まるで水野


マトリックス打線に唯一引けを取らないしろくまの1、2、3番は、二回り目も鳴沢に翻弄された。


鴻野も京川も水野も、まったく自分のスイングをさせてもらえなかった。

まさにパーフェクトマシンの真骨頂だ。



“ 肌がヒリヒリするような好ゲーム ”


息を呑む展開。

それは絶妙な制球力を持つピッチャーと、完璧な選球眼を備えるバッターのハイレベルな対決 ……そして堅い守り。

見ている者が思わず“ おー ! ” っと声を出してしまうような美技。


そのふたつがあって初めて成立するものだ …と俺は思っている。


打撃戦には必ずピッチャーのコントロールミスがあり、大抵の場合守備や走塁のミスがあったりする。

ミスから生まれるシーソーゲームに決してヒリヒリはしないだろう。



日本シリーズ第6戦は、間違いなく肌がヒリヒリするような好ゲームとなった。


草薙も鳴沢も見事な制球力、見事なピッチング内容だった。

そして互いに譲らない好守備の連発。


そんな緊迫の投手戦。

0ー0で迎えた5回表。

マトリックスの司令塔、加治川翔に先制の一発が飛び出した。


草薙の膝下に食い込む完璧なスライダーを掬い上げた技ありのホームランだった。

加治川はこれで日本シリーズ3本目。

やはりマトリックスに下位打線はない。


草薙が好投している限り、投手力はマトリックスと互角であろう。

守備力も走力もしろくまは引けを取らない。


だが打力が問題にならない。

特に5番以降に雲泥の差があった。

ホームラン王を獲得した5番オルランドは言うまでもなく、6番マルチネスもしろくまなら文句なしの4番打者だろうし、7番加治川も8番繁宮もしろくまなら上位を打つだろう。

逆にしろくまの下位打線はマトリックスに行けばレギュラーにもなれないような気がする。

悲しいがそれが現実だ。



5回裏。


5番森田からの攻撃。

鳴沢はケースケのウィークポイントを攻めたてる。

前の打席もそうだった。

追い込んでからのインハイ。

滅多に投げない鳴沢の140台後半のストレートは、ケースケの目には160キロを超える豪速球に見えるだろう。


球速に押された苦し紛れのスイング。

バットの先っぽに引っ掛けた。

平凡なセカンドゴロ。

当てただけのバッティング。


ワンナウト。


シンカーが苦手な6番トーレス。

初球緩いシンカー …2球目高速シンカー …3球目にボール球の高速スライダーをインコースに見せておいて、最後はアウトコースぎりぎりのチェンジアップ。


打ち上げた。

当たり損ねのサードフライ。


ツーアウト。


鳴沢は余裕のピッチングだ。

被安打は 1 。

ここまでしろくま打線を完璧に抑え込んでいる。


なのだが ……



7番のトシが打席に入った。


ずいぶんと大きく見えるのは気のせいか。


いつになく気迫を感じるのは ……


気のせいか。



最初の打席 …


センター前のヒット。


しろくま唯一のヒットを打っているのは、このトシだ。



高速シンカー、スローカーブ、スライダー、チェンジアップと四隅ぎりぎりに配球されていたが、しっかりとストライク、ボールを見極めた上で、高速スライダーを完璧に捉えた一打 ……まるで京川のバッティングを見るような体の回転の効いた一打だった。



・・・たまたま読みが当たっただけなのか ?




鳴沢の初球。


変化の大きい緩いシンカー。



えっ !



いきなり一閃した。



完全に捉えた打球。



今の振り ……



ライトの葛城が半身で疾走している。



・・・まさか



葛城がフェンスに手を掛けた。



背中を反らせるようにジャンプ。



・・・ ?



ライトスタンドが沸いている。



観客が両手を上げて飛び跳ねてる。



・・・入った ……のか ?



「ほぉ」



深町さんの間の抜けた声。



同点ホームラン。



・・・



今のスイング ……



まるで水野だ。


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