千葉千遥の死

 月見酒事件と呼ばれた、あの時。

 静岡県警に対する特別監察を行ったのは、局長以下15人。

 監察終了後13人は即日東京に帰り、局長と秘書室長の2人が静岡に残り、本部長と合流し伊豆に向かった、とされている。

 

 週刊『真相』のスクープ第四弾は、その嘘を暴いた内容だった。

 実際、局長と残った東京組は、秘書室長ではなく、当時、関東管区警察局のナンバー2だった総務監察部長、蓮見健一郎だった。

 しかも、事件の一報を受けながら伊豆行きを強行したのも、月見酒や竹林の小径の散策をお膳立てしたのもすべて蓮見だったという。

 将来の警察庁長官と言われていた蓮見に傷をつけない為に、関東管区警察局は組織ぐるみで、それを隠蔽していたのだ。


 現職大臣の猥褻疑惑。

 警察はこのネタを提供することで、スクープ第四弾をもみ消していた。


 星見が丘園で、俺が利根を締め上げている写真。

 これが世に出ると、世間が忘れてかけていた〝 月見酒事件 〟が再燃する。

 あの時の蓮見の立場とすれば、いきなり降って湧いた最大の窮地だ。

 

 しかしそれ以前の問題として、利根の行動は決して許されるものではないし、俺のとった行動は世間の共感を呼ぶものだ。

 元々、掲載できるようなシロモノではなかったのだ。

 もし、掲載しようものなら、週刊『真相』は世間から相当なバッシングを受けることになったであろう。

 

 利根も馬鹿ではない。

 俺の蛮行をネタに再び、関東管区警察局に近づいただけで、こんなぺーぺーの蛮行なんて最初から記事にするつもりもなかった。

 一年前にもみ消されたでっかいネタを、再利用したかっただけだ。


 この件では表面に澤登匠哉は一切登場していない。

 しかし公安が裏で暗躍していた、と言われている。

 警察内で当時の隠蔽が内部告発されたのだ。

 蓮見はあっという間に、足場を失った。

 おそらく公安の影が、蓮見を失脚にまで一気に追い込んだ。

 

 一方利根は、自分の行動は棚に上げ、俺の器物破損と暴力だけをネタに県警に抗議してきた。


 警察トップ同士、そして業界トップの週刊誌。

 それぞれが悲喜交々ひきこもごも、ドロドロの駆け引きの末、警察は週刊『真相』に示談・・を持ちかけた。


 それが国民的女優の覚せい剤取締法違反での逮捕だった。

 それはイザという時の為に、検察が温めておいたとっておきのネタだった。

 示談はあっさりと成立し、両者には今後一切の貸し借りなしという事で、落着を見たという。


 今回は〝 何もなかった 〟というわけだ。

 ただし、ひとりの超エリートが表舞台から消えた。



 現在、澤登匠哉は警察のトップ、警察庁長官に君臨している。

 一方、蓮見健一郎は警視長の階級のまま、警察庁の総務部長として長らく隠遁していたが、二年前に静岡県警の本部長として、俺の属する組織のトップに就任してきたのだった。


 暮林の心配は杞憂だ。

 実際、今の俺は本庁の殿様とはまったくもって、無縁の人間だ。


 堕ちたとは言っても、一国一城の殿様。

 〇特なんて、見るのも汚らわしいってもんだ。

 

 そう笑い飛ばす俺に、暮林は苦悶のため息を突いて見せた。

 そして決して笑い飛ばせない一撃を放ったのだ。


『先日、千葉千遥という婦人が、乳がんでなくなっている。旧姓を蓮見千遥という。先日、検察との打ち合わせに本部長が急遽、欠席したんだ』


「・・・ちばちはる・・・誰?」


『今度しろくまの監督を引き受けた千葉正利の奥方だ』


「・・・ちば?・・・はすみちはる?」


『そう、蓮見健一郎の妹らしい』


「・・ってことは・・・」


あいつ・・・は蓮見本部長の甥にあたる』

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