単なる野球バカ


・・・力がはいんねー


電気ショックで下半身が麻痺していた。



「美摘さんを ……返して」


梨木が洋平に木刀を向けていた。


左手一本だ。

やはり右手は麻痺しているのだ。


「珍しい武器を持ってるね」


洋平が梨木を一瞥して呟いた。



「レイ」


洋平のひと声で大きな犬が駆けて来た。

すぐに洋平の横で臥せる。



「ウェイト」


洋平はそれだけ言うと、もう梨木には興味もなさそうに背を向けた。



「ごめんね、なっちゃん」


床に崩れ落ちた人形を洋平が優しく抱きしめた。



梨木が一歩出た。


瞬時に犬が跳ね起きた。


唇を捲りあげ、梨木に前歯を向けた。


梨木の動きが止まった。


かなりデカい、シャープな体躯をした犬だった。



「ヤバい犬なのかな ?」


目を向けると、梨木が困ったように首を傾げた。



「グレードデーンは優しい犬種だよ。僕がGOって言わない限りはね」


洋平が少女を抱き起こしながら言った。



「さあ一緒に部屋にもど ……っ ! 」


突然、洋平が顔を顰めた。


千葉が洋平の背中にバットを叩きつけていた。

そのまま洋平に向かって上段にバットを振り翳す。

まさに鬼の形相だった。



「痛いなあ。お父さん」


洋平が父親に向き直った。

あの一撃に、さしてダメージはなさそうだ。

やはり鋼の筋肉。


「お前こそ、そのお嬢さんから離れろ」


「バットで僕を殴る。ずいぶん久しぶりだね。子供の頃は毎日だったよね。でも暴力は駄目なんだよ、お父さん」


「今、そんなことはどうでもいい。すぐにその子を親元に帰してあげるんだ」



千葉正利のなりふり構わない動きは予想外だった。

もう俺たちに対して、洋平の犯罪を誤魔化そうともしていない。

バットを振り上げた腕は怒りで震え、目には涙を溜めている。


この男は本当に何も知らなかった。

何も知らずに悪魔と同じ屋根の下で暮らしていた。

何故かそう確信した。


だから父親として、洋平の卑劣な犯罪を心底憎み、少女に対して申し訳ない思いでいっぱいなのだ。


過去の栄光を振り翳し、今の栄誉にしがみつく唯我独尊で横暴的な男ではある。

大沢がこれほど虐げられて来たのも、その横暴と歪んだ親の情動がすべての根源だろう。

だが最低限の正義感は持ち合わせていた。

結局、顕示欲の突っ張った単たる野球バカだったのだ。


老将が発する気概。


それは殺意だった。


今、千葉正利は洋平を殴り殺してでも、少女を救おうとしていた。




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