことが出来ず、どうしてもたどたどしくなってしまう。
「これは俺がやるます」
普通というのはなかなな難しいと、俺は思った。今までやって来なかった自分のせいでもあるのだけど、なかなか大変だった。
それとあと、感情のコントロール。
課長からあれこれ命令されると、つい俺は声を荒げて、課長を殴りそうになる。
「おい、高木、これやれ」
なんで俺なんだよ、いつもそう口に出してしまいそうで、怖い。
まあ、とにかく俺は環境に慣れてなかった。
* * *
俺はその時、集中力を欠いていた。
慣れないことばかりの仕事や、
慣れないことばかりの上司との関係や、
慣れないことばかりの社会的マナー、
などなど、新しい環境によるストレスが溜まっていた。
入社して1ヶ月経ったことも、焦りにも繋がっていたのかもしれない。
俺は単純なミスをした。
『69枚』を『96枚』と勘違いして、僕は注文より多く、紙を印刷してしまった。
「なにやってんだ! 数字も読めないのか! このアホたれ」
「本当にすいませんした......」
俺は本気で謝った。
自分の見間違いで迷惑をかけたのだから。
「本当に使えねえ奴だな」
吐き捨てるように言った課長を殴りたいとは思わなかった。
自分が悪かったのだからしょうがない、その時はまだそう思えることができた。
* * *
「おい、高木、お前なにやってんだよ」
俺は急に呼び出され、急に課長に怒鳴ら
れた。
「何のことですか?」
「お前、余分に発注しただろ」
「は?......何のことでしょうか?」
「お前、自分のミス誤魔化そうとしてんじゃあねえよ。お前がやったんだろ」
俺はその時は気づかなかった。
自分に失敗を擦り付けられていることに。
「おい、謝れよ」
「......えっ、あっ....はい、すいません」
とりあえずは謝ったけど覚えはなかった。
* * *
「おい、高木、ちょっとこい」
翌週、俺はまた課長から呼び出された。
「なんですか?」
「お前またやっただろ」
「何のことでしょう?」
「しらばっくれてんじゃねえよ」
そして、また俺は課長に謝った。
何もミスしてないのに。
「高木、お前そんなミスしたか?」
課長から怒鳴られて、デスクに戻った時、佐原雅人がそう俺に言った。
「してないです。覚えがないっす」
俺がそう言うと、彼はそうかと言って俺に背を向けた。
その翌週も、俺は課長に謝った......
* * *
もう、限界だった。
お袋に電話して、会社を辞めることを伝えると、お袋は少し悲しそうに「それはしょうがないね」と言った。
お袋に課長のことは相談したけれど、お袋に伝えても俺への当たりは変わるはずもなく、結局会社を辞めることに決めた。
『退職願』を書いてあとは出すだけだった。
* * *
昼休みを告げる鐘がなり、俺は『退職願』を持って課長の所まで歩みを進めた。
あと、数歩で課長の席。
そんな時、俺の横からさっと、佐原雅人が現れた。本当に急に、現れた。
「課長、って子供大好きなんですよね。いつも子供ばっかり見てるから分かります。
あっ、高木の姪っ子がすごい可愛いらしいので今度連れてきてもらいましょうか」
佐原雅人は意味不明なことを言った。
だが、その言葉に課長は固まっていた。
「お前、なんで.........」
「とりあえず高木に謝った方がいいんじゃないですか? これからのことを考えると」
全くもって意味不明なやり取りだった。
「.........高木、すまなかった」
課長は俺に謝った。
意味がさらに分からない。
でも、またこの佐原雅人が助けてくれたんだろうなということは、なんとなく分かった。カッコイいと、思った。
その時から雅さんは俺の
いや、僕の憧れになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます