解離性障害


「どうしてこんな愚かな ……」


千葉が掠れた声で呻いた。


バットは今にも洋平の脳天に向かって振り下ろしそうなほどの、はっきりした殺気を放っている。



「お父さん、そんなに興奮しないでよ。お父さんは興奮するとすぐ暴力振るうから」


洋平には危機感の欠片もない。

その余裕と冷静さに、底知れない狂気を感じさせた。

洋平は父親を宥めて、ただ美摘さんと部屋に戻りたい。

そんな面倒臭そうな様子がありありだった。



「こんな事をして何が楽しい ?」


父親の言葉に洋平が苦笑をもらす。



「何が楽しい ? お父さんがそれを言う ? 笑わせないでよ」


「何っ !」


「自分に意見する不届者は、みんな力で押さえつける。反抗する者は排除する。ずっと自分が王様。子供の僕を暴力で押さえつけ、自分の意のままにしようとしたあの時と何ら変わらない」


「今、お前が犯している犯罪と何の関係があるんだ。誤魔化すなっ !」


「誤魔化してなんかないさ。権力を持った人間の支配欲の話をしているだけだよ。みんながビクビクしながら、顔色を伺う。逆らえば絶望の淵に陥れる。大声を出せば、誰もが自分の為に犬のように動く。それを眺めて悦に浸る。それはお父さんだけじゃない。政治家も、警察官僚も同じ。僕は子供の頃からずっと見てきたからね。だから僕はその頂点に立とうと思った。権力者や素敵な女の子を絶望の淵に陥れ、犬のように動かす。やってる事はお父さんと同じ」





・・・行けるか



右の太腿、ふくらはぎの筋肉を掴んでみた。

電撃のショックは薄らいでいる。

鈍いが感覚は戻りつつある。


動きが多少鈍くても、動けるなら洋平の気が父親に向いてる今、動くしかない。

洋平を跳ね飛ばして美摘さんを梨木に託す。


その後は何としても洋平を食い止める。


梨木を見た。

相変わらずレイと見つめ合っていた。

レイの目は、戸惑いから優しさに変わっているように見える。

動いてもレイは襲って来ない。

今はそれに賭ける。



あっ !


千葉がバットを振り下ろした。


洋平が頭を振って肩でバットを受け止めていた。



「また暴力」


洋平がバットを掴んで、父親の足元に叩きつけた。



・・・目



洋平の顔が変わった。



・・・ !



いつの間にかナイフを手にしていた。



あれは ……



異常者の顔だ。



もしかして ……



多重 …… なのか ?




ん ?



レイが ……


脱兎の如く駆け出した。


尻尾を丸め足音もたてずに ……まるでコソコソと、あっという間にリビングの奥へ消えた。



・・・どういう事だ ?



「いやぁ」


美摘さんが狂ったように叫んだ。


人形が生き返った。


両手で洋平の胸を突き飛ばし、逃げようとしていた。


洋平がすぐに襟首を掴んだ。


理性の欠片もないケダモノになっていた。


「俺を裏切るとお仕置きって言ったよなあ」


美摘さんの背中に向かってナイフを突きだした。

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