第121話 噛んだら出す
ラミアという連中、相当に手酷くやっていたのだろう。そう思わせてくれる目の前の惨状。
先程投げ込んだ魔石により明るみになった広場の中にある死体の山、どれも五体満足という物はなく四肢の損傷は勿論の事、壁に手足を打ち付けられた上で頭部を吹き飛ばされていたり、逆に頭部だけを残して四肢が無くなっていたり。
見ているだけでこれほど胸糞悪くなる、というのはこの世界にやってきて初めてかもしれない。
冷静に、落ち着いて、と自身に言い聞かせ、苦しくなる呼吸を正常に戻すようにトントンと胸を叩いていると突然目の前が真っ暗になった。
「ホリィ、また気分悪くなっちゃったァ? 少しこうしていてあげるからァ、落ち着いてねェ」
死臭を誤魔化すように香ってきていたあの甘い匂いから解放され、とても素晴らしい感触と嫌な気分を忘れさせてくれるような香水の香りに包まれた。
ラヴィーニアに抱き締められている、というのはOPIを愛する会の会員ナンバー081番として当然把握出来ているが……。
「ラヴィーニア殿、今はそれどころでは……ッ!?」
「わかってるわァ、けどあの臭くてデカいラミアよりィ、私にはホリの方が大事よォ? 貴方達も普段世話になっているんだからァ、これくらいのサービスしてあげたらァ?」
いつもと違い、抱き締める力が強いのがまた彼女のお持ちになられている物の柔らかさをダイレクトに顔へと伝わってくるが、夢の空間から垣間見たラヴィーニアの表情はとても険しい。
険しい顔を浮かべる事になった原因がラミアの女王による物だったのか、この広場で見た景色による物だったのかは彼女にしかわからないが、余裕のない中でもこうして俺の事を考えてくれる彼女には頭が下がる。
「こ、こうでしょうか?」
「そうねェ、ホリならこれで元気になるでしょォ? どう、ホリィ」
心の中でお礼を叫び続けていると、彼女と話をしていたミノタウロスが少し黙った後に後ろから俺を抱きしめてきた。
ミノタウロスの女性はほぼ全員、何がとは言わないが豊か。
そして目の前にいる女性は拠点内で一番、もしくはレイと並んで黄金のツートップを張るレベルの豊かな物を持ってらっしゃる。
その二名が豊かな山々で俺の頭部を押し潰している、どうやらこのミノタウロスはわざわざ防具の胸当てを外してくれたようで……。
そんな彼女達の行為を、あれこれと言うのは間違っている。
俺が言えるのはただ一つ。この気持ちをそのまま表す事しかできない。
「最高です」
「プクク……、ほらねェ」
「芯が強いのか弱いのか、よくわからない人ですね本当に」
俺を挟んでいる二人が少し困った様子で笑っている。
そんな彼女達に甘えた結果、色々と元気が溢れてきた俺は気を取り直して下を覗き込んだ。
それほど時間は経っていない筈だが、下は既に万全の戦闘態勢といった感じで。
よくよく考えたら、敵地ど真ん中で何をやっているのだお前はと下で闘っている者達やアナスタシアやペイトン辺りに叱られてしまいそうなので、今彼女達にして頂いた行為は胸の内に秘めて墓までもっていくとしよう。
相手の巨大なラミアもオラトリ達も、互いを観察するように探りを入れているようにしていたところへ大きく振り払われる尻尾の攻撃を屈んで避け、避け様に剣を振り上げたアリヤの一撃。
体が大きくなってもああいった器用な動きは変わっていないんだな、と見惚れてしまう一連の流れるような動作が生み出した攻撃も、まるで鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が響き渡り失敗に終わったと告げてきた。
「ハッ!? 何アレ硬イヨッ?!」
「アッハッハ! そんななまくらでワシの尾に歯が立つ訳がなかろう!」
うねうねと地面を這っていたかと思うと、突然目標に向けて大きくしなり空気を切り裂くように振り抜かれる巨大な鞭。アリヤやオラトリ、他の皆に襲い掛かるその重厚さからは想像できないほどの速度を見て、以前にヒューゴー達を捕まえていた人攫いの時や他にもトロルクイーンの時もそうだが、どうしてこの世界のデブはああも俊敏なのかとつい思ってしまった。
流石と思わせてくれるのは、俊敏で不規則な相手のラミアの尾の攻撃を喰らう者がいない事。狙われた者は最短の回避を心掛けているように上へ跳んで避けたり、屈んで避けたり、大きく後退して難を逃れたり……、機敏な動きとそれを支える瞬時の判断が凄い。
「虫がちょろちょろと鬱陶しいな、憎たらしい」
俺が彼女達の動きと尻尾の攻撃にハラハラしていると、埒が明かないと判断したのか? オラトリやアリヤ達を強く睨んでいた相手のラミアが呟いた後に、大きく腕を振りかぶって勢い良く地面を右手で叩きつけた。
その行動の意味が分からず、最初は気でも触れたか? と思ったがどうやら違うようだ。
小さな子供くらいなら握り潰してしまいそうな大きく広げられた手が地面から離れると、その手に吸い寄せられるように地面が伸びて石の棍棒が握られている。
相手のラミアがその手にした石の棍棒の出来を確かめるように棍棒を持つ手とは逆の手で二度三度軽く叩き、満足気に邪悪な笑みを浮かべているが……。
「いやいや、もう完璧山賊じゃん。山賊のおっさんじゃん」
「ほ、ホリ様落ち着いて……」
ト・ルースに聞いた話じゃラミアは槍と弓を主に使う種族、だが目の前にいる規格外な大きさのラミアは武器も規格外なのだろうか? 荒々しい見た目に合わせたようなぴったりの武器につい頭を抱えてしまった。
「虫はちゃんと潰してやらんと、すぐ沸いて出るから……のっ!」
またも振り払われる尻尾の一撃、オラトリを中心としたオーガの一団目掛けて地を這うように襲い掛かる鞭のような攻撃を彼女達はまるで統率を取っているようにすぐさま後方へと後退り回避を見せた。
「ほいっ!」
その中で唯一、オーガの中でも自由人のフォニアは空へとその逃げ道を選択したようだ。
「五月蠅いオーガがァッ!」
「うっ!? ぎぃっ!」
尻尾の攻撃を避けた事に安堵していたのも束の間、人間よりも太く逞しい、まるで巨大な丸太のような豪腕から振るわれた棍棒のような石柱が叫びと共に薙ぎ払われ、フォニアを捉えた。
降り抜かれた勢いそのままに、弾丸のような速度のまま壁に激しく打ち付けられたフォニアの様子を見ようとしたが、土煙の中に力無く倒れている彼女を見て気付けば入り口の所から身を乗り出してしまっていた。
「フォニア! おいフォニもごっ!?」
「黙ってなさァい。『アレ』がこっちに来たら意味ないでしょォ? 大丈夫ゥ、あの子は頑丈だからァあのくらいじゃ死なないわァ」
ラヴィーニアの独特な感触の手に口を押さえられ、そのまま再度身を隠すように下からは見えないように広場の出入口の影に引きずり込まれ、静かにするようにと囁いてきた。
そうか、彼女はこういう時の為に残っていたのか。確かにあのマツ〇に目をつけられたら俺なんか一溜りもないだろう。
苦言を呈してくれた彼女に視線を送り、数度頷くと口から手が離され解放されたがフォニアの様子は……?
「イッタァー! くっそ、楽しませてくれんじゃんかよぉ!」
視線を送ったと同時に、くるりと体を弾ませるようにして起き上がって叫ぶ彼女。
どうやら壁に激突した際に頭を打ったようで、痛む箇所を押さえて相手を睨みつけている。取り敢えず生きててよかったと一息つく間もなく、相手のラミアはすぐさま別の相手へと尻尾を振り払った。
目掛けられたのはリューシィと数名のリザードマン、彼女達の後ろはそれほど距離も無く壁、後ろに避けるという事が出来ない事を見越しての攻撃だ。
自分達の立ち位置を把握しているのか、避けるという素振りは見せずにリューシィ達はそのまま力強く大地を踏みしめて盾を構えた。
「キャアッ!」
リザードマン達が何人いようがお構いなし、尻尾による一撃が上げた鈍い音とリューシィ達の叫びがこの広場に響き渡り、そのまま薙ぎ払われて吹き飛んだ彼女達に、敵が追撃の棍棒を振り上げている!
「あぶもがぁ」
「静かにって言ってるでしょォ? あの子達を信頼なさいなァ」
そうだった、またつい叫びそうになってしまった。
一度、ラヴィーニアと視線を交わし彼女がまるでこちらを安心させるように微笑んだ後にそのままリザードマン達の方へ向き直ったので急いでそちらを見やれば、ラミアの女王が振り抜いた棍棒の一撃はリューシィ達に届く事なく、レイが鉱石の槌を使って受け止めていた。
「んん? 主ら、随分と変わった連中だな。ミノタウロスにリザードマン、オーガにゴブリン……、頭数もおるしこりゃあ晩飯に困らんわい」
「この、舐めるなぁ!!」
鉱石の槌を振い、受け止めていた棍棒を叩き上げたレイはすかさず相手へと接近して重量のある槌を軽々と扱い、相手の尾の根元へとその頭を捻じ込んだ。
槌とラミアの尾がぶつかり合い、ずんっという鈍い響きがその攻撃が成功した事を教えてくれる。
「よしっ、今のはいい一撃……、だよね?」
騒ぐな、という忠告を忠実に守り静かに呟いた言葉には誰も返してくれず、横にいる彼女達はそれでも険しい顔でレイ達を睨みつけている中、俺の言葉を否定するように相手のラミアの女王はあえて殴られた尾を使い再度レイに向かい尻尾を振り抜いた。
鈍い激突音を打ち鳴らしまたも両者は力比べ、鍔迫り合いを始めているがレイの表情には余裕がない。うちでもトップの腕力を持つレイを以てしても力という点だけで言えば相手の方が幾らか上のようだ。
まるで赤子の手を捻るように、そのまま棍棒を薙ぎ振り払うようにレイを後方へと下がらせたラミアの女王、その表情はレイとは対極でにたりと笑って余裕そのもの。
「何じゃ今のチンケな攻撃は……。虫でも痒みを与えるくらいは出来るぞ?」
「ハァッ、フゥッ……、何でラミアなのにこんなに力があるのよ……」
今の少ない応酬で既に息を切らしているレイを見据え一度大きく鼻で笑い、がりがりとまるで岩を削るような音を立てて殴られた部位を手で掻いているラミアの女王。
全く関係はないが、休日のお父さんがテレビを見ながら尻を掻いている映像が何故か頭を過ったが、敵の行動を見逃さず今度はリザードマン達が魔法で水の槍を作り上げている。
「うぉらぁぁああああっ!!」
相手の意識と視線はレイに向いている、その隙をついた攻撃が決まってくれる事を一心に願っていると、そしてその考えを汲み取ったレイは真正面からラミアの女王へと駆け出していった!
暴走、無謀とも思える馬鹿正直な攻撃だがラミアの女王の死角から攻撃しようとしているリューシィ達にとっては最高の援護だろう。
ぎらりと紅い瞳を輝かせ、空へと駆けたレイが思い切り振りかぶった槌をラミアの眉間へと叩きこもうとした一撃、本来ならあらゆる物が砕けてしまうであろうその威力の槌をラミアの女王は事もなげに手にしていた棍棒で受け止めた。
「なっ……、これでもダメなの!?」
「貧弱、じゃのぉっ!」
レイ自身も陽動のつもりだったのは言うまでもない、だがそれでも普通なら致命傷にもなる渾身の一撃を軽々と受け止められた事にも動揺しているような表情で固まっているところへ空いていた手で思い切り殴り飛ばされた。
「きゃっ」
「フハハ、死ね!」
小さな悲鳴を上げて吹き飛んだレイにそのままにじり寄るラミアの女王。
捨て身の攻撃を軽々といなされたレイだったが、彼女が作り出した隙をついたリザードマン達の水の槍、リューシィが上げていた手を振り下ろすと鋭利な刃物となった水の魔法がラミアの女王の背中目掛けて飛んでいっている。
「よしっ!」
相手は殴り飛ばしたレイだけを見ている。決まった、と確信していい程に最高のタイミング。
そしてその打ち出された何本もの魔法はそのまま凄まじい速度でラミアの女王の背中を撃ち抜き、そして……。
「嘘、でしょ……?」
リューシィは唖然とした表情で相手を見ている、戦闘をしている者達も、勿論俺も。
あの水の魔法で魔物を仕留める場面を何度も見た事がある、流石はリザードマンだな、と感心させられるほどの水とは思えない威力を持った魔法は、ラミアの女王の背中に突き刺さったかと思ったらそのまま弾け飛び、地面へとその姿を消した。
「フン、今度は背が虫に刺されたわい。数だけ多いのは面倒じゃの」
「コイツ……、ちょっとヤバすぎ……!」
先程と同じように、大きなぶよぶよとした背中をぼりぼりと掻いているラミアの女王。とてもじゃないが、今までの攻防だけで相手が想像以上にやばいと俺でも分かる。
このままじゃまずいのでは……。
心を蝕むような不安と、何か出来ないかという焦燥感が募る。
「無駄な事をせずにとっとと死ね、忌々しいリザードマンよ」
「このっ……、上等じゃない! やってろ糞ラミアが!!」
「僕タチモイルゾー! コラァー!」
ラミアの女王を中心に散開し、前後左右全ての方向から立て続けに攻撃するリューシィやベル達、相手はそれを避ける事もせずに全て体で受け止めその度に鈍い音が響き武器を弾いていた。
「カタッ、何ナノコイツ! ウワッ!」
「ベル、危ない!」
突き出した槍も鈍い音と共に弾かれ、振り払われた尻尾に体勢を崩されたベルへと棍棒が振り下ろされた。俺は先程からつい声を出してしまいそうになるので、両手でしっかりと口を押さえている。
ベルへと襲い掛かった棍棒、それはまたも激しい激突音と共にレイが槌の柄で受け止めて事なきを得ている。自身の攻撃が上手くいかず、相手の女王は多少の苛立ちも見せているがその余裕な素振りは崩れない。
目の前でああして、全力を尽くして戦っている彼女達の役に立てない自身の貧弱さに腹が立つが、今はとにかく冷静にならないと……。
「うーん……」
「どうしたのォ? ホリィ」
今一番の障害は相手の鋼のような体、レイやオラトリといった力自慢が思い切り武器を振い続けても全く効果が無いのはいくら何でもおかしい。
剣で切ったり槍で突いたり、鈍器で殴ったりと様々な攻撃を繰り出していくオラトリ達だったが、その剣や槍も相手に傷を入れられるような事はなく槌などの打撃も効果が薄い。
オラトリ達の攻撃を無為な物にする一番の要因はあのラミアの女王の固い防御。それの前に決め手を生み出す事ができない。
しかし、一体どういう体してるんだ? あの鉱石で出来た槌や十手、開幕でフォニアがぶん投げたハンマーの一撃を物ともしないというのは、どう考えても異常だ。
「なんでアイツ、あんな硬いんだろう……?」
「そうですね、ラミアは本来あのような硬い皮膚を持つ種族ではない筈です。あの大きさもそうですが、常軌を逸脱していますよ」
同じ様な意見を隣のミノタウロスの女性も持っているようだ、そしてそれは多分下で戦っている者達が一番感じている事だろう。
何とか出来ないかと逸る気持ちを抑えていると、出入口の横の壁から声が聞こえてきた。
「姉様、仰っていた通り魔法陣がこの広場の天井に刻まれています。恐らく、『アレ』の頑強な体を作り上げている秘訣はそれでしょう」
下の行われている戦闘で姿が見えていなかったレリーア、彼女はどうやら姉のいう事を聞いて何かをやっていたようだが、薄暗い空間と溶け合うようなグレーの皮膚がその存在感を完全に消していた。
「そォ、やっぱりねェ。ありがとうレリーア、いい子ねェ」
「ブヒィッ! 頑張りましたよぉ、お姉様!!」
優しく抱きしめて妹の奮闘を讃えている姉、という普通に考えれば姉妹愛の溢れるいい場面だが、どう考えても片方の頭が完全にアレ。
姉の腕の中、恍惚とした表情で抱き締め返しているがどさくさ紛れに胸を揉んでいる。こんなところにもOPI研究会会員が潜んでいたとは。
「ホリィ? 自分の無力さが歯痒いならァ、レリーアと一緒にその魔法陣ぶっ壊してきてェ?」
「えっ?」
「はっ!? お姉様、私がこの変態と一緒に行動を!? 無理です嫌です!」
こちらに視線を移してきたラヴィーニアの発言により、口から涎を垂らしていたシスコンが我に返り即座にその姉の発言を否定した。
どの口が人の事を変態と言えるのか、まず鏡を見せてやりたいところだが下の戦闘を思えば考えている暇なんてない。
「わかった。ラヴィーニア、俺は何をすればいいの?」
「そうねェ。いつも使ってる道具でェ、ガツゥンとやればいいわよォ」
「お姉様! 私は嫌ですよコイツなんかと!」
うだうだと喧しく叫ぶレリーアを見て、姉が少し困惑といった表情で苦笑いをしているので、とりあえず行動してしまおう。
出入口のすぐ横の壁に、まるで重力を感じさせずに立っているレリーアに向かって飛びかかり、がっしりと抱き着いてみたが……。
以前にも風呂を覗いたので知っていたが、レリーアの癖に中々の逸品をお持ちのようだ……。姉ほどではないにしろ。
「ぬわっ! 貴様、とうとう私にまで変態の牙を向けてきたか! 離れろ!」
当たり前のように抵抗をしてくるシスコンだが、もし離れてしまえば俺はそのまま数メートル下の地面に激突するだろう。必死にしがみつきながら、以前にトレニィアから聞いた魔法の呪文を唱えてみよう。
「うるさいぞ変態。お前が夜な夜な、俺がラヴィーニアにあげたパーカーやその日着ていた服に色々している事を姉にばらすぞ」
「ひぐっ!?」
ぴたりと動きを止めて苦悶と困惑、そして怒りの感情が入り混じった複雑な表情をしているシスコン。
どうしてソレを、と小さく呟いた言葉に応える必要はない。こちらはこちらの要件をとっとと済ませてしまおう。
「黙っておいて欲しいなら、言わなくても後はわかるよな?」
「くっ、この変態がァッ……!」
コイツ、自分がどれだけの変態行為をしているのか自覚しているのか? 俺なんて可愛いレベルだろうに。
大きな舌打ちと共に、カツカツと壁面を上り始めたレリーア。体全体で抱き着いているので、振り落とされるという事はないだろうが普段経験しない事なので多少は怖い。
よくよく考えてみれば、壁でもどこでも歩いて行けるブーツ『ミズムシンX』があるので抱き着く必要は全く無いのだが、珍しい機会なので彼女の逸品の感触も堪能しておこう。
下では俺達に気付く者も居らず、激戦が続いている。先程までの怒涛の攻めを見せていたオラトリ達も、今は防戦一方。
オラトリとレイ、アリヤを中心に数名のオーガとミノタウロスが連携をして巨大な棍棒をいなし、難を逃れているが悠長に構えているような時間の余裕はない。
今は出来る事なら何でもして、下にいる彼女達を少しでも助けよう。
「ついたぞ、この魔法陣だ」
逆さ吊りのような状態でレリーアの指差した場所を見れば、何か大きな円と文字が天井全体に刻まれている。
薄暗いこの空間で、遠目からでは絶対に見えないであろう魔法陣、ここまで来てようやく分かるがレリーアが見つけられなかったら気付く事はまず不可能だっただろう。
「これをぶち壊せば……、って言っても洞窟崩れたりしないよね?」
「知らん、だが姉様が言っていたのだから大丈夫だ。さっさとやれ変態」
「うるさいぞ変態」
こうなればやれるだけの事はやってやる、何だったら天井崩落させるぐらいのつもりで思い切りやってみよう。
レリーアの胸から離れ、ブーツに魔力を流し込むイメージを絶やさないようにしつつその魔法陣がある天井の中心へと歩きながら念じる。
一撃で、この忌々しい空間にある魔法陣を吹き飛ばせるような……。
そうして現れたのは、いつもより少しだけ輝きが強く感じるツルハシ。
神様チョイスなら間違いはない。という身も蓋もない投げ槍な考えだが何故かやれると確信させてくれる輝くツルハシを振り上げ、一思いに振り下ろして天井の中心に思い切り突き立てた。
「あっ、やべっ」
魔法で固められているというこの洞窟の天井も、いとも簡単に深々とツルハシが突き刺さり砕いた石の破片が次々と地上へ落下をしていく。
下で戦っているアリヤ達に激突したら、と息を飲んだ瞬間、その岩は落下の最中にその動きを止め、まるでトランポリンに激突したように空中で弾み天井へと戻ってきた。
「あぶねっ、どうなってんだこりゃ……」
割と勢い良くこちらへ戻ってきた拳大の石を手で受け止め、鞄にしまおうとした時に石から何かが伸びている事に気が付いた。
「これは、糸……? あっ」
ソレをやってくれたのであろう張本人は、ぶすっとした顔でこちらを睨みつけている。やはりレリーアが咄嗟に糸で落下を防いでくれたようだ。
「早くやれ変態、下ではリューシィ達が頑張ってるんだぞ」
「わかってるよ変態、次は落とさないように慎重にやるさ」
いつもより輝いて登場してくれたツルハシには悪いが、これじゃあレリーアがどれだけ落下を防ぐといっても不安が残る。ここは別の物の方が良さそうだな。
俺はその後、ハンマーを振い続けガンガン天井を叩きつけて均していった。
逆さに吊られての作業、普段とは違う環境や下から聞こえてくる戦闘音、色々な条件が折り重なり全てが終わる頃には流石に疲れたので、ラヴィーニア達が待つ広場の出入口に戻るまではまたレリーアに抱き着いて楽をさせて貰った。
「終わったみたいねェ。お疲れ様ァ」
「ただいま、流石にちょっと疲れたよ。戦闘の様子はどうなった?」
彼女が顎で指し示した先には、未だ防戦一方のオラトリ達。
だがそれでも、棍棒を弾いて作り出した隙を突いたりと動きが見られる。
「まだ魔法陣を潰した影響は出ていないようだ、それでもあの様子ならリューシィ達がそのまま押し切れるんじゃないか?」
「そうだと思いたいよホント……」
俺とレリーアの会話を聞いていたかのように、それから次々と攻撃を繰り出していくオラトリ達、そして迫り来る棍棒をレイが思い切り叩き落とした隙をつき、オラトリがそのラミアの女王の横っ面に会心の一撃を撃ち込むと思いもよらぬ光景が起こり始めた。
オラトリの攻撃の衝撃で、ぼろりと音を立てるようにラミアの顔が抉れるように崩れ落ちたのだ。
その事象が起きた事に気付き、一度殴られた部位を優しく撫でて確認をしたラミアはしゅるしゅると尾を動かして移動を始めた。
向かっている先にいるのは、捕らわれ正気を無くしている亜人達がいる。
「おかしいのう、まだそこまで腹は減っておらんが……。まぁ良い、餌はまだまだあるでな。取り敢えずコイツにしようかの」
何をするのか、と上で見ている俺達、そして下で戦っている者達が固唾を飲むように押し黙ってしまって相手の挙動を見つめていると、ラミアの女王はその大きな掌で一人の亜人を握りこんだ。
そしてオラトリ達を見据え、顎の肉が抉れたままにたりと一度笑いながら手にしていた亜人をまるで小さな木の実を食べるように一口で頬張ってしまった。
「うっそだろ……?」
「何と悍ましい……」
人一人をそのまま頬張り、咀嚼をする姿を唖然と見つめているとラミアの女王の抉られた顔の肉がまた先程のようなぶよぶよとした物として蘇った。
口元を動かしつつ自身の顎や頬を触りそれが戻ったと認識をした敵はそのまま、口内にある物をそのまま吐き出した。
「うーむ、やはり亜人の魔力は少ないのお。まぁ、こいつらがいなくなったらお前らの内の誰かをひっつかまえて魔力を頂けばそれでええか……」
べしゃりと吐き出された場所には、べちょべちょになった亜人の女性が横たわっている。女性は特に悲鳴のような物も出さず、自身の状態を顧みるような事もせずにそのままふらふらとしながら立ち上がり、また先程と同じようにその場に佇み始めた。
「ダイナミックすぎるだろ……、この世界のガム……」
「ウェェ……、悪趣味すぎィ……」
体から力を滾らせ、大きな棍棒を振い始めたラミアの女王を見てつい呟いてしまったが、このままでは亜人達が最悪死んでしまう。
「ラヴィーニア! 俺のお願い聞いて!」
「な、何よォ急にィ」
アイツの動きを止めないとという考えの元、俺は思いついた事を実行する為に隣でラミアの女王の所業にうんざりといった表情を浮かべている頼れる姉に抱き着き、一つのお願いをしてみた。
作戦を伝え、傍に居た他の魔族達も協力をしてくれるという事なので、俺と何故かレリーアの二人はそのまま捕らわれている亜人達を保護すべく、死骸の転がる場所へと降りて行った。
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