○特

「よかったな」


 声を掛けると、優深はまたこっちに顔を向け、目を細めて「はい」と言って頷いた。


 愛くるしい笑顔。

 心底そう思う。

 普段、表情がないだけに笑顔を見せられるとドキッとする。

 

 端整な顔立ちは、出逢った頃の祥華にそっくりだが、社交的な祥華と違い、優深には人を寄せつけない凛としたオーラが感じられる。



 そう感じる俺の中に原因があるのか?


 後ろめたさ?



 “ あなたは優深に愛おしさを感じていますか ? ”



 ・・・突然そんなこと言われても


 

 ・・・そんなこと当たり前だ、って言えばよかったのか?


 

 ・・・本当にそうか?



 ・・・だいたい愛おしさってなんだ?




 本庁からこっちに飛ばされて、確かに俺は荒んでいた。


 こっちに来たら、無能な上司の下手な仕切りに振り回された。

 上昇志向なんて元々それほどなかった。

 しかし、嫌なヤツに仕切られるくらいなら、自分で仕切った方がマシだ、と本気で思うほど嫌な課長や係長ばかりだった。

 だから昇任試験を受け続けた。


 予備試験や一次試験で落ちた事は一度もない。

 刑法、刑事訴訟法など最初の巡査部長昇任試験時に死ぬほど勉強した。

 法学部出身だったし、大学を卒業して間もない時だったので、暗記力もあった。

 若い時に頭に叩き込んだ知識は、そうそう忘れるものではない。


 警察の昇任試験は、巡査部長も警部補も警部も一次試験は同じような内容なので、俺はいつも満点近い結果を出している。


 落とされるのはすべて面接。


 面接なんて、キャリアの方面本部長や管理官が世間話をしに来るようなもの。

 若い頃は一般企業の採用面接のような質問もあったが、今では世間話ばかりだ。

 五年ほど前なんて野球の話で盛り上がったくらいだ。

 西崎透也、水野薫、大沢秋時。

 あなたは凄い選手たちと一緒だったのですね、なんて野次馬根性丸出しの方面本部長の面接なんて、コイツ殴ったろか、と本気で思ったものだ。


 ただ、あの時はさすがに合格を確信した。

 しかしまさかの不合格。


 “ 〇特扱い ”


 いつまで経っても“狂犬”扱い。


 そんなもん、はなから承知していた。

 〇特は代々の課長に引継がれる。


 当分干される。

 しかしそんな扱いも、五年もすれば消えると高を括っていた。


 しかしとっくに十年を越した。


 あなたはその十年ですっかり人が変わってしまったわ、と祥華は言った。

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