不適切動画

 月極駐車場から署まで歩いて5分。

 早朝から40度近い猛暑日。

 日陰のないコンクリートの歩道を5分歩くだけで、脇の下から伝い始める汗が、機能不全状態の鈍い神経を逆撫でしてくる。


 頭の身体もまったくシャキっとしない。

 五十を超える報告書。三百枚にもなる書類をなんとか形にする事が出来た。

 結局、家に戻れたのは4時ごろだったか。

 2時間ほどの睡眠では、さすがに思考回路は500エラーを繰り返すぜんぜんつながらないだけだ。

 緊迫した重要案件でも抱えていれば、寝不足など意識もしないが、南洋署には眠気を誘う仕事しか待っていない。


 ・・・?


 警察関係者の通用口からエレベータ、そして3階の刑事部屋でかべやに行き着くまで、すれ違う奴らが俺を盗み見ているような気がしたのは、気のせいか?


 刑事部屋に入ってもおかしな空気は続いていた。

 俺が部屋に入った途端、一斉に注目を浴びた・・・気がした。

 しかし、改めて部屋を見渡しても誰も俺を見ていなかった。

 

 刑事部屋は九つの島に分かれていた。


 強行犯担当の捜査一課の島が三つ。

 知能犯担当の捜査二課の島が二つ。

 窃盗犯担当の捜査三課の島が二つ。

 組織犯担当の組織犯罪対策課の島が二つ。

 

 俺のディスクがある、野舘班の島には白石と梨木の二人しか来ていない。

 二人とも何故だか身を縮めて座っていた。


 ・・・なんだ、あいつら

 

 ・・・しかし、珍しいな

 

 いつも真っ先に出社する稲石さんの姿がないし、班長もいない。


 捜査一課、一班(野舘班)の捜査員は六人いるが、松場巡査(巡査長)と綱海巡査は先週から出張中だ。

 先週、静岡の北東部地区で発生した、大雨洪水の災害対策本部室に応援に出向いている。


「ずいぶん、殺風景だな」


 俺はディスクに腰を下ろしながら、白石に声を掛けた。


「昨日は遅くまで、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした」


 俯いた白石の代わりに、梨木が挨拶を寄越してきた。

 寝不足を微塵も感じさせない、キリッとした表情をしている。


「・・・お、おう。・・・ところで班長と稲さんはどうした」


「課長のところだと思いますが・・・」


 梨木が不思議そうに首を傾げた。

 白石も顔をあげて俺に顔を向けてきたが、その表情は暗い。


「何かあったか?」


「もしかして、主任ご存知ないんですか」


 梨木がそう言って、白石と顔を見合わせた。


「何を?」


 梨木が慌てて立ち上がり、俺の前に携帯を差し出した。

 まるで周囲の島を気にするように、身を縮めている。


 俺は梨木の携帯を覗き込んだ。


 ・・・ユーチューブ?

 

 何かの動画が開いてあった。


 ・・・不適切?

 

 タイトルが・・・・・・・・・なんだこれ!


 俺は梨木から携帯を奪い取った。



『不適切動画?・・・いいえ、これは犯罪です』 

~連続放火事件の捜査中に、公園で立ち小便する南洋署の刑事~


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