第85話 我が家まであと何マイル
この野営地を覆っていたどんよりとした重い空気も消え去り、今ではお互いの命が繋がったという事実に喜ぶ声が聞こえてきたり、生きているという事を噛みしめるように肩を寄せ合い泣いている姿が見える。
そんな彼らには申し訳ないがまだ本調子ではないだろうと思うので、一人一人に声をかけ様子を見ていこう。まずはレギィからだな、元気にスープを飲み込んでいるようにも見えるが樽の中にはまだまだ薬草汁が残っている。
彼らにはこの熟成薬草汁を消化してもらわねば、俺が危ない。
「レギィ、調子はどうだい?」
「おお、人族。この通りまだあまり本調子ではないが、体も動く。だいじょおごごご」
「そうか、本調子になろうね」
彼は意気揚々と力こぶを作るようにしていたのだが、本調子でないのなら仕方がない。ん? 俺の方を呆けた顔で見ているメスのリザードマンも多少疲労の色が見えるな。
「なぁ、君。
「そ、そんな事はないわ!? こ、この通りツルッツあががが」
「いや、無理は良くない。たっぷり休んでね。よし、どんどん行こう」
リザードマンへ無理矢理飲ませるテクニックは拠点で学んでいる。更に幸か不幸か、他の者達は食事に夢中だったり、感動を分かち合っているので俺の行動に気付いていない。
よし、最後の仕上げをしてしまおう。
薬草汁が残り水筒二本分に減るまで続いた健康への道のりのおかげで、ほぼ全員の健康が約束された。
「うんうん、よしイダルゴ、みんなをテントに寝かせよう。手伝って?」
「ほ、ホリよ……。皆の治療をしてくれるのはありがたいのだが、本当に最後のは必要だったのか? 私にはわからないが……」
ぼやくように俺に問いかけてきた彼の言葉は風と木の騒めきがかき消したので俺には聞こえていないという事で誤魔化した。
テントの中も先程換気を行っておいたので大分臭いも薄れて、休みやすくはなっている筈。一人一人寝かしつけて全員が終わる頃に、ボスと呼ばれる女性と黒髪の女性がテントから出てきた。
先程食事を持って行った際に、真っ赤な顔で追い払うように声を荒げられたので放っておいたのだが、回復したようで何より。
「よし、イダルゴ。目を瞑って上向いてくれる?」
「うむ? 何だそれは、何かあるのか? こうでいいのだろうか」
「はい、お休み」
上を向いた事で少しだけ開かれた口から残された水筒の内の一本を流し込み、彼の健康を祈願する。
「モッ」と太い声を出してぱたりと前に倒れて来たので受け止めたが、やはり体格から来る重量は相当な物。悪戦苦闘をしながらも、空いていたテントの中へと寝かせておいた。
「ふう、これでほぼ完了したかな? 後は時間が解決してくれるだろう」
「ひ、人族……。その……、みっ、皆は大丈夫なのだろうか?」
ボスと呼ばれる女性は俯きがちに両手の指を合わせたり離したりと手を弄んでいる、多少顔が赤いのはポッドの実と食事で血色が良くなったからだろうな。良い事だ。
彼女は小さく何かを呟いてから、大きく腕を開いて体を伸ばすようにしながら、深呼吸をして自身を落ち着かせるような素振りを見せている。ぷるんぷるん。
「うん、これでダメだったら後は知り合いに頼んで治療してもらうよ。どちらにしてもここで俺が出来る事は済んだかな」
「知り合い……? それよりも遅れてしまったが自己紹介をしよう。私は草原の民、茶牛の角の長の代理をさせてもらっている、レティシアル・レイだ。世話になってしまって申し訳ない、心より感謝申し上げる」
落ち着きを取り戻した彼女は自己紹介を済ませこちらへと感謝の意を伝えてくるように一つ頭を下げてきた。激高するような事がないといい人なんだな。
「これはご丁寧に。ホリと言います、まぁこちらも下心がなかった訳ではないので気にしないで下さい」
俺がそう言いながら右手を差し出すと「したごっ!?」と叫んだ彼女は何やら目を見開いてあわあわと頬を紅潮させている。
どうしたのだろう? 先程までの落ち着きもなくなり視線を周りに移したり、小さく何かを呟きながら俺の右手を眺めたり。
何やらあたふたとしていた彼女が先程と同じ様にまた深呼吸をして自身を落ち着かせようとしている。ぷるーんぷるん。
「よ、よろしく頼むよホリさん。しっ、し、下心というのはどういう事か聞かせてもらえるだろうか」
「ああ、それは追々。とりあえずレイさん達の目的などを聞いてもいいですかね? オーク、リザードマン、そしてミノタウロス。三種族も集まっているのには何か理由があるのですか?」
彼女は少し慌てながらも俺の右手を握り締めてきた。手の形も普通の人の物だな、牛の要素があるのは耳、角、尻尾。そして……、何とは言えないが物凄いぷるみ。スライム君、ここに君に勝るとも劣らないぷるみがいるぞ。
彼女の服装もまずいよなぁ。少し胸元の開いたような露出高めの服装のその上に革の胸当てをしていて、そこから多少はみ出している魔力に視線と思考が持っていかれる。
着る物が無いというのは知っていた。血だらけの服は先程全部今の内に洗っておくようにと無傷の人達に言っておいて石鹸を使って洗って貰ったし、二つの意味でグッジョブ俺。
「理由という程の物ではないの、不運が続いた者達が集まって徒党を組んでいるというのが正しいわ。オークは人間達に襲われて里から逃げてきた、リザードマンは住んでいた里の近くの川の水位が増したので、別の里がある場所へ移動中、そして我々は新天地と散り散りになった仲間を探して移動中だったところで彼らと出会い、行動を共にしていた時に
不運だなこの人達。
「ついてないですね、それは」
「そうなの、モォ嫌になっちゃう」
しかし、リザードマン達の移動するキッカケになった近くの川が水位が増した理由ってもしかして俺達の拠点の排水が原因かな……? だとしたら尚の事彼女達をこのまま放っておく事も出来ないが、このままあのリザードマン達を仲間にしたら、盛大なマッチポンプにすら思えるな。
当分リザードマン達には黙っておいて、頃合いを見てト・ルースやゼルシュに相談しながら事情を説明してみるか……?
「どうしたのホリさん?」
「いえ、貴方達はこれからどうされます?」
俺がそう問いかけると彼女は少し考え込むように目を瞑り、腕を組んで唸っている。
むぎゅっ。何がとは言わないが、このむぎゅっと感が素晴らしい。
「困っているというのが正直なところね。私達が二十名、オークが十一名、そしてリザードマン達は十四名。これだけの数がいるとどうしても意見の相違が出てきてしまって、嘆きの山へと向かって、そこを中心にそれぞれの種族の暮らしやすい場所を見つけてはと道中に話をしていたところだったし」
「それなら都合がいいですね、私の目的地もソコなのでご一緒しましょう」
「えっ?」
やはりこちらの目的地も魔族の聖地という事だけあって、そこへ人間の俺が向かっているという事が理解できないという困惑するような顔をしている。
「まぁ、今日はここまでにして休みましょう。貴方も一度ちゃんと眠っておいて、明日からあの山へ向かう体力と英気を養ってください。私は少し離れた場所で寝ていますので」
「えっ!?」
「えっ?」
「い、いえ、おやすみなさい」
彼女は黒髪の女性と何やら話を始めてしまったので、邪魔をするのも申し訳ないし俺も寝床を探そう。とはいっても、テントのような物は使わせてもらう訳にもいかないし、持っていない……。
おお、そうだ。鉱石を使って何か囲いのような物を作ってその中で眠るとしようかな。何かに襲撃されても大丈夫なシェルターをイメージしよう、寝るだけだから大きな鉱石を組み合わせて簡易的な寝床になればいいし。
悪戦苦闘をしながらも鉱石の石材を組み合わせて作り上げてみたが……。
「これ、寝床っていうか……、棺桶だな……」
無骨なまでの長方形、そして顔の近くに作った空気穴、鉱石ならではの白い輝きを放っている箱。俺ここに寝るのか……、寝方によっては何か勘違いを生み出しかねない。明日は一番に起きるつもりでいよう。
蓋をずらして中に入って寝る態勢になると酷い、この閉塞感。空気も篭っているし、暑い。だがこれ程信頼できるシェルターもこの世界にないだろう。
虫対策に魔道具の布を空気穴にひっつけておいたが、寝苦しさの向こう側へ行ってしまいそうだったので最終的には蓋を取り払い、顔には魔道具、枕にはクッション、そして毛布代わりにファッサァマントとカッパを着こみ、まるで糠床につけられている野菜のようだなと思いながらも眠る努力を始めてみる。
こうして横になって目を瞑っているだけでも、体は休める。
それにやはり先程までああして敵意の中で緊張していた影響もあるのだろう、一息つけると一気に疲労と睡魔がやってきたので、森の中で虫の声を聞きながら眠りについた。
目が覚めて入ってくるのは白けた青い空と朝特有の雲の色。日が顔を見せ始めている頃合いという事を考えると、熟睡が出来るのは拠点に戻るまでは不可能だろうなぁと思ってしまう。様々な不安要素があって、うとうとと
「ん……?」
「あっ……」
視界の隅に茶色の耳と髪、そして角が見えたのでそちらを見ると昨夜俺を斬りつけてきた子がこちらを覗き込んでいた。
「おはよう、いい朝だね」
「お、おはよう……」
彼女は挙動不審な様子で周囲を確認したり、俺をちらちらと見て来たり朝から
「よし、飯作るか。悪いんだけど、手伝ってくれる?」
「お、あ、う、うん!」
とは言っても皆が目覚めるまでそれ程時間もないだろうしなぁ、簡単な物で済ませよう。昨夜作った物は全て空になってしまったので、スープは新たに作って残りはサンドイッチとかでいいかな。
スライム君がいない事で様々な弊害というか、彼のありがたみを再認識できる事が様々あるが、特に朝の食事もそうだ。彼は誰よりも早く起きて下拵えをしている、そして多彩な料理が朝から楽しませて貰えるというのは何という贅沢だったのだろう。
料理を食べ終えた後もそう、彼がいると使った食器はスライム君本体を通す事で洗浄される。何というか有能であり、多機能であり、芸達者だ。気配りも上手。
日本の我が家で本来の使い方よりも猫を乗せてあちこち移動する事が仕事になってしまっていたお掃除ロボットにも追加して欲しい機能が山ほどあるな、ほぼ実現は不可能だろうが。
「どうした、人族?」
俺がスライム君のイケメンっぷりを考えてぼーっとしているのを不思議に思ったのか、茶髪の女性が様子を見るようにして声をかけてきた。
「何でもないよ、それと俺の名前はホリだ。よろしくね」
「う、うん! 私はビルヒニア・ティエリ、ティエリでいい! ホリ、昨日はごめんなさい!」
勢いよく頭を下げてくるが、下げられた頭の距離感が近く鋭い角が体を掠める。一生懸命な子なんだろう、彼女にも料理を手伝ってもらうとしても人数が多いから時間もかかりそうだ。ティエリ以外はまだ寝ているようだが、急いでおかないといけないな。
「気にしなくていいよ。それじゃあこれから食材を準備するから、君は好きなようにサンドイッチを作っていってね。具材選びはセンスが出るから、頑張ってねティエリ?」
「お、おう! 任せてホリ!」
ドンと胸を強く叩いてやる気を見せた彼女、ぷるるん。
気を取り直して鞄から出した肉や野菜、チーズを薄くスライスしている俺の横で、彼女にはパンを手頃なサイズに切ってもらっているが切り方が危なっかしい。
「危ないから、左手はこう……、猫の手のようにしてね?」
彼女の手を取りながら切り方を教えていくのだが、こうして後ろから教えていると改めて分かるデカさ、体全体が小さいというのにどことは言わないが、そこだけデカい!
「お、おう! こ、こうかな……?」
「そうそう、上手だね」
ティエリは俺に言われた事をちゃんと守り、そしてお手本として切ったサイズを何度も確認しながらゆっくりとパンを切っていくので後は任せて、俺はスープと肉を焼き始めた。
手巻き寿司などでもわかりやすいが、自分の好物をとにかく挟みたいという衝動に負け続けていたティエリが最初に作っていたサンドイッチはパン野菜野菜野菜パンという焼いた肉とカットしたチーズの存在意義を無くすものだった。
そこはかとなくその点を指摘すると「わかった!」と大きく元気に頷いて、今度はパン肉チーズ肉チーズ肉パンというスタミナ重視の物が生まれたりもしたが、後半になるにつれて具材のバランスも、サンドイッチの出来栄えも綺麗になっていく。
楽し気にやっている様が可愛らしいので、このまま自由にやらせておこう。
スープの方もいい感じだ、牛乳やクリームを一度加熱し、そして風味がとうもろこしに近い物があったのでコーンスープのような物を作ってみたが我ながら味は中々。ただ色が緑色なので、少し気味が悪いかもしれない。
「ティエリ、ちょっと味見してみて?」
「うっ……、これ大丈夫か?」
「味はいいと思うよ、味は」
彼女は俺が差し出したスプーンを受け取るも少し眉根に力を入れている。見た目、悪いもんなぁ……。
意を決してパクリとスプーンを咥え、味を確かめている彼女は表情を変えながら、首を一度傾げて口からスプーンを離した。
「うまい、うんうまいよこれ」
「でしょ? 見た目がなぁ……。まぁ味はいいからこれでいいか。まだ皆起きてこないし、先に俺達だけで食事にしようか?」
「うん!」
サンドイッチ、彼女は山ほどある中からパン野菜野菜チーズ野菜野菜パンという作った物の特権を駆使した自分専用の好物を詰め込んだパンを二つ選び、俺はパンと肉と野菜がバランスよく分配されている物を二つ選んだ。
「よし、いただきます」
「うーん! うまいー!」
俺が手を合わせている時にはもうパンに齧り付いて笑顔を見せる彼女、相当腹を空かせていたのだろうか? 少し可哀想な事をしてしまったかな。
彼女と話をしながら食事を楽しんでいるとレイやイダルゴ、黒髪の女性を始めとする面々が顔を見せ始めてきたので、好きなサンドイッチを取ってくれと言うと、ミノタウロス達はティエリの野菜スペシャルサンドを我先にと優先的に取っていき、次に目覚めたオーク達が選んだ物は具材のバランスが良い物、遅れた者が肉たっぷりスタミナサンドを多めに取る事になっていた。肉が不人気なんて……、うちの拠点だったらまずアリヤが優先的に食っているのに。
「スープも見た目は悪いけど、味は良いから是非食べてね。レイさん食事をしながらでも今後の事を話し合って、どうするのか決めたら教えて貰えます? 私は昨日と今日の料理で使った食器を洗ってますんで」
「わ、わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ。イダルゴ、レギィ、プルネス、それでいいね?」
イダルゴとレギィ、そしてプルネスと呼ばれた茶色の毛並みのオーク、ペイトン達と違うのは毛並みの色が違うのもそうだが、三本の毛色の濃い黒い線が額から後ろにかけて、顎舌からお腹にかけて伸びているところだろうか。どうやら彼らの種族の特徴のようだ。
彼らはパンを頬張りながら強く頷いて話し合いを始めた。
「さてと、食器も昨日使った分もあるから結構溜まっちゃったな。これは頑張らないと……。……んっ?」
服の袖口を捲っていると後ろから何やら服を引っ張られた。
振り向いてみると、俺を見上げるようにしてティエリが俺の服を摘まんでいるのだが、何か用だろうか。
「て、手伝うよ、片付け!」
「ホントに? 助かるなぁ、じゃあ一緒にやろうか」
「うん!」
彼女にも手伝ってもらって片付けを始めたが、やはりパンを切った時と同じ様に最初は危なっかしいところもあったが、ちゃんと教えると何度も確認をするように呟きながらゆっくりと回数をこなし、慣れてくるとペースよく皿を洗っていく。
水道などがないと、石鹸の使い方一つ難しいなと思ったので、彼女に皿を洗ってもらい、俺は桶状に作った鉱石の樽の中に水を貯めてそこで食器を濯いでいった。
食器洗いを終えるまで、ティエリとまた色々と話をしながら進めていくと、食事をしている者達の方でも種族毎に集まって話を進めていたりとしていたので、あちらも概ね合意したのだろう。
「よし、ティエリのおかげで割と早く済んだよ。ありがとうね」
「う、うん! これくらいはなっ!」
得意げに胸を張っている彼女、ぷるんぷるんが凄いがそちらの映像は心の片隅に焼き付けておくとして、頭を撫でて労っておいた。掌で撫でるよりも、少し指を立てるように曲げながら撫でる方が反応が面白かったので、次回があればまたしてみよう。
「ホリさん、待たせてしまったかな? こちらはやはり嘆きの山へと向かうという事になったの。そして貴方が同行するという事に反対する者もいない。ただ、その、少々言い難いのだけど……」
「食料の事ですかね?」
こちらへと先程まで話し合っていた代表者四名がやってきて、話を切り出してきた。彼女らの事情は分かっている、着る物も食べる物も、そして武器や防具に至るまで物資らしい物は殆どない。ここから歩いて山まで行くにしても、食料は必要だろうが狩猟すら行えないのは明白だった。
こちらの出した言葉に彼女は少し赤面しながら頷いた。
「う、そ、その通りだ。我らは狩猟がそこまで得意ではないし、リザードマン達は川が無ければ陸の狩りのみで、結果も振るわないだろう。なので頼みます、どうか我らが山につくまでの間だけでもいいので、食料の面倒を見て頂けないだろうか? 出来る事ならばな、な、な、何でもする! どうか!」
ん? 今何でもって……、とは言えないな流石に。思い詰めているように彼女は顔を真っ赤に染めて茶色の耳も多少血色良く見える程だ。
「ええ、構いませんよ。こちらはむしろそちらの方がありがたいです。それじゃあ、そうと決まったら急いでいきましょう。時間も惜しいですしね」
「え、ええ? 何かをよ、要求してきたりしないのか……? その、例えば……わ、わたしの……、……っ、イダルゴッッ! 準備するぞ!!」
彼女は勢いよく振り返り、イダルゴの肩を思い切り平手で叩いた。森の中に大きな衝撃音のような物が轟くように響いて、それによりイダルゴが「ブモォッ!!」と喉を震わせながら叫んだ。あれを俺が喰らったらどうなってしまうのかと想像して肝が冷える。
「イダルゴ、大丈夫? 怪我したなら言ってね?」
「だ、大丈夫だぞホリ!! 問題ない!! 大丈夫だ!!」
何かに怯えるように叩かれた腕を押さえながら涙目の彼は俺に問題ないと言い続けてくるが、近くで見ると彼の肩口に大きな掌の痕がくっきりと。
これは痛いわ……、それでも泣き言を言わないなんてエライなぁ彼は。俺なら泣き叫ぶ自信があるね。
「おい、大丈夫かイダルゴ。どうみてもそれ、問題があるだろう」
「うう、レギィやめろ……、あの汁はもう飲みたくない……っ!」
後ろで何かぼそぼそと話しているが、そんな彼らも昨日とはまさに別人。オークは毛艶がよく、毛の薄い部分の血色もいい。リザードマンも頭の先から尻尾の先まで鱗がてらてらと輝いているし、ミノタウロスも角が輝いて見える。
移動に際して問題になる者はいない。それに彼らは荷車のような物を持っていなかったので一台渡しておくと、力のある種族が多い特権か、山のように積まれた荷物を載せた荷車で、更に荒れた道でも構う事なく進めるようだ。
荷物の整理も終わり、非戦闘員を囲むようにしながら山へと向かって歩き始めた俺達、歩くペースもそれ程急いでいるという訳でもないので、集団で散歩しているような物だなこれ。
「それにしても、何故そこまで色々持っているんだ? 我々全員にあれ程の食事を振舞える食料、あれこれと用意されている薬に機材、そしてこの荷車と。まるで我々を助ける為に用意していたと言っても過言じゃない程ではないか?」
リザードマンのレギィと数人のオークに囲まれて質問をされる。彼らの疑問も
「うーん、まぁ君達を助けるというのはあながち間違ってないんだよね。詳しい事情はあの山に着いたら説明するよ、今はまだ皆落ち着いて何かをちゃんと話せるという訳じゃないし、あそこまで行けば安全でしょ?」
「それはそうだが、あそこは人族には禁忌の地と言ってもいい場所だろう? ホリ、君は実は人族ではないのか?」
プルネスというオークが隣を並ぶようにしながらそう聞いてきた。
「いや、俺は人間だよ。ただちょっと説明するのが少し面倒というか、時間がかかるからね。山に着くまでは我慢してほしいな?」
「う……む、わかった。こちらは助けられた身、貴方に会えた事を神と魔王様に感謝をしておこう」
彼らに申し訳ないなと思う事もある。鞄の中に大量にあるのは食料だけじゃない、武器も山のようにあるのだがそれはまだ伏せている。
もし仮にこの状況で武器を渡してこちらへと矛先を向けられても困るし、武器があるから狩猟も行える、お前はもういらないと言われる展開もないとは言えない。考えすぎかもしれないが、そう頭の片隅で考えてしまうのはまだ彼らを信用していないという事。
こうして彼らから話しかけてくれている事、その相手が敵対している種族なのにも関わらず。そしてこちらの話を聞いてくれるのはありがたいのだが、そういった不安の種は出来る限り潰しておいた方がいいと思った結果、武器の事は黙っている。
後でこの事については素直に謝罪をして、もしこの道中で大量の敵に襲われたりして武器が必要になればいつでも出せる準備だけはしておこう。
「なぁなぁホリ、聞きたい事があるんだけど……。その剣ってさ、ホリの? 何か前に見た事があって、どこだったかなーってずっと思い出せなくて」
ティエリが出発時に鞄から出した俺の腰に備えてあるアナスタシアの剣を指差して頭を右へ左へと捻り、目を瞑って必死に何かを思い出そうとしている。
「これ? これは大事な人から借りている大事な物でね。お守り代わりにこうして持っているんだ」
「んん? 私も何か見覚えがあるー、どこだったかなー?」
「そういえば私もあるわね、どうしてかしら? 見ているだけでこう、湧き上がってくる何かを感じるわ」
ロサナという名前の黒髪のミノタウロスやレイの二人、他にも同じミノタウロス、特に女性のミノタウロス達全体から同じ様な声が聞こえてきて不思議そうにしている。
不思議な事もあった物だなぁ、うんうん。
「そういえば、レイさんを皆がボスって言ってるけどどうして彼女がボスなの? 他のオスの……、例えばイダルゴとかがボスとかでも良さそうな物だけど。あ、失礼な質問だったらごめんね」
俺を挟んで剣の事を話していたティエリとロサナ、彼女達は俺の質問に片方は飛び跳ねるように、もう一方は俺の言葉尻を否定するように首を振っている。
「いえいえー、ボスは私達の中で一番強いからボスなんですー」
「ミノタウロスの中でも力比べで負けているのを見たことがないんだ! 凄いんだぞ!」
ちらりと件の女性を見るが彼女はそれ程怪力なのか。腕周りは良い肉付きしているかもしれないが、筋肉むちむちな他のミノタウロス達より力自慢って。
ああ、いや……この剣の持ち主がそうか、アナスタシアの場合は彼女が特殊らしいが。彼女の腕は俺より細いし、どう考えても力があるタイプではないのに力勝負で誰かに負けているところを見た事がない。
やはり、人間と魔族はちょっと違うな。それに個体差も人間と違ってかなり大きい。
例えばリザードマン。水中でも水がない陸でも、戦闘時の立ち回る速度はゼルシュが一番だった。
そのゼルシュもただ走るという事が苦手、短距離はまだしも長距離になると俺より遅い。だが他のリザードマンには俺よりも足が速い子がいるし、訳が分からなくなりそう。種族や個体の特徴を知ろうと思ったら結構辛抱強く調べ続けないといけないだろう。
レイもミノタウロスの長所というか才能に恵まれているんだろうなぁ。
彼らや彼女らと種族の特徴や他の部族の事を話しながら歩いているとティエリが突然駆け出した。
「森が終わったー!」
木々の間から突然広がる荒野を前にして、彼女が大きく手を掲げるように広げて叫んでいる。
やっと、と言えばいいのか、あっという間だったなと思えばいいのかはわからないが今回は精霊のおかげでいつもより追い込まれていたので、その分拠点の皆には悪い事をしてしまったし、早く皆の顔が見たいなあ。
まだまだ距離がある目標の山を感慨に
そしてその音が声だと分かり、その方向へ視線を移そうと振り向くとほぼ同時に、俺は空から落ちてきた何かよくわからない物が直撃してすぐ後ろの茂みへと吹き飛ばされた。
衝撃で目が眩む中、視界は闇の中だが顔に当たるぷにぷにとした温かい感覚。聞こえてくるのは俺の身を案じるように叫ぶ声と、頭の上からは何かが泣いているような大きな声。
この泣き声を聞き逃す事のない我が拠点の空の住人達が仲間へと警鐘を鳴らすように空の彼方で歌っていて、その後それを聞きつけた鳥の群れが空から大挙して押し寄せてくるまで、頭の上で大声で泣き続けている
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