大人の祭典

 勝てば甲子園。


 秋の東海リーグ準決勝は、十五回に決着した。


 十五回表。


 愛工大名電の四番柳井は、ヒロが投じた250球目をライト場外に叩き出した。


 ヒロ渾身の127キロのフォーシームだった。


 その裏


 大沢七度目の打席。


〝 三人のエース 〟三人目の宮瀬は、大沢に対して最後までギリギリのボール球を投げ続けた。


 大沢も一度だけ、際どいコースを空振りする場面はあったものの、結局フォアボールで歩いた。

 スタンドからはブーイングが鳴り響いた。


「大沢、打っちゃえ打っちゃえ!」


 そんなヤジも飛んでいたが、大沢は最後まで冷静にボールを見極めた。


 ブーイングの嵐の中、試合は終わった。


 甲子園への切符を手にした勝者に笑顔はなかった。

 試合終了の挨拶で、三人のエースは大沢を囲んだ。

 三人とも言葉なく頭をさげた。

 大沢も茶化すことなく「てっぺんまで行ってくれ」と言って、涙を流す新城の肩を叩いた。

 その後、相手ダグアウトへ挨拶に向かった。


 愛工大名電の監督は、何も言わなかったが、やはり大沢に向かって丁寧にお辞儀をした。


「謝ってもだめです」


 ヒロが静かに言った。

 監督は顔を上げると、ヒロに視線を向けた。

 弱々しい目だった。

 ヒロは視線を合わせたまま、そのあとは何も言わなかった。


 愛工大名電は春の選抜甲子園で、全国制覇を果たす。

 甲子園の決勝で〝三人のエース〟は完璧な完封リレーを演じてみせた。

 甲子園の優勝監督は名将として、あらゆるメディアに称賛された。


 


 〝 大沢の七つの四死球 〟


 〝 ヒロの257球 〟


 この異常な記録は、大して話題にならなかった。


 この試合の真っ只中にいた17歳の俺も、それほど異常な事だとは思っていなかった。


 甲子園に行く為ならしょうがないのかな、ってくらいだ。


 日本の高度成長が作り上げた〝 大人の祭典 〟甲子園大会。


〝 甲子園 〟を獲りに行く高校なら、それほど珍しい事ではないのだろう。


 似たような事は、全国津々浦々で起こっているのかも知れない。


『南洋北の大沢、驚異の6盗塁』


 翌日の紙面の片隅には、こんな記事が地味に紹介されていた。


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