第26話 さらば人里、ただいま我が家?

 ついに来てしまった魔王との待ち合わせ日。

 だが、感傷に浸っている時間は全くない。

 宿での最後の朝食を頂き、身支度を整え忘れ物がないかの確認も終わった。


 少しの間お世話になった部屋に感謝をし、鍵を掛ける。


 受付にいくと、この数日間笑顔と元気をくれた受付の子が今日もいるので挨拶をしておく。

「やあ、お世話になりました。またこの街に来る事があったらよろしくね」

「あ、お兄さん! 滞在は今日までだっけ! またきてね、旅の無事を祈ってるよ!」


 最後に気持ちばかりのチップと鍵を渡し、宿屋を後にする。

 さてまだこの街の用事は終わってない。

 ラスボスに挑む勇者のように、最後に挑むはハゲ……頭頂部の輝きが激しいおじさんのところ。


 早朝に扉を叩き、最後の交渉だ!


「お、来たな! 村に帰ったかと思ったぞ!」

 と今日も響く重低音で元気なおじさん。

「ええ、思いの他色々と時間を取られてしまいましたが、最後に寄らせてもらいましたよセバートさん」

 そう言いながらカウンターに歩みを進める。


「さて、どうする? この前の奴なら何本でも用意できるぜ?」

「そうですね、ロングソード、ファルシオン、槍を十本ずつ。ショートソードと近接用ナイフを五つ、投擲用のナイフを十個下さい」


 おう、ちょっとまってな! と彼は剣を鞘に入れたりして数を確認しながら前に出してくる。凄い数になってしまった。

 少し時間があるので、店内の武器を見せてもらう。


 棚に置かれているナイフや立て掛けられた剣、色々見ていると楽しい。

 時間を忘れてしまいそうになる。もっとゆっくり見回りたいなこの街。


「ん? この槍は……」

 何本か壁に掛けられている槍の一つに目を奪われる。

 柄は普通の槍より短く、穂先が他の物より少し長いソレを持ってみると、他の槍に比べ軽く感じる。

 槍自体は重厚な雰囲気なのに、取り回しの良さそうな一品だ。


 俺がそれを手に取って見ているのをセバートが気づき、手を動かしながらも話をしてきた。

「おう、そりゃ少し変わった槍でな。柄の外側を硬い合金で包むようにして、芯に軽量な金属を使ってあるんだ。リーチは少し短いが、耐久性もあるし軽くて使いやすい。結構オススメだぞ」


 うーん、ちょっと欲しいな。

 しかし大分金額が高いことになっている。これ以上はどうだろうか……?

「いくらくらいですか?」

「金貨十五枚。特殊な素材が多いんでな、少し高いんだ」


 金貨残りおよそ八十枚、多分ギリギリ足りるかな……?

 財布の中をチラとみる。

 ハゲは目ざとくこちらの行動を見て笑い、語り掛けてきた。

「さっきまでので金貨六十二枚だ、これ買うなら二枚オマケしてやるよ! それなら足りるか?」

 こちらの財布事情を鑑みてくれたのか、少し数えてみる。

 久々の街、少し浮かれて飲みすぎた酒、屋台に並ぶ珍しい食べ物などなど。

 細かいところの出費が結構あったと思うから、割と使ってるな。


 気を引き締めてと思っていたが、緩みっぱなしじゃないか!


 金貨七十七枚、そこからオマケしてもらって七十五枚。足りた!

 残る硬貨は多分纏めて金貨二枚分くらいだ。


 出国の際に銀貨も使うし、次回の為にも残しておきたい。

 オマケしてもらえてよかった。


 セバートは金貨の枚数を数え終わり、「確かに!」と足りることを確認した。

「じゃあ俺はこれで……」

 商品を鞄に詰め込み、俺はそう言いながら頭を下げた。

 そう言うと彼はいつもの頭頂部の輝きを一撫でした。

「おう、ついでにこの砥石も持ってけ。サービスだ」

 俺の前に三つ程大きめの砥石が並べられた。

 そういえば砥石の存在忘れてた! あぶな!

「いいんですか? なんかサービスしてもらってばっかりですが」

 彼はその低い声で腹の底から声を出すように大きい笑い声を出した。

「ハッハッハ! いいんだよ! こんだけまとめて買ってもらったんだ、これくらいしてやらねえとな!」


 再度深々と頭を下げておき、改めてお礼を伝えておいた。

「次またこの街に来たら俺の店で買えよな!」という多分それが目的のサービスだったんだろうか。この街の人は皆抜け目がない気がする。


 俺は店を出て、街の門に向かい歩き出している。


 ありがたい事の多かった街だ。

 初の人里でいざこざに巻き込まれないよう警戒はしていたが、騙されるようなこともなく恙なく目的を達成できた。


 防具を買う事は出来なかったが、それはまた追々ということにしておこう。

 今は食料と武器、これらが充実したという事実に喜んでおく。


 門につき、出国に伴い銀貨五枚を渡しておく。

 その時に先日お世話になった二人の門番に声を掛けられる。

「ああ、ちょっと待て。この街で取引した相手の名前はわかるか? 話を聞きたいんだが」

「ええ、いいですよ」


 こちらがそう言うと彼らの内の髭面の門番が紙とペンを出している。

 質問された内容は、行った先々の店で公正な取引を成されていたかどうかなど。

 主にゴダール商会、バーニーの店、セバートの武器屋、魔石買取店、そして滞在した宿屋には最高にお世話になった旨を話しておいた。

「他にも行ったところはありますが、この商会や店の方々にはいい取引ばかりしてもらって有難い事ばかりでした」

「そうか、確かに挙げられた名前や特徴の店はどこも実績と信頼の高いところばかりだしな。いい商売ができたんだな?」


「ええ」と力強く頷くと、門番も軽く笑いながら「そうか」と答えた。

 門番達もそれを聞き、少し自慢げである。

 彼らにもお世話になったので改めて頭を下げ別れる。


 そしてこの世界で初めて訪れた人里を離れ、三泊四日の旅のような物が終わろうとしている。

 つい最近通った筈の道も、どこか懐かしさを感じてしまうほどに目まぐるしい四日間だったな。当分味わいたくはない緊張感の連続だった。


 小高い丘を越え、いつか来た道をまた歩いている。鞄も収容量が不安だったけど限界が来ることもなかった。

 武器に麦に、樽も入っててそれでも大丈夫というのは頼りになる。


 これからもこういった機会があれば手放せない、それどころかこれをうまく使えば掘削作業もかなり効率よくなるな。



 少し歩いていると、魔王との待ち合わせの森についた。


 そして目印に折っておいた何本かの木の枝を見つけ、何時ぞやの少し開けた場所に来た時に、後ろから少し不思議な声が聞こえた。


「くんくん、くんくん、少し懐かしい香りがするわ。何だったかしら」


 ん、どう考えても面倒臭い気配がする。これはやばい空気だ、ここは隠れよう。

 俺は魔王のくれたファッサァマントを頭から被り魔力を込める、これで少しは隠れられているはず……! 高鳴る鼓動が酷く煩い。


「くんくん、……ん? うーん?」


 隠れられているとは思うのだが、声の主が遠ざかる気配はない。

 マントで全身覆うようにしているから、相手を直接見る事も叶わない。

 腰の剣と腰巻の短剣にそっと意識を配り、ある事を確認する。


 いつでも戦闘できるように、いつでも反応できるように。

 武器の場所を再確認したところで、また耳に意識を集中する。


「この辺りなのよね……、くんくん」

 すぐ傍から匂いがする筈なのに見つからない為か、声の主は俺の近くを徘徊している。匂いとはなんだろうか? そんな匂いのある物なんて持ってたか?


 少し、マントの隙間から覗き見る。

 というより、そろそろ俺の魔力的にマントの効果が切れる為バレるのも時間の問題なのだ。タイミングを見計らって逃げねば!


 声のする方を出来る限り音を立てないよう、静かにゆっくりとマントの隙間から見ると、そこには少しというか、かなり不思議な光景が見えた。


 後ろ姿の何かがいる。いるにはいるのだが、後ろ髪が新緑の草木のように鮮やかな緑。その後ろ髪の間から見える体には木の皮のような物がある。


 なんじゃこいつは……?

 驚きの余り少し体を動かした時に、腰にある剣が少し音を出してしまった。

 やばい! そう思った時には既にその女性? はこちらを向いていた。


「ん!? んんん!? 人間か!? なんで人間からこんないい匂いがするの!」


 見つかってしまった。

 そしてこちらに踏み込んでくる女性? は俺の腰巻につけてあったポッドの香木のブローチに目をつけた。


「これ! これをどこで手に入れたの! 事と次第によっては許さないんだけど!?」

 ブローチを掴み、こちらに敵意を持つそいつはそう告げてきた。

 そう言われてもなぁ……。


「貰い物ですけど、知り合いのトレントから」

 勢いに押されまいと、彼女を押し返すようにしながら俺がそう言うと。


「どういう事なの! 説明してよね!」

 説明と言われても……。



 俺は彼女を落ち着かせ、ブローチを貰った経緯を説明した。

 魔王が来るまで時間もあるのだし、暇つぶしくらいに「まぁいいか」と考えていた。だって明らかに人間じゃないしこいつ。



 正面から見るとまたすごい。下半身が完全に木。どうやって移動してんのこの子。

 そしてお腹の辺りから人間っぽくなっている。女性型だからなのか、胸も多少。

 その双眸そうぼうは髪よりも深い緑色で、大きな目がこちらを睨んでいる。顔も美人なのはわかるんだけど、怒りをこうも向けられるとそれどころではない。


 説明をしても「嘘だ!」とか「だますな!」とかまるで取り付く島もない。勢いよく身を乗り出すように言ってくる為、ぷるんぷるんしてる。何とは言わないが。


 流石に言いがかりのように迫られて、説明すら聞いてもらえないのはなぁ。


「もう、貴方には関係ないですよね? これは私が貰った物で、それの説明をしろと言われて、説明したのに聞いてももらえないならこれ以上話す事はありません」


 と、少し冷たい言い方をしてしまっただろうか。

 それを聞いた彼女は、更に怒りのボルテージが上がってしまったようだ。


「関係なくない! 私は樹の精霊ドリアード! この世の全ての木の味方なの!! 全ての敵から樹木を守る守護者なんだから!」


 精霊、精霊かぁ……え、精霊!?


 もっとこう、厳かなというか荘厳なイメージが会ったのに。

 樹の精霊ならもっとこう、大人の魅力溢れるお姉さんを想像していたのに、がっかりだよ! この子はどちらかというと感情的な感じがするけど、精霊にも個体差があるんだろうか?


 つまり樹木の守護者は、俺が不当にトレントの香木を奪い、それで作ったブローチをしているのだろうと。

 そしてこちらが何を言っても聞いてくれない彼女。


 仕方ない、あまりやりたくない手段だけど……。


「わかった、信じてもらえないならこのブローチを君に貸そう。そしてそれを持って嘆きの山にいるトレントに話を聞きに来てもらいたい。それならどう?」


 俺からブローチをひったくるように奪うと、その子はこちらを再度睨むようにして口を開いた。

「わかったわ! もしそれが嘘でもこれが取り返せればいいもの! 嘆きの山ね、行く時はお姉様も連れていくから騙そうとしても無駄よ人間!!」


 もしこんなのがもう一人追加されてやってきたら面倒だけど、ポッドに押し付けよう。年寄りは若い子の話が好きな筈だ、多分なんとかなるだろ。


「覚えてなさいよ!!」と言い放ち、立ち去ろうとする彼女。

 あ、そうだ。

 御足労頂くのだ、彼女には餞別をあげよう。


「そうだ、樹の精霊さん」と声をかけると、「なによ!!」と怒りそのままに返してくる彼女。


 俺は少し笑みを堪え、彼女にある物が入った水筒を渡した。


「これ、知り合いが作ってくれた薬草を煎じた飲み物なんだけど。トレントとかも気に入ってくれた物だからあげるよ。毒とかは入ってないからね」


 彼女は少し冷静になり、その水筒を受け取った。そして中身の匂いをスンと嗅ぎ確認すると、口を開いた。


「フン! 私は精霊よ! 毒なんて効くわけないじゃない! でも貰っておいてあげるわ! ありがとうございます!」

 意外と礼儀正しいな。


「道中でお姉さんと飲んでね」と付け加えると、「重ね重ねありがとう!」と怒り気味にお礼を言う器用さも見せてくれた。面白い子だ。


 彼女が下半身の根っこで移動して森に消えると、辺りは静かになった。

 森の木々が騒めく空間、少し暗いので怖い物がある。


 その時である。

 目の前、まさに目と鼻の先に突如、やせいの魔王が現れた!

「ギャアアアアア!」

「ギャアアアアア!」


 魔王が転移してちょうど目の前に俺が居た為、魔王のムスメ曰く顔面力のやばい俺達二人はお互いの顔を至近距離で見て、叫び声をあげてしまった。


 絶叫が周囲を騒がせ森に木霊してからしばらくの後、俺と魔王が心拍数を安定化させてから会話を始める。


「魔王様、すいませんいきなりで驚いてしまいました」

「ホリ殿、いえこちらこそ、騒がしくしてしまいましたな」


 お互いにやりにくい空気を醸し出し、いたたまれない俺達は「か、帰りましょうか」という俺の発言と、「そ、そうですね」という魔王の発言で微妙な空気のまま帰路についた。


 魔王が空を飛びながら結果を聞いてくる。

「如何でしたかな? 戦果の程は?」

 彼も気にしてくれていたのだろうか。俺は笑顔で答えた。

「上々ですよ。少なくとも食料はこれで大分ゆとりが生まれますね」


 そう答えると彼は大きく何度か頷いている。そして彼は頭を掻きながら少し言い難そうに口を開いた。

「実は、我々は人里に行ってしまわれたホリ殿がもう戻らないのでは? と考えておりました。やはりホリ殿は人間、我ら魔族よりも人族を選ぶのでは、と。少し不安がありましたよ」

 我々、というのは拠点にいる皆なんだろうなぁ。

 彼は――しかし、と続ける。

「貴方は帰ってきてくださいました。私はそれが何よりも嬉しい。無事で何よりですぞ。ホリ殿」


 少し照れ臭くなり、頭を掻きながら話をする。


「いやあ、どちらかというとグスタールに居た時も拠点の皆が気になってましたよ。それに、そういう話になると元いた世界、元いた国に何度も帰りたいって思ってましたしね。種族どうこうという話ではなかったです」


 あの国に仮に居ついたとしても、力も知恵もない普通の人間にはやっていけないだろう。犯罪を犯して捕まるのがオチだ。

 この世界の事をまるで知らない人間が、いきなり別の世界のルールでやっていくにはそれだけの何か武器のような物が必要だ。そしてそんなものは俺にはない。


 知識も教養も武力でも、の自分には何もできない。


 その疎外感にも似た感情が、人里にいると身に染みた。

 いい人達に助けられただけのビギナーズラックで三泊四日なんとかなったが、もしもっとタチの悪い人種に捕まっていたら簡単にカモにされていただろう。


 あくまで運がよかっただけ。


 そういった無力感が宿で一夜、また一夜と過ごしていると強くなり、結果的に日本に帰りたくなったり、スライム君を抱きしめたくなったり。


 ホームシックはこちらの世界にやってきてから、これまでにも何度かあったけどこの三泊四日が一番強く感じたなぁ。


 考えてもまあ、仕方ない事とは思うけど。


「色々、思う事はあるんですが今は皆に早くお土産を見せてあげたいです。心配もかけちゃいましたしね」


 そういうと魔王は笑顔で頷き、「わかりました」と言ってくれた。


 久々だけど怖い顔。でもこの顔に癒される日が来るなんて。



 程なくして、拠点の前に降り立った我々。

 拠点の中には誰もいないようだ。時間的にも狩りとかかな?


 魔王がこちらに声をかけてきた。

「ホリ殿、私はこのまま魔界に戻ります」

「え、折角酒も買ってきたんですし、一杯飲んでいきません?」


 俺がそういうと魔王は軽く悔しそうに歯噛みしている。

「とても魅力的な話ですが……!! 今少し立て込んでおりましてな。魔界一武闘会の開催で私はスケジュールがパンパンなのです!」


 なんじゃその胸がパチパチしそうな大会。

 溶けた氷の中の恐竜に何仕込むんだ。


「そうですか……。それは残念です。こちらはまた少しずつやっていきますので、安心して大会? に挑んでください」

 魔王は強く頷いている。

「ええ、今回で百連覇かかっていますからね。少し気合が違いますよ!」


 なんてどうでもいい情報なんだ。

 魔王に別れの挨拶を済ませ、彼の転移を見送る。


 転移の光が消え、一人になる。

 ふうと一息入れ、少し腰を落ち着かせるように座り込む。


 少し遠くの景色に視線を投げていると、遠くから声がしてきた。

 そちらの方を向くといつものメンバーにリザードマン達が数人。


 みんなが急いで走ってきている。


 何だか少し、失礼かもしれないが。


 その走ってきている面々の顔を見て楽しくなってしまった。

 大きく手を振って彼らに応えよう。


「ただいまー」


 そんな俺に一番最初に飛び込んできたのはゴブリン達で、タイミングがほぼ同時。




 重量オーバーです。



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